ハーフオーガのアリシア84 ― 序列公示会 ―
アリシアがトラーチェさんと、里帰り用のお土産を買いにいった、その次の日。
朝ご飯のあとで、アリシアがいつものように庭の掃除をしていると、馬に乗った伝令の人が屋敷にやってきて、対応に出たアリシアにトラーチェさん宛ての手紙を渡してくる。
伝令の人はそれで帰ってしまって、アリシアは預かった手紙をトラーチェさんに渡したんだけれども、それからしばらくして、トラーチェさんが、コロネさんのところの馬車を借りて、コロネさんとトニオくんをお供にして出かけて行ったのだった。
なんだろうな、とアリシアは思いはしたけれど、特に気にもせず、馬車に向かって手を振って見送った。
アリシアが、いつものようにお嬢様の荷物袋から、魔獣討伐演習で狩った獲物を出してもらって、解体をして時間をつぶしていると、トラーチェさんは、それほど時を置かずに帰ってくる。
アリシアは、また手を振って迎えて、獲物の解体を続けた。
昼前になったらいったん作業を途中でやめて、昼ご飯を作る手伝いをしにいく。
最近は、そろそろ本格的に寒くなってきたから、パンに合わせてスープとかを食べることが多い。
そのスープの中には、やたらめったらごろごろと、いっぱい肉が入っていて、これはアリシアがほとんど毎日くらい、魔獣を解体しては精肉するからで、このスープの肉の量をもたらしたのは自分だと思うと、アリシアは、心ひそかにちょっと嬉しいのだった。
◆
それで、昼ご飯を食べて、片づけも終わったあたりで、トラーチェさんが
「三日後に、この学園でいちばん大きなパーティーがありますので、それに着ていく服のチェックをしたいと思います。
この学園に来られるまえに仕立てたものを、皆様はお持ちと聞き及んでおりますが」
と言った。
そういえば、この学園に来る前の、夏頃に、奥様に服を作っていただいたなと、アリシアも思い出す。
学園に行ったら、きちんとした服を着なきゃいけない機会があるから、ということで、すごい高い服を作っていただいたのに、これまでは全然着る機会がないままだったけれど、ついにあのきれいな服を着ることになるのかとアリシアは嬉しくなった。※
「実はですね。今日の午前中に出かけてたのは、この学園の執行部のほうから呼び出しを受けまして、それで行っていました。
内容は、お嬢様と私も含めた寄子の皆さんに、明日のパーティーには、きちんとした服を着てきて、遅刻もしないでほしい、というようなことを言われました」
よく分からないけど、ともかく明日着ていく服のチェックをするから、ここでその服を着てトラーチェさんに見せろということらしい。
それで部屋に戻って、奥様に仕立てていただいた服を引っ張り出してきて着こむ。
首回りの襟に派手なレースがあるシャツを着て青っぽいリボンタイを付ける。
それからタイと同じ色のベストを着て、その上に冬用の金のふち飾りと金ボタンを付けたらしき、少しだけ色味を変えた、でも青っぽい上着を着こんで、上からいつものお嬢様から貰ったマントをかぶる。
帽子は二つもらったやつのうち、でっかい羽根飾りがついた派手なほうをかぶる。
最後に部屋にあった姿見で確認すると、どこかの貴族様かと思うような見た目になっている。
心密かに満足して、居間のほうに行ってみると、アイシャさんは銀糸を縫い込んだ白のドレスに、飾り布でドレープを作っているような豪華な衣装を着ている。
布地の配置が上手いのか、大きなおっぱいが六つあっても太っているように見えないのがすごい。
アイシャさんに抱っこされているお嬢様は、レースをめちゃめちゃいっぱい使ったモコモコの服を着ている。
お母さんにお土産にしようとレースを買ったときに、ほんのちょっとでめちゃくちゃ高かったのをアリシアは覚えていたから、あのお嬢様の服はどれくらい値がするんだろうと気が遠くなるような気がした。
それになんか複雑に編み込まれたきれいな金の髪に何かキラキラとした宝石みたいなのが編みこまれているように見える。
コージャさんは……茶色がめだっていてちょっと地味だけど、奥様からいっぱい買ってもらっていた金の首飾りとか宝石のくっついたアクセサリーとかを付けているので、けっこう華やかに見える。
