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ハーフオーガのアリシア89 ― 里がえりⅤ ―


 村長さんとの話し合いが終わって、いったん家に帰ってお昼ご飯を食べる。


 今日のお昼ご飯は、アリシアが持ち帰った干した魚を入れて、野菜もたっぷり入れたスープで、久々の魚の味が嬉しい。

 でもやっぱり干したものだから、ちょっとこれじゃない感もあって、なんとも言えない。


 ご領主様のお屋敷は川のそばにある丘の上だったし、パリシオルムのお屋敷は川が街の真ん中を走っているくらいだし、海もまあまあ近くにあるらしくて、魚介もいっぱい食べれたのが懐かしい。

 やっぱりウチは山にあるよねと、普段はお肉偏重の食卓を思う。



 ◆



 お父さんやお母さんと話をしながらゆっくり食べて、後片付けまで済ませる。


 それから、村のみんなに渡したのとは別の、アリシアが個人的に渡すように買ったお土産と、あと家で食べる用に買ったチョコレートのうちから幾らか取って、腕輪にしまってから村に向かった。


 村に着いたら、物陰に隠れて、お土産の中から本を十冊買ってあるのを取り出して、まずは貸本屋さんへ向かう。


 

 貸本屋さんは、村の端っこにあって、石造りの建物で二階建てになっていて、屋根もスレートの板を重ねて葺いてある。


 ドアをノックして中に入ると、病人か老人みたいに安楽椅子に寝そべって、本を読んでいる男の人が、首だけ動かしてアリシアのほうに向き

「ああ、いらっしゃい。久しぶり」と言った。


 安楽椅子に寝そべっている、その人は、ここの店主でベルカンデルさんというのだけれど、いつ行ってもここの安楽椅子で寝そべって本を読んでいる。

 本人が言うには店番をしているということなのだけれど、村のみんなに言わせると、働かずに暮らしている、のらくら者ということらしい。

 

 お店の中には壁一面に造り付けというのか、本棚があって、一面みっしりと本が詰まっている。

 何千冊あるのか分かんないくらいだ。

 

「しばらく顔を見なかったけど、どこか行ってたのか? 

