ハーフオーガのアリシア85 ― 里がえりⅠ ―
十二月二十九日に序列公示会とかいう年末の大きなパーティーがあったわけだけれども、それが終わったら、もう冬休みに入るとのことだったので、そのパーティーのあった日の夜から、里帰りに備えて荷造りすることになった。
里帰りの荷造りといっても、要するに、必要そうなものは、何でもかんでもお嬢様の荷物袋の異能に詰め込むというだけのことで、それから、お嬢様が突然に意識不明になるとか、死んでしまうとか、そういう万一の事態に備えて、保存のきく食糧とか予備のお金とか予備の服とかを、アリシアの荷物袋の腕輪にもいくらか収納して、それでもう準備が整ってしまう。
それで、その翌日の朝、つまり十二月の末日のその日の早朝に、アリシアたちは里帰りのために出発したのだった。
◆
お嬢様が、荷物や、空荷の馬車までも荷物袋の異能にしまってくださって、そのうえ
「いそぎましょう」とおっしゃった。
荷物がほとんどないうえに、空荷の馬車をしまったので馬が余っているから、馬の交代ができて、とにかく早く進んだ。
学園への往路では、途中にある鉱山の街に足を延ばして、お嬢様が病人の治療とかをなさっていたけれど、今回はそれもない。
お嬢様の希望でとにかくまっすぐ寄り道せずに復路を進む。
特にトラブルとかも起きなかったこともあって、学園からファルブロール伯領へは五日ばかりでついてしまった。
ファルブロール伯領から学園へ行ったときには、全部で一週間ばかりもかかったと思うので、だいぶん早い。
◆
それで、ファルブロール伯領の、領都というのか、街に向かう川舟に乗ったところで、船頭さんが、お嬢様に気づいたのか
「おかえりなさいませ」と帽子をとってあいさつをしてくれた。
それから、街の外れにある、船着き場に降り立つと、そこでもう何人もの人に気づかれて、色々な人が、お嬢様に向かって手を振ったり、帽子を取って挨拶をしたりしてくる。
お嬢様は、疲れているはずなのに、あっちこっちに向かって、愛想よく手を振っていて、そういうのは本当に偉いとアリシアは思う。
そうして街を出て、ご領主様のお屋敷の方へ向かう馬車に、なんでだか、ついてきてくれる人がいっぱいいた。
その人たちは仕事とかもあるだろうに、そういうのはほっぽりだして? お嬢様の馬車を十重二十重に取り囲んでは、前を先導して走ってくれる。
そうしてご領主様のお屋敷のある丘を登り、お屋敷の門の前のところまできて、そこで皆がお嬢様の馬車の囲みを解いて、お嬢様に手を振っては街のほうに帰っていく。
門番さんによって門扉が開けられて、馬車が敷地に入ると、お嬢様がアイシャさんの腕の中から飛び出す。
お嬢様が飛んでいく先を見ると、人が十人くらいお屋敷から走り出てきているところで、そこにはメイドさんとかもいたけれど、一番先頭には奥様がいたのだった。
奥様は今日もとんでもなくきれいで、良いもの見たなとアリシアは幸せな気持ちになる。
「ママーーッ!!」
と、お嬢様が大きな声で叫び、そのまま奥様の胸に飛び込んだ。
奥様は、お嬢様を抱き留めると、ドレスが汚れるのもかまわずに、その場で膝をつき、そうしてそのまま、お嬢様の頭に顔を押し当てて涙を流しはじめる。
ちょっと大げさじゃないかなと、ちらりと思わないでもなかったけれど、アリシアも場の雰囲気に流されて、他の人たちと同じようにもらい泣きをした。
◆
感動の再開だったから、今日は親子でゆっくり過ごすのかと思ったら、なんでも難しい治癒があるので今日は休めないとかで、奥様はそのまま診療所のほうに行ってしまった。
ちょっとしょんぼりしてはいるけれど、不満を言うでもなく、静かに昼ご飯を食べているお嬢様を見ながら、お嬢様は偉いなとアリシアは思う。
その日の晩はゆっくり休んで、翌日の晩にご領主様と奥様が、お嬢様の寄子一同を食事の席に招いてくださった。
お屋敷の三階にある、今まで入ったことのない、ちょっと小さな食堂みたいな部屋に、メイドさんに連れていかれる。
そこに入ると、長いテーブルがあって、奥側の席の中央にお子様用の高い椅子に座ったお嬢様、その右側にご領主様、左側に奥様というふうに並んで座っていた。
お嬢様の寄子であるアリシアたちが、メイドさんたちに案内されて、テーブルの手前側の席に一列に並んで立つと、ご領主様と奥様も立ち上がり、お嬢様は奥様に抱っこされた。
そうして、ご領主様が口を開く。
「さあ、今日は私達の大事な娘を、学園から無事に連れ帰ってくれた皆に、感謝の気持ちとして夕食を用意した。
まずは昨日まで旅をしていて、疲れているだろう皆に座ってほしい」
それで皆が座ると、壁際に控えていた給仕の男の人に「さあ、始めてくれ」と合図をして、それで料理が運ばれてくる。
ここのお屋敷の食事は、いつでも良いものを食べさせてくれるけれど、今日はひときわ豪華だった。
まずはカリカリになるまで大蒜と焼いた魔獣肉の欠片の入った冬野菜のサラダに、冬の貴重な栄養のベリーのソースがかかっているものがでてくる。
ちょっとすっぱいけれど、美味しくいただく。
そのあとから、根菜をローストしたものに、なんかよく分からないけど魚のすり身でも混ぜてあるのか、魚の味がするソースをかけたもの。
それから大きな海老を赤い辛そうなソースで炒めてあるもの。
