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ハーフオーガのアリシア90 ― 里がえりⅥ ―



 アリシアは休暇の残りの期間を、午前中は母親と過ごして家事をしたり家の整備をしたり、あるいはちょっと狩りに出たりして過ごした。


 そうしつつ、昼食後には、麓の村に降りて冬の作業を手伝っては、スキをみて、女の子を連れだしてお土産を渡す、というような流れになる。


 女の子たちの反応はというと、いちばん最初にお土産を渡したエヴリンちゃんみたいに、単純な大喜びの子ばかりとはいかなくて、ちょっとスベってしまったこともあったけれど、それでもみんなだいたい喜んでくれたと思う。


 お土産を渡すだけなんだけど、全員に渡るものじゃなくて十歳から二十歳の間の女の子だけに渡すようにしているから全員にあるものじゃないので、他の人の目がないスキを探して連れ出さなきゃならない。

 そうしてやっとお土産を渡しても、渡してさようなら、とはいかなくて、かなり色々とおしゃべりをしないといけないから、あんまり一日で多く渡せなかった。

 男の子相手だと何か用事があっても、用事さえ済ませれば一瞬で終わるけれど、女の子相手だと時間は無限に使うようにするべきだから、それが楽しいんだけども時間はかかる。



 ◆



 そうして何日かたって、お土産をあらかた配り終えて、最後にフローラのところへやってきた。(※)


 女の子たちの中では、フローラがアリシアの一番の友達だから、アリシアとしては早めにお土産も渡したかったのだけれど、フローラは人気者で、だいぶん年上の人からだいぶん年下の人まで、まんべんなく仲良しがいるから、あんまり一人にはならないので、うまく連れ出しにくかった。


 それでもう仕方ないから、フローラのいる家に押しかけることにする。

 フローラは、アルバンの実家で、アルバンとフローラとアルバンのお母さんのクラウダさんと三人で暮らしているはずだ。


 まあ、ちょっとアルバンの顔も見ておきたい気もするし……。



 午前中の作業が終わって、皆がお昼ご飯を食べに家に戻る頃合いを見計らって行ってみると、三人が、ご飯を食べ始めたくらいのところに着いたみたいだった。


 皆に挨拶をしたところで、アリシアがフローラに、渡すお土産が追加であると言うと


「お義母さん、ちょっと出てきてもいいですか」

とフローラがクラウダさんに聞いて、そうしたらクラウダさんは何故か返事もしなかった。


 あれ、何か雰囲気がおかしいなとアリシアが思っていると、フローラは

「行こう」と言って、アリシアの手を引いて家の外に連れ出す。



 アリシアは後ろ向きにお辞儀をしながら家を出て、フローラについていく。


 しばらく歩いて、あんまり人けのない場所に来てから

「なんか様子がおかしかったけど……どうしたの?」

とアリシアが聞いてみると


「お義母さんとあんまりうまくいってないのよ」とのことだった。


 思ったより重い話が出てきて、アリシアは言葉に詰まってしまって

「……大丈夫なの?」とようやく絞り出す。


「大丈夫、かどうかは分からないけど、まあ何とかやってるわ。

 用事を見つけて外に出たり、それに実家が同じ村だしね。ちょっと帰って羽根を伸ばしたりしてるから、よその村からお嫁に来た人とかに比べたらだいぶ恵まれてるわよ」


「どうしてクラウダさんとうまくいかないの?」


「うーん……それは私が悪いところもあるかもしれないけど、お義母さんからしたら、息子を私に取られるのが気に入らないんだと思うわ。

 でも色々な人に話を聞いたけど、そういうのってよくあることみたい」


「そんなの、どうしようもないじゃん……」


「そうよねえ。でもまあ何とかやってるわ。

 ことあるごとに嫌味は言われるから、それがつらいけど、ご飯を別にされて粗末なものにされたりとか、少なくされたりとか、そういうのはないもの。

 だからなんとかなるわ」


「そんなことする人がいるの!?」


「うちの村でもあるみたいよ」


「えぇー……」



 ともかくも、フローラにお土産を渡して、最後に髪にリボンを結んであげると、フローラはやっと笑ってくれた。

 でもフローラの笑顔には、どことなく影があって、少し痩せたような気もする。

 アリシアは思わずフローラをかき抱き、頭にキスを落とした。

 抱きしめた体が小さいので余計に悲しくなる。



 それで、お茶を出してくれるというのでいったん戻る。

 そうして家に入るなり、クラウダさんがフローラの髪についたリボンを見て

「まあ、()()()()()付けて、まだ娘っ子気分が抜けないんだね。

 何かあっちゃ実家に帰るしねえ。子供のままごとじゃないんだから、嫁に来たっていう覚悟ってものがないと困るんだよ。

 嫁に来たんだか来てないんだか分からないようなんじゃうちの息子もかわいそうなもんだ」

と嫌味を言った。


 うわあ、本当に言ってる……とアリシアが驚いていると、フローラは泣きそうな顔をして下を向いてしまった。

 