服を仕立ててもらったときに思ったけど、別にドレスを一着買ってもらってたし、コージャさんは奥様のお気に入りな感じがちょっとする。
コージャさんってかわいいもんね、とアリシアは幸福な気持ちで思う。
かわいい女の子というものは素晴らしい。
コロネさんは、ちょっと長めのブーツに仕立ての良さそうなズボン、襞飾りのついたシャツに茶色のベストに、少しだけ濃い色の上着。それから首元は襟に少しのレースと、貴石をあしらったリボンで飾っている。それにお嬢様からもらったいつものマント。
羽根飾りのついた鍔広の帽子からのぞく金髪と、コロネさんの夢見るような水色の瞳と合わさると、なんだか立派に見える。
ウィッカさんは、これまたゴージャスで、冬用の馬の部分全体を覆う紺の布地に、金糸で飾りを入れて、縁には、これも金の房飾りがびっしりついている。
体が大きい分だけものすごく派手だ。
人間の体の部分も同じく紺色に金糸の飾りの入った上着で、胸元に上着と同じ色のタイがあって、タイの中央に大粒の真珠がある。
クリーガさんは、ズボンにベストに上着と、灰色で色を揃えていて、そこに緑色のタイを締めている。
上から、お嬢様にもらったいつものマントを羽織っていて、袖には、金に緑色の宝石をはめ込んだカフスが覗いている。
地味なのか派手なのか、よく分からないような感じだった。
さて、ちゃんと言われたとおりに服を着てきたから、トラーチェさんに見せようと思ったら、トラーチェさんが見当たらなかった。
あれ? と思って探すと、居間の隅っこのほうにひっそり立っている。
何やってるんだろうと思いながら
「トラーチェさん、着てきましたよ」とアリシアが声をかけると、トラーチェさんはしぶしぶといった様子で部屋の真ん中のほうへ歩いてきた。
トラーチェさんの様子がおかしいから「どうしたんですか?」とアリシアが声をかけると
「うぅ、皆さんの服が思った以上に凄くて私だけ地味です……」とのことだった。
そう言われてみると、トラーチェさんは、深緑のドレスにお嬢様から貰ったいつものマントをでっかい銀のブローチで留めているけれど、まあ……他のみんなと比べると地味と言えば地味かもしれない。
というかウィッカさんあたりが派手すぎるというのもあるかもしれない。
でもトラーチェさんが良い服を着てこいっていうから着たんじゃん、とアリシアは思わなくもない。
「いやいや、その大きな銀のブローチは確か学位の証でしょう? それこそ立派なものですぞ」
そんなふうにクリーガさんがフォローに回ってくれた。さすがお年寄りは頼りになる。
「私たちは奥様に、つまりフルーネ様に冬の支度の前渡しで特別な服を作っていただいたので、そのときにはトラーチェさんは、お嬢様の寄子じゃなかったから、まだいなかったですもんね……」
コロネさんが、そんなふうにトラーチェさんに説明してくれた。
すると、お嬢様が突然、あっ! と大きな声をあげた。
「どうしたの?」とアイシャさんが声をかけると
「ほかのみんなは、おかあさまがふくをつくったからいいけど、トラーチェとクリーガにはふくをつくらないと! まにあわないじゃない!」
とか言ってお嬢様は焦った様子でいる。
「大丈夫ですぞ。母上のお里帰りについて、母上のご両親様にもご挨拶に参ろうという予定ですから、冬の支度はそのときにでもゆっくりしていただければ」
と、クリーガさんがお嬢様を宥める。
「私も伯爵様にはご挨拶させていただきましたが、フルーネ様にはご挨拶させていただいておりませんから、お嬢様の里帰りにご一緒させていただきます。
服はまたファルブロール伯領ででも作っていただければそれで……」
トラーチェさんもそう付け加える。
「そう? よかった」
お嬢様は安心したような口調になった。それから
「じゃあとりあえずのアクセサリーをだすわ」
お嬢様はそう言うと、アイシャさんの腕の中を抜け出して、居間のテーブルのほうに向かって漂っていく。
そうしてから、ざらざらとネックレスやらブローチやら何やらを、たぶん荷物袋の異能から出して、テーブルの上に山になるくらい、いっぱいぶちまけた。
アイシャさんがお嬢様のいるテーブルのほうに寄っていき、お嬢様はネックレスやブローチの山を崩しながら、アイシャさんに
「どれがいいかな?」