 なんかお前さんが、お土産にくれたとかで、砂糖の塊とお茶の葉と肉とウィスキーを村長が持ってきてくれたんだが」


「よその街に奉公に行って、そこからパリシオルムの学園というところに行ってて、冬の休みで帰ってきたんですよ。それのお土産です」


「そうかあ、えらいねえ。ありがとうよ」

 ベルカンデルさんはあくび混じりの声で言う。


 ベルカンデルさんは、おじいさんがすごいお金持ちだったとかで、本をめちゃくちゃいっぱい持っていて、それを受け継いだそうだ。

 それで今は遺産で暮らしているんだけど、本を村のみんなに貸して、少しでもお金をもらっていれば、遺産の減り方が遅くなるとかで、貸本屋をやっているらしい。

 ただ安楽椅子に寝そべっているだけなのに、ちょっと仕立てのいい、暖かそうな、きれいな服を着ていて、お金持ち感がある。膝にもきれいなひざ掛けをかけている。


「またどっかに長いこと行くんなら、本は返してからにしてくれよお」


 とってもぼんやりとして気の抜けたような声で注意をしてくれる。

 確かにのらくら者ではあるんだろうけど、アリシアとしては安く本を貸してくれる人だから嫌いじゃない。


「本を借りに来たんじゃなくて、お土産で買ってきた本を持ってきたんですよ」


「な、なに!? ほんとか!」


 ベルカンデルさんは、わたわたと慌てているわりに、のろのろと身を起こして、あげくに靴を蹴ってしまったか何かで、どこか分かんなくなったらしくて、床を見回している。


 アリシアが近くにすっ転がっていた靴を揃えて、安楽椅子の足置き台のそばに置いてやると

「あ、ああ、ありがとう……」とか言いながら、のたのたと靴を履いて立ち上がった。


 まだ若い男の人なのになんだか老人みたいな動きで

「ちょっと動かないと脚が弱りますよ」

と、アリシアが言ってみても、うんうん、と生返事をするばかりだ。


 ベルカンデルさんは、いったん奥に引っ込むと、しばらくしてお茶の入ったコップとお菓子の入った皿をトレーに載せて持ってきてくれて、机の上にガチャンと無造作に置いた。


「まあ、どうぞどうぞ」

と言ってくれるので、コップを手に取ってみると、光沢のある白色で薄く輝いていて、縁に細く金で飾りがしてある。

 見るからに高そうで、割ったらどうしようとアリシアは不安になる。

 ベルカンデルさんは雑に扱っているみたいだけど。


 無発酵の緑のお茶がすごく良い香りで、ひとくち飲んでみると、砂糖が入っているようにも思えないのにほのかにとろりと甘くておどろく。

 なんだかよくわからないけど、こんなの絶対高いやつじゃんとは分かる。


 お菓子は、栗をたぶん砂糖で煮たやつで、ねっとりしていて、上品で甘くておいしい。

 ちょっとあんまりにも美味しいので、目を見開いてしまった。


 ベルカンデルさんが、アリシアのほうを、にやにやしながら見ている。

「旨いだろう? これ作るのに五日もかかるんだぞ」


「五日!?」


「そうだ。まず砂糖を水に溶かしてシロップを作る。

 そこに栗を入れて、栗を壊さないように毎日ちょっとだけ火を入れては寝かせるということを繰り返して、栗に糖分がしみこむのを待つんだよ。

 一日経つごとに砂糖を足して、どんどん甘くしていくんだぞ。手間がかかってる」


「ははあ……」


 お菓子屋さんでもないのに、そこまでよくやるものだ。


 それで、お茶とお菓子もいただいたことだし、アリシアがお土産の本を十冊取り出して、机の上に並べていくと、ベルカンデルさんは本を手に取る。


「おおう、新刊ばっかりじゃないか。いいなあ!」


「そりゃあ、知りあいの人に、本を作っているところに案内してもらって、そこで買ってきましたもん」


「出版社というやつに行ってきたわけか。さすがにパリシオルムは田舎とは違うな」


 ベルカンデルさんが、あんまりにも、いいなあ、いいなあ、と繰り返すので、アリシアは

「そんなに行きたいんだったら、馬車でも雇って行ったらいいじゃないですか。

 お金だってあるんでしょ?」

と言ってみたけれど


「馬鹿言え、この寝椅子からだってほとんど動かないくらいなのに、馬車に乗ってどこかになんか行けるかよ」

という答えが返ってきた。


 狩りで何日も歩いたり、徹夜で歩いたりするアリシアからすれば、信じがたい生活だ。


「それで……土産ってことは、これらの本はくれるのか?」


「はい、ちゃんと貸本にしてみんなに貸し出してくれるなら、あげますよ」


「そりゃもう! へへ、すまんね。ありがとう」

 ベルカンデルさんは、そう言って栗の砂糖煮をいくつもお土産に持たせてくれた。

 後でお母さんにあげることにする。



 世の中には色々な人がいるものだ。



 ◆



 貸本屋さんを出たあとは、()オラを弾ける人の家を回って、順に楽譜を配っていく。

 確か楽器を持ってる人が村で三人いたはずで、それで楽譜も三冊買ってきた。


 家に行ったら三軒ともいなかったけれど、近くでその家のおばあさんがいるのを見つけて渡したり、家畜小屋に本人がいるのを見つけたり、奥さんが井戸のところにいるのを見つけたりして、なんとか全員に配り終える。

 一人ぶん配るたびに、半時間くらい立ち話をすることになるから、配り終えたときにはもう三時ごろになっていた。



 ◆



 アリシアの次の予定は、アリシアより少し歳下から少し年上までの女の子にお土産を渡すことだ。


 もちろん、女の子たちも含めて、村のみんなに昨日お土産は渡したけれど、それだけというわけにもいかない。

 皆のお土産と同じものを一緒に渡したでしょというだけでは、やっぱりちょっと不足ということになる。


 それで、まだ残っているお土産となると、リボン十巻きと、あと色とりどりのインク、上等の紙の束、鮮やかな鳥の羽根のペン、ペン先を削るための小さなナイフ、花柄の便箋と金銀の縁飾りのある封筒、香料付きの封蝋になる。

 あとは、家で食べるように買ったけど、少し持ってきたチョコレートだ。

 

 これらをうまく組み合わせて、いい感じで渡さないといけない。

 仲良しの女の子たちだけに渡すと、後で問題になったら困るから、ここは公平に年齢で切って、アリシアたちの仲良しグループよりは、ちょっと広めに十歳から二十歳くらいまでの女の子たちに渡すことにする。

 紙に書きだして、指折り数えてみると、十歳から二十歳までの女の子は、この村には二十一人だった。


 アリシアの見るところでは、女の子たちというのは、公平に扱われないと怒るけれども、かといって特別さがないと、これもまたがっかりするから、なかなか難しい。

 つまり同じようなものを、特別感を出しつつ渡すということになるのだろうか。


 まずは……まだあんまり難しいことを言わない、歳が下の子から試してみることにする。



 ◆



 冬はすぐに暗くなるから、三時半あたりで、農作業やらもそろそろ終わりになって、集会所とかでの手仕事に切り替わる。

 それで、外から集会所に、女の子たちが向かってくるところを捕まえれば、お土産を渡すのに、ちょうどいいというわけだ。



 さて、そこでタイミングよく、向こうからエヴリンちゃん(十歳)がやってくる。

 

 アリシアが手を振ると、アリシアに気づいたエヴリンちゃんは、ぱっと笑顔になって、アリシアの方に駆け寄ってくる。

 かわいい。


「アリシアおねえちゃん! 昨日はありがとう。

 もらったお砂糖で、お母さんがクッキーとプリン作ってくれるって!」


「そうなの? よかったねぇ」

 これほど思いっきり嬉しそうにしてくれると、アリシアも歩いて持ってきて良かったと思える。

 やっぱり砂糖はウケがいい。お嬢様は偉大だ。


「布はお母さんの服になるみたいだけど、私にはどこかでお古の服をもらってきてくれるのよ!