 アリシアは、動揺しながら。ちらちらと目だけで周りを見回して、それからアルバンの方を見ると、アルバンは困った顔で下を向いていた。

 がんばれ! と念じて少し待ってみたけどアルバンは何も言わない。



 ちょっと沈黙があって、フローラを見捨てるわけにはいかないから、仕方なくアリシアが

「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」と口を挟む。


「……うちの中のことだから口出ししないでおくれ」

 クラウダさんは、ためらいがちにそう言ってくる。


 それはそうかもしれないけれど……

「でも、フローラは大事な友達ですし、リボンだって私がお土産にあげたものですし」


 アリシアがそう言うと、クラウダさんは、フローラの髪にくっついているリボンと、アリシアの顔を交互に眺めてから、それから何かがぐっと胸につかえたような顔をして、それからふと怯えたような表情になってから、急に涙を流して泣きわめき始めた。


「なんだいなんだい! 私が悪いって言うんだろ!

 ああ、どうせ私が悪うござんしたよ! どいつもこいつも!」


 そこから先は何かを言っているけれど、泣きわめきながらだから、もう何を言っているか分からなくて聞き取れない。


 なんだこれは。

 たったひとこと言い返しただけじゃないか、とアリシアはあっけにとられた。


フローラは、さっき自分がクラウダさんに泣かされそうになったばかりなのに

「お義母さん、大丈夫、大丈夫よ」

とか言って、先に泣き出したクラウダさんを慰めている。

 これではどっちがお義母さんなのか分からない。



 フローラは、いつでも優しくて、だからアリシアはフローラが大好きなんだけれども、だからフローラは、こんなんじゃなくて、もっと輝くような幸せの中でアルバンと一緒に楽しそうにしているべきで、アリシアは、フローラの結婚式のときに、フローラが手に入れるはずの幸福に嫉妬しさえしたのに、何がどうしてこんなことになっているのか。

 こんなことは許されない。


 アリシアはそう思ったけれど、やっぱり現実は変わらなくて、輝くような幸せな結婚生活ではなくて、フローラは子供みたいなお姑さんに嫌味を言われて泣きそうになっているのだ。



 だから、アリシアが嫉妬したような、きれいな女の子の花嫁としての幸福なんてものは、この世にないわけじゃないんだろうけど、でも皆が必ずしもアリシアが思うような幸福を手に入れているとは限らないということらしい、とアリシアは理解したのだった。


 こんなにかわいくて優しいフローラでさえも、愛しいアルバンと結婚したって、そのアルバンも親には逆らえず、それをフローラは見て、時に泣かなきゃいけないこともある。



 アリシアが嫉妬するほどの幸福を手に入れたはずのフローラは、アリシアが思い描いていたような状況にはいなくて、逆に嫉妬するような自分が嫌で逃げ出すほどに、ある意味で不幸だったアリシアも、その逃げ出した当時には思いもつかなかったような経験をいっぱいした。


 ということはつまり、幸福も不幸も、思ったように、想像したようになるとは限らなくて、だから想像していたのとは違う、目の前のことをどうにかしながら生きていかなきゃならないということらしい。



 それでどうするか。

 クラウダさんは、少し落ち着いてきたのか、鼻をすすっている。


 クラウダさんの機嫌が悪いままだと、それはフローラの負担になるんだろう。

 それはアリシアにとっては避けたい。


 だからアリシアは、わざと明るい声を出して

「そう怒らないでくださいよ。クラウダさんにもお土産がありますからね」


と言って、麻袋から取り出すふりをして腕輪の中を漁り、前にお嬢様に『かんたんにもうかる』と言われて買っておいたガラス類(※2)のなかから、紙に包まれた、たぶん形からして砂糖壺かなんかと花瓶を取り出してクラウダさんの前にドンと置いた。


 なんだこれというような感じで、クラウダさんは、目を瞬かせている。


 鉱山の街で、鱗人族(リザードマン)の人が店主をやっていたガラス工房で、店主さんに適当に選んでもらったのを買ったやつだから、紙に包んで藁の入った木箱に入れて、それをずっと腕輪の中に入れっぱなしになっていたので、中身をよく見てもいない。

