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ハーフオーガのアリシア92 ― ゴルサリーズ男爵Ⅰ ―

 ■tips


 ゴルサリーズというのは、主人公であるアリシアの家名である。


 ■



 ミーナちゃんにくさいと言われたことだし、お風呂に入れればよかったんだけど、あいにく今は朝で、お風呂が沸いている時間じゃないはずだった。


 それでアリシアは、仕方がないから、体を拭くためのお湯をもらうことにする。


 顔を洗うとかのお湯はだいたいは厨房でもらうんだけれども、今は体が汚いから厨房に行くと嫌がられると思うので、今回は洗濯場のほうに出向くことにした。


 

 あらかじめ腕輪の中から大きめの桶をひとつ取り出して手に持ってから、お屋敷の裏にある洗濯場に行く。


 洗濯場というのは一階建てでしかないのに石造りにしてある建物で、これはたぶんいつでも湯気がこもっていて湿気ているからだろうと思う。

 洗濯で使うから、いつでもいっぱいお湯が沸いていて、それの湿気で、木でできた建物だと腐っちゃうからだろう。


 冬でも開け放たれたドアから、建物の中に入っていくと湯気が立ちこめていて、すごく暖かくて気分がいい。


「おはようございます。……あのう、もしよければお湯を少し分けてもらえないでしょうか」


 アリシアがそんなふうに、部屋の中に向かって呼びかけると洗濯をしているメイドさんたちが、動きを止めてアリシアの方を見た。


 メイドさんたちは、お互いに顔を見合わせてから、やがていちばん年かさのでっぷり太ったメイドさんが

「まあまあ、ようこそこんなむさ苦しいところにいらっしゃいました。お湯ですね」

と言いながら立ち上がって、大きな柄杓で人が入れそうなくらい大きな鍋から、桶にお湯を入れてくれた。


 そしたら別のメイドさんが、どうぞ、と言って拭き布らしき布を渡してくれる。

「ありがとうございます。でも拭き布は部屋にあるので大丈夫です」


「顔を洗いに来られたのではないんですか?」


「いえ、お湯をもらって帰って部屋で体を拭こうと……」


「お風呂を沸かしてもらえばいいじゃないですか」


 いやでも、朝はお風呂のお湯は抜いて掃除をしてる時間のはずですよね、とアリシアは疑問に思って聞いてみた。


「そんなのアリシア様がお風呂に入るのなら沸かしてくれますって」


「……わざわざ沸かしてもらうんですか?」


「そうですけど大丈夫ですよ! それと朝ご飯は召し上がられたんですか?」


「いえ、まだです。体が汚れてるから食堂に入りづらくて」


「うーん、じゃあここに食事を持って来させます。とりあえず顔を洗ってくださいな」


 アリシアにそう言ったあと、その年かさの太ったメイドさんは、別の若いメイドさんに向かって

「マリエや、厨房に行ってアリシア様が洗濯場におられるから朝食をお持ちしてほしいって頼んでくるんだ。

 それからリーさんを見つけて、アリシア様が入るから風呂を沸かしてほしいって言うんだよ」

と言った。


 するとマリエさんっていう名前らしき、ちょっと幼い感じの女の人は、パッと走っていく。


 そんなのいいのかなと思いながら、アリシアが、とりあえず顔を洗わせてもらっていると、すぐにマリエさんが戻ってきて、それからしばらくしてガタガタと車輪が石畳を叩くような音が聞こえてきた。

 それに食器がフォークやスプーンにぶつかるカチャカチャいうような音もする


 開いている扉からそちらを見ると、食事や食器が載っているらしきワゴンを押した若いメイドさんと、あと若い立派な服を着た男の人がひとり、道をつたって洗濯場のほうにやって来るのが見える。


 アリシアが迎えに出ると、若い男の人はアリシアの前で立ち止まり、胸に手を当ててお辞儀をしてくれた。

「アリシア様、おはようございます。朝食をお持ちしました。

 浴場のほうは、ただいま清掃と湯沸かしを急がせておりますので、朝食をお召し上がりになって、今しばらくお待ちくださいませ。

 浴場の用意が整いましたら、お知らせに参ります」


 なんだかやたらと丁寧にしてくれるから、いったいなんだろうとアリシアは不思議に思う。


 それで、洗濯場の隣の、仕上がった乾いたものを置く部屋に案内されて、そこで空き箱をひっくり返して布をかけて椅子にしてくれて、それから作業台を机にして朝食のテーブルを整えてくれる。