 あ、でも貝のボタンはお母さんのになっちゃったの。でも私には糸巻のくれるって」

 矢継ぎ早に本当に楽しそうに話す。

 

 アリシアはしゃがんで、目線を下げるとエヴリンちゃんの耳に顔を寄せて

「実は他にもお土産があるんだよ。

 でもこれは皆にあるんじゃないから、ちょっと目立たないところに行こうか」

 そう言って、アリシアはエヴリンちゃんを物陰に連れ出した。


 それでまずはメインのリボンを、手に持った麻袋から取り出すふうにして取り出して、十種類全部並べてそこから五種類くらい選んでもらう。

 すごく悩みながら真剣に選んでいるのがかわいい。

 選んでくれた五種類を、一メェトル弱ずつ切って渡す。

 お店の人には、ひと巻が十二メェトルと聞いているから、これでみんなに配っても足りなくなったりはしないはずだ。


 それから選んでくれた以外のリボンから、ひとつアリシアが選んで、これも少しおまけに切って髪に結んであげる。

 するとエヴリンちゃんは、声が出そうになったのか口を手で覆ってすごく喜んでくれた。

 やっぱり小さなことでいいから驚きっていうのが大事だとアリシアは思う。

 

 あとは鳥の羽ペンを好きな色のを選んでもらって、花柄の便箋と金銀の縁飾りのある封筒をセットにして渡した。

 それから正銀貨を一枚、一緒に渡す。


 便箋と封筒のセットを買ったときには気が付かなかったけれど、郵便というのは代金が要るのだった。

 お父さんに聞いたところ、四分銀貨と八分銀貨が一枚ずついるらしい。

 銅貨だと二十九枚だそうで、結構な値段がする。

 

 そんなのが子供に出せるわけもないから、お金を付けておかないと便箋と封筒だけ貰っても意味がない。

 正銀貨を出したらエヴリンちゃんは貰うのを渋ったけれども

「私に手紙を書いてくれると嬉しいな」

と言ってあげると、納得して受け取ってくれた。

 実際、村から出たことのない子も多いから、手紙を書くと言ったって、手紙を出す相手がアリシアしかいないという子のほうが多いと思う。

 あとは兄弟姉妹がどこかに奉公に出ているとかだろうか。


 アリシアの住所は村の役場のほうに伝えておくことと、手紙は村の役場で出せることも教えてあげる。

「お金が余ったらおやつ代にでもしてくれたらいいからね」

と言い添えるのも忘れない。

 封筒は二つ付けてるから、二回手紙を出すとして、四分銀貨一枚分だけ余るはずだ。


 最後にあーん、と口を開けてもらって、そこにチョコレートを一粒入れてあげる。

「おいしい?」と聞くと、口を閉じたままコクコクと頷いてくれた。


「私からリボンとか色々貰ったっていうのは、お父さんとお母さんには言ってもいいけれど、他の子には内緒だからね」

と秘密めかして言うと、エヴリンちゃんはそれはそれは嬉しそうに頷いて、ありがとうと言って去っていった。



 …………だいたい良い感じではないだろうか。喜んでもらえたように思う。


 遠ざかっていくエヴリンちゃんの後姿を眺めながら、考えを巡らす。

 エヴリンちゃんは性格がお子ちゃまなので、今みたいので良かったけれど、もう少し年上の女の子相手だと、もうちょっと違った言い方をした方がいい気がする。



 それから、お土産の残りの、色とりどりのインク、上等の紙の束、ペン先を削るための小さなナイフ、香料付きの封蝋を、村の役場のほうに差し入れにした。

 たぶん女の子が二十人くらい、アリシア宛ての手紙を出しにくると思うので、あらかじめの迷惑料とということでお土産として渡して、アリシアの住所も紙に書いて、一緒に役場の人に渡しておく。

 


 そうしておいてから役場を出ると、アリシアは次なる女の子を探して歩き始めたのだった。




 ■tips


 アリシアたちのいる国(西方帝国)の正金貨、正銀貨、四分銀貨、八分銀貨、銅貨の価値はおおむね以下のようになっている。


  正金貨=10万円くらい=正銀貨13枚

  正銀貨=7700円くらい

 四分銀貨=1900円くらい

 八分銀貨=1000円くらい 

   銅貨=100円くらい


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