海老はアリシアの大好物なので、大喜びでいただく。
それから、スープがわりに? 鱈みたいに見える白身魚の大きな切り身がごろごろ入ったホワイトシチューが出てきて、そこにでっかいパンとホットワインがついていた。
アリシアは夢中で食べて、最後にデザートとして出てきた、梨のコンポートを熱い珈琲でいただきながら、もう天にも昇るような幸福な気持ちで椅子にふんぞり返っていると、トラーチェさんが、少しよろしいでしょうか、と言って椅子から立ち上がった。
「お嬢様の寄子とならせていただいた際に、閣下にはご挨拶をさせていただきましたが、奥様には初めてのお目通りを賜ります。トラーチェ・マグ・ガルヒテと申します」
そうしてトラーチェさんは横を向き、クリーガさんに目配せをした。
するとクリーガさんも立ち上がって
「閣下また奥方様に御意を得まして光栄に存じまする。クリーガ・グロウハリーと申します」
と、ご挨拶をする。
それにこたえるように、ご領主様と奥様も立ち上がった
「これは丁寧なごあいさつをいただき感謝します」
そう言ってご領主様は軽く頭を下げる。
「昨日も夜まで忙しくて、ご挨拶ができてなかったわね。ごめんなさい」
奥様はそう言って申し訳なさそうな顔をした。
とんでもないことでございます、とトラーチェさんが答えているところ
「まあ座ってくれ給えよ」とご領主様が言ったので、トラーチェさんとクリーガさんも座りなおす。
「私たちの娘を無事に連れ帰ってくれて、本当にありがとう。
そうするべきだと思って娘を外に出したけれど……やっぱり目の届くところにいないと心配なものね」
「あんなに小さいんだから、そう思うのがあたりまえさ」
ご領主様はそう言って、腕を伸ばしては、奥様の背中を優しくさすり、アリシアたちに向かっては
「アリスタを守ってくれて、本当に感謝しているよ」と言ってくださった。
「その件についてでございますが、母上を……お嬢様をお守りするにあたり、もっと人が欲しゅうございます。
その御身の貴さに比して、お守りする者があまりに少のうございます。
今や、お嬢様は学園の列侯、貴人のなかにあってさえ、最も目立った立場を得ておられますので、私のような小者も、お側に侍っておりますが、全体的に戦力不足と言わざるを得ませぬ」
「ふむ……?」
クリーガさんの言うことに、ご領主様がなんとなく分かってなさそうな返事をする。
そうしたらトラーチェさんが
「ではまず前期の学園での様子について、ご報告をいたしますので、まずはそれをお聞きになっていただければと存じます」
と言う。
「分かった、じゃあ頼むよ」
そうしてトラーチェさんが、皆の、とはいってもだいたいはお嬢様が何をしたとかそういうことを話していく。
まずは診療部に皆で入ったこと。
それから食料購買局のテニオさんとも知りあいになったこと。
ドライランター公の娘さんのローテリゼさんや、その寄子のエルゴルさんとも知りあいになったこと。
そのローテリゼさんやエルゴルさんの大隊で、魔獣討伐演習に参加したこと。
お嬢様が大隊のみんなの食料や風呂や野営地にする砦を用意したこと。
(ここいらあたりでご領主様と奥様は困った顔をした)
天竜に踏まれたクリーガさんを、お嬢様が治療したこと。
クリーガさんを踏んだ天竜の頸をアリシアが切り落としたこと。
別の二頭の天竜を、お嬢様が一瞬で叩き落したこと。
演習の目的地の砦についてからは、演習にきた全員の、食事や風呂の面倒をみたこと。
お嬢様とアリシアが勲章をもらって高額納税者として発表されたこと。
トラーチェさんのお友達を庇うために、お嬢様が大量の小麦を買ったこと。
お嬢様の票数が五十四万になって、序列の公示で一位になったこと。
次の二月にはたぶん王様になること。
こんな感じのことを、話し終わったところで、ご領主様と奥様は黙り込んでしまう。
「アリスタには学園で、もう少しゆっくりしてほしかったんだけど……」
と、奥様が言ったけれど
「わたしはふつうにやっただけだもん」
と、我関せずといったふうに桃のジュースを飲んでいたお嬢様は、あまり興味なさげに答えた。
「普通って……ものすごく目立ってるじゃない。
もっと、こう、どうということのない、人並みの学生生活を楽しんでほしかったわ」
奥様がそんなふうにぼやく。
「まあ君の子でもあるんだから仕方ないさ。
子供ってのは親の望んだとおりになるんじゃなくて、親がやってるように行動するもんだよ。
君のやり方にとても似てるじゃないか」
ご領主様が奥様を宥めるようにおっしゃった。
奥様は、ご領主様のその言葉を聞いたときに、ひどく傷ついたような顔をなさった。
そうしてしばらく黙り込み、隣の椅子に座っている、お嬢様ほうに目を落とす。
お嬢様の頭を愛しげに撫でながら
「責任を自分で拾い集めるようなことをすると、後が大変よ」
と奥様は言うけれど、お嬢様は
「そのときそのときで、やらなきゃいけないことをやっただけだもん」
と、なんでもないことのように、そう答えたのだった。
奥様は、一瞬だけ悲しみに耐えるような顔をして
「ええそうね、ええそうね。えらいわ、とても立派よ」
と、とても優しい口調でそうおっしゃった。
それから奥様は、お嬢様の頭に口づけをすると、堪えきれないみたいにして、お嬢様の金の髪の上に涙をほろほろと落としたのだった。