 ワゴンを押してきてくれた若いメイドさんが、その場に居残って給仕までしてくれようとしたから、それはさすがに断って、リーさんとかいう若い男の人と一緒に帰ってもらった。


 それでゆっくり食べさせてもらって、食べ終わったら食器をワゴンにまた載せて、部屋を元のように片付けしてから、洗濯場の人たちに挨拶をする。


「そのワゴンも置いといていただいたら、後で返しときますよ」

と言ってくれたけど、ついでですから、と言って断った。



 食べ終わった食器やらを載せたワゴンを押して、ゆっくりと本棟へ戻る。


 裏口の扉を開けて、ワゴンを担いで上がり口の階段を三段ばかり上がって、上がったところでワゴンを置いて扉を閉めて、厨房に向かってワゴンを再び押し始めたところで、物音がしたから見に来たのか、きれいなメイドさんがやってきた。


 彼女に挨拶をされて、そんなものを押してどうしたんですかと聞かれる。


 体が汚いから洗濯場で食事をさせてもらったところで、今からワゴンを厨房に返して、それからお風呂に行くんですと答えたら


「じゃあ、このワゴンは私が返しておきますね」

と彼女が言って、アリシアはワゴンを取られてしまった。


 自分で返しに行きますよと言っても

「そんなことをアリシア様にさせているのを見られたら、私たちが怒られます」

とか言ってワゴンを返してくれない。


 それでアリシアはなんとなく釈然としないけれども、ワゴンを返しておいてくれるらしいことにお礼を言って、それから風呂場に向かった。



 ◆



 風呂場に行って中を覗いてみると、まだ時間が早かったのか、風呂場の中でメイドさんたちが、ブラシに長い柄のついたような掃除道具で、風呂場の床を磨いているところだった。

 

 若かったり幼い感じのするようなメイドさんたちが四人くらいいて、その長柄のブラシで床を磨いていて、その中央で別の、もっと年取った灰色の髪のメイドさんが腕組みをしながら立っていて、四人のメイドさんに、あれこれと指示を出しているみたいだった。



 やがて、その床を磨いているメイドさんのひとりがアリシアに気づいたのか

「あっ、アリシア様、お久しぶりです!

 お湯がまだ温まってませんし、掃除が終わってませんからもうちょっと待ってくださいね」

とアリシアに声をかけてくれる。


 誰かと思って顔を見ると、確かに見たことのある顔で、アリシアが記憶を探ると、確かアーニャちゃんというお皿洗い担当のメイドさんじゃなかったかなと思い出した。※1



 アリシアがパリシオルムの学園に出発する前は、このお屋敷の下の街で夜回りの仕事をしていたのだけれど、その夜回りが終わるのはいつも夜中になる。

 それでアリシアが帰ってきたときに、宴会があったりとかで、アーニャちゃんたちも残業で夜遅くまでお皿洗いをしていたとかの場合には、うまくタイミングがかち合ったら、一緒にお風呂に入るようにしていたのだった。


 お嬢様や奥様やご領主様の、その寄子が入れる、大きくて良いお風呂には、アーニャちゃんたちは、本来は入れないらしいんだけど、お嬢様の寄子のアリシアが、自分の入浴の世話をアーニャちゃんたちに頼んだということにしたら、アーニャちゃんたちも一緒に入っていいらしくて、何回かそうしたことがある。



「アーニャちゃん、お久しぶりだねえ」

と、アリシアが言って、おいでとばかりに腕を広げると、アーニャちゃんが飛び込んできてくれた。


 抱き合って再会を喜んでいると

「私もいますよ!」

という声とともに、もう一人のメイドさんが、アピールするように、ぴょこりと伸び上がった。

 その子は、アーニャちゃんといつも一緒にいたミローニャちゃんという名前だったはずで、アーニャちゃんを降ろして

「ミローニャちゃんもおいで」

と呼びかけると、寄ってきてくれたので抱き上げて、元気だった? と聞くと

「はい、元気でした!」

と嬉しそうに返事をしてくれる。かわいい。

 