 たぶんこれは、砂糖壺と花瓶だったと思うんだけれども。


 ともかくもアリシアがその花瓶と砂糖壺らしきものの紙を剥がしていくと、中から、すごく透明でたくさんカットの入った、やたらとキラキラしたでかい花瓶と、あとこれもすごくきらきらしい砂糖壺がでてきた。


 すごく、ものすごく派手だ。

 

 ちょっと失敗したかなー……? と思ったけど、もう出しちゃったから仕方がない。


 それにクラウダさんもフローラも、ついでにアルバンも、あまりの輝きと派手さに? あっけに取られて見ている。

 その勢いを失わないように、アリシアはずずいと花瓶と砂糖壺をクラウダさんのほうに、どうぞと押し出した。

 驚いているうちに、なんとなく勢いで押し切れば、いい感じにうやむやになって、円満っぽくなるかもしれない。


「い、いいのかい。こんな高そうなもの」


「そりゃもう、どうぞどうぞ。貰ってくれれば嬉しいです。こないだの砂糖でも入れたらいいかも」



 クラウダさんにだけあげて、フローラにあげないとかあり得ないので、フローラとアルバンには、夫婦で使えるグラス(グラスっぽい形のものをとりだして包み紙を剥がしたら、葡萄の蔓の柄が入ったペアのグラスだった)と水差しと一輪挿し(なんか適当に出して巻いてる紙を剥いたらそんなのだった)をあげた。


 そうしてアリシアは、花瓶から剥がした紙を、手に持った麻袋の中に入れて、その中で今日持ってきたチョコレートの残りを全部、剥がした紙に包む。

 それを麻袋から取り出して、そっとフローラに押し付けて

「ちょっとアルバンを借りるね」と言った。


 フローラはにっこりと微笑んで「お願いね」と言ってくれる。


 アリシアは、それからアルバンに向きなおり

「ちょっと顔貸しなさい。説教よ!」と言ってやった。


 家の玄関のほうに向かうアリシアに、アルバンは、うなだれておとなしくついてくる。


「あっ、アルバン……」

 クラウダさんが、アルバンのほうに引き留めるように手を差し伸べるけれども、フローラが

「お義母さん、大丈夫よ」と言って止めた。



 ◆



 アルバンの家を出て、少し物陰に移動して、手ごろな感じの岩と切り株がひとつづつあったから、向かい合って座る。


 背を丸めて座る様子を見ていると、アルバンがひどく小さく見えてしまう。

 まだ首も肩も細くて、どこか頼りない感じがする。


 考えてみれば、アリシアが同じ立場になったとして、アルバンよりうまくやれるかと考えたら、そうとも限らないかもしれない。

 自分の奥さんと、自分のお母さんが、関係が悪くなったらどうしたらいいかなんてアリシアにも分からない。

 いやでも、旦那さんなんだから奥さんは守るべきであって……とか考えていると、何を言ったらいいのかだんだん分からなくなってくる。

 そのあげくに口から飛び出したのは


「……説教ってなに言えばいいんだっけ」という言葉だった。


「なにって……フローラをちゃんと庇えとかそういうようなことか?」


「なんだ、分かってるんじゃん。ちゃんとフローラの味方をしてあげてよ。なんでそうしないのよ?」


 アリシアがそう言うと、アルバンは束の間沈黙して、それからポツリと言葉をこぼす。

「俺がフローラの味方をすると、お袋は余計に逆上するんだよな。

 そうすると後でフローラに余計につらく当たる」


 がっくりと項垂れたアルバンを見て、アリシアはたまらないような気持ちになった。


「でもそうだよな。たとえお袋が逆上するとしても、やっぱり間違ってることは間違ってると言うべきだよな。

 道理に反するようなことが家の中にあるのに、俺が黙ってたら、そっちのほうがフローラにはかわいそうなことをしてるのかもしれない」


 顔を上げて「今度はもうちょっとがんばってみるよ」と言って弱々しく笑ったアルバンは、苦労した大人のような顔をしていた。


 アルバンもフローラも、色々と難しいことにぶち当たって苦労しているんだなと思うと、アルバンに、ほんのちょっとは言ったけれど、偉そうに長々と説教なんかはまだしてなくてよかった、とアリシアは心の底から安堵する。


 考えてみればアリシアは、例えばご領主様のお屋敷で居たときに、お屋敷のそばにある街で見回りをしていたときも、アリシアはただ怖そうな顔をして立っていただけだった。

 あとは喧嘩をしている人を引き離したり、酔っぱらった行き倒れを治癒士の人がいるところに運んだりとかしてたくらいで、難しいことはドーラさんがやってくれていた。


 この学園に来てからは、難しいことはだいたいトラーチェさんがやってくれるし、船乗りのなんとかいう人と交渉したとき(※3)みたいに、本当に大変なことにはお嬢様が出張ってくださるから、やっぱりアリシアは怖そうな顔をして立っているくらいしかしていない。