「仕事を増やしちゃってごめんね」


「いいんですよう。このお風呂場の掃除をしてなかったら、何か別の仕事を割り当てられるだけですもん」


「そうなんだ」


「そりゃそうですよ。すぐに終わらせますからちょっと待っててくださいね」


 そう言われたからミローニャちゃんを降ろして、アリシアも風呂場の掃除に参加しようとしたけれど、掃除はさせてもらえなかった。


 そこで、そういえば何か余分なことをしてもらったら、お金を渡すとかトラーチェさんに聞いた気がするのを思い出す。※2

 

 でもどれくらいあげたらいいのかよく分からなかったので、年取った灰色の髪の、腕組みをしているメイドさんを風呂場の隅に連れていって、いくらくらいあげたらいいか小声で聞いてみた。


 するとその人は一瞬だけ顔をしかめて、それから

「わたくしから申し上げるとなると、申し上げにくいことではございますが……いま掃除をしている子たちには四分銀貨一枚ずつ、私にはまあ二枚、リーさんは副執事ですから、今後のこともお考えになって正銀貨一枚というところではないでしょうか」

と、教えてくれる。


 教えてくれたのはいいんだけど、その年取った灰色の髪のメイドさんは、なんか色々指示をだしてくれてはいても、実際に手を動かしていたわけじゃないし、その人のほうにアーニャちゃんやミローニャちゃんの倍も渡すのかと思うと、アリシアはなんか、むっとしてしまったのだった。



 でも……その年取ったメイドさんにあげるぶんを、アーニャちゃんやミローニャちゃんと同じだけに下げたら怒るだろうし、アーニャちゃんやミローニャちゃんにその人と同じだけあげても、それも機嫌を壊しそうで、アリシアは、いったいどうすればいいんだと悩んだあげく、その場にいたメイドさんたち皆に、正銀貨一枚ずつあげることにした。


 これなら言ってくれた額の倍あげてるんだから、年取ったメイドさんも文句はないだろう。

 それでも怒るならもう知らない、とアリシアは心に決めて、皆に正銀貨を一枚ずつ配っていった。


 年取ったメイドさんは、ありがとうございます、とは言ってくれたけれど、無表情だったので怒ってたのか怒ってなかったのかはよく分からなかった。

 ミローニャちゃんはめちゃめちゃ喜んでいてすごくわかりやすかったのに。



 そこへ

「準備できましたか? アリシア様にお待ちいただいているので、可能な限り早く……」

と言いながら、さっきの、たぶんリーさんとかいう、若い男の人が風呂場に入ってきて、そこでアリシアがいるのに気が付いて黙った。


 そういえば洗濯場で待ってろと言われていたような気がする。


「あー……すみません、来ちゃいました。色々ありがとうございました。これどうぞ」

 アリシアがそう言って、正銀貨を押し付けると


「いえ、問題ありません。たいへんありがとうございます」

と言って頭を下げて銀貨を受け取ってくれた。



 それで、いったんこのお屋敷での自分の部屋のほうに行く。

 何か月ぶりかの部屋が懐かしい。


 部屋の中で、腕輪から着替えを取り出して用意して、風呂場に戻る。

 すると、もうお風呂の準備ができたということだったから、お風呂に入らせてもらった。



 たっぷりのお湯で、体と頭を洗って、ゆっくり湯船に浸かって、高い天井を見上げながらアリシアは、全部で正銀貨六枚渡したから、えらく高いお風呂になったなあとぼんやり思った。



 ◆



 お風呂を終えて、いったん部屋に戻ると、さすがにここまで歩いてきた疲れが出たのか、横になってうとうとしてしまった。

 すると扉がノックされて、半分寝ながら、はいどうぞ、と返事をする。


 部屋の扉が開いて、起き上がると、黒森族(エルフ)のコージャさんの顔が扉の隙間から覗いていた。

 今日もかわいい。

「おはよう。ミーナからもう帰ってきたって聞いたから……お昼ごはんだよ」


「あ、呼びに来てもらってごめんね。ちょっと寝ちゃってて」


「仕方ないよ。ずっと歩いて今日帰ってきたんでしょ」



 そんな会話をしながら、そう言えば昼ごはんだから、お嬢様と寄子一同で食べるので、お嬢様にも会えるんだと思って、嬉しくなっていそいそと食事のための部屋に向かったけれど、行ってみるとお嬢様はいなかった。

 お嬢様だけじゃなくて、豚鬼族(オーク)のアイシャさんも、コロネさんも、あとクリーガさんもいない。


 隣にいるコージャさんに、馬人族(ケンタウロス)のウィッカさんに、トラーチェさんがいるきりだ。


 お嬢様と他のみんなは? とアリシアは聞いてみる。


「お嬢様は、ここのところずっと診療所で、朝早くから夜遅くまで詰めておられます。

 学園に帰る前にちょっと無理するんだとかおっしゃって……」

 トラーチェさんがそうやって教えてくれた。


「アイシャさんとコロネさんは治癒術が使えるからね。一緒に詰めてる。

 私らは使えないから帰りなさいってこと」

 ウィッカさんも説明を足してくれる。


「……私は治癒術も少しは使えるので、何日かご一緒していたんですが、ちょっと疲れて体調を崩しちゃって、帰ってきました。

 お嬢様ががんばっておられるのに申し訳ないことです」

 トラーチェさんがちょっと顔を伏せて恥ずかしそうにそう言う。


「人によってできることは違うんですから、そういう言い方は良くないですよ」

 ウィッカさんがそんなふうにトラーチェさんをたしなめてくれる。


 まあそれはそうだ。

 特にお嬢様と比べたら、同じようにできる人なんてほとんどいないんじゃないだろうか。


「それはそうかもしれませんけど、お嬢様って赤ちゃんみたいだから、赤ちゃんに働かせて自分だけ休んでるって罪悪感あるんですよね……」

 トラーチェさんは落ち込んだ顔で言う。



 話がまた暗くなっちゃいそうだったので、アリシアは話を変えようと

「クリーガさんって治癒とかできたっけ?」と聞いてみた。



「できない。

 でもあの人、お嬢様から帰れって言われても帰らないんだよ。

 お嬢様から離れたくないんだって。

 なんかちょっと怖いよねー……すっごいお嬢様に入れ込んでるというか、お嬢様を見る目が怖い」

 コージャさんがまわりの皆に目配せしながら、すこし声を潜めて言う。



 確かにそんなところはあるような気がする。

 上着の袖口のカフスボタンが金に緑の宝石を嵌めこんだものだったりするし、あれはたぶんお嬢様の髪と瞳の色に合わせてるんだろう。


 それに朝にはだいたい、お嬢様の足元に跪いて

『お母様、今朝の御機嫌はいかがですか』

とか言ってご挨拶したりするし、もちろんお嬢様の寄子なんだから、お母様呼びで何も問題はないし、むしろどっちかというと、お嬢様呼びのアリシアたちのほうがおかしいんだけど、でもお爺さんが赤ちゃんの前に跪いて、お母様って言っている姿はなんか異様な気もする。



 けれども、特に悪いことをしてるわけでもないのに、悪口みたいにして言うのも変だから、アリシアたちは特にコメントはせず、お互いに目配せだけして、昼食をワゴンから引っ張り出す作業を始めたのだった。



■tips


※1 アーニャとミローニャについては

【ハーフオーガのアリシア12 ― お風呂とメイドさん達と教育係 ― 】

(https://ncode.syosetu.com/n2133ga/13) を参照



※2【ハーフオーガのアリシア83 ― お土産の調達 ― 】

  (https://ncode.syosetu.com/n2133ga/102) を参照



 アリシアたちのいる国(西方帝国)の正金貨、正銀貨、四分銀貨、八分銀貨、銅貨の価値はおおむね以下のようになっている。


  正金貨=10万円くらい=正銀貨13枚

  正銀貨=7700円くらい

 四分銀貨=1900円くらい

 八分銀貨=1000円くらい 

   銅貨=100円くらい



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