 なにも、お嬢様みたいな特別な存在でなくても、フローラやアルバンだって苦労しているのに、振り返って自分の気楽さを思うと、自分だけ大人になっていないみたいで、アリシアは劣等感を感じてしまう。

 熊とかの頭を斧で殴って殺すとかは得意なんだけど、自分がアルバンやフローラのような状況になったら、と想像してみると、アリシアはぜんぜんうまくやる自信がない。


「うちを出て、夫婦でフローラの実家に転がり込むことも考えてなくもないんだが、フローラの実家も、うちの実家も同じ村だからな。

 お袋がどんな騒ぎを起こすかと思えば踏み切る決心がつかん。

 ……親父が生きてたころは、親父がお袋の面倒をみて、それで一応回ってたんだがな。

 親父が死んでからどうもいけない」



 気弱で、でも明るくて善良な男の子だったアルバンの眉間に、今ははっきりと苦悩するような皺が寄っているのを見て、そうして怒鳴られていたフローラの姿を思い出して、アリシアはとても悲しい気持ちになった。


 でもアリシアは、冬の休暇が終わればまた学園に帰っていく身で、そうしたら助けてあげることも、励ましてあげることも、愚痴を聞いてあげることもできない。

 そのどうしようもなさが、本当にどうしようもなく感じられて、それでアリシアは、持っていた麻袋に手を突っ込むと、手のひらに腕輪から取り出した、ひと掴みの銀貨を握りしめ、それをグラスから剥がした紙に包んで、アルバンに渡したのだった。


「こんなのもらえないよ……」

 包み紙の中を見たアルバンは、銀貨を持ったまま、途方に暮れたように眉尻を下げてそう言う。


「アルバンにやるんじゃないよ。フローラをちょっとどこかに連れ出したり、何か美味しいものでも買ってあげてよ」


「フローラだってこんなの貰えないって言うと思うぞ」


「フローラに渡したって受け取らないから、アルバンに渡すんじゃないの。

 ……あんまり何もしてあげられなくてごめんね」


「そんなことないさ。俺もフローラも含めて村のみんなが世話になったし、こんなに気にかけてくれる友達がいてずいぶん心強いよ。

 おかげで明日からがんばれると思う。ありがとうよ」



 それからアルバンと一緒に家に戻って、フローラとアルバンとクラウダさんにご挨拶をしてから、アリシアは山を登って自分の家に帰った。



 ◆



 家に入ると、大鬼(オーガ)の体格に合わせたテーブルで、背の高いスツールに座ったお母さんがお茶を飲んでいるのを見つける。

 アリシアは思わず、お母さんの座っているスツールをガタガタと少し回転させると、床に膝をついて、お母さんに抱き着いて、お腹に顔を埋めた。


「あら、どうしたの?」


「悲しかったの……」


 お母さんに髪を撫でられながらアリシアは、フローラが怒鳴られていて、とか見聞きしたことをぽつぽつ話した。

 けれどもお母さんは

「うちにはお姑さんがいないから、よくわからないわね」

とのことで、あんまり頼りにならなかった。


 そう言えばそうだ。うちにはアリシアからしてみるとおばあちゃんはいない。

「私とお父さんは駆け落ちなのよ。だからうちはおじいちゃんもおばあちゃんもいないのよ。

 アリシアには寂しい思いをさせちゃってごめんね」


 お母さんはそう言ってくれたけれど、フローラの様子を見ていると、それはそれで良かったのかもしれない。

 だからアリシアは「ううん、大丈夫」と答えておいたのだった。



 ■tips

 

 ※フローラとアルバンについては

  ハーフオーガのアリシア1 ― アリシアの失恋と旅立ちと就職Ⅰ ―

 (https://ncode.syosetu.com/n2133ga/1)を参照



 ※2鉱山の街でアリシアはお嬢様にすすめられてガラス製品をいっぱい買っていた。

 ハーフオーガのアリシア35 ― 学園への旅行Ⅷ ―

 (https://ncode.syosetu.com/n2133ga/40)を参照



 ※3お嬢様は小麦の価格の操作を巡ってアロガント顧問と交渉をした。

 ハーフオーガのアリシア74 ― 商工会Ⅰ ―

 (https://ncode.syosetu.com/n2133ga/93)を参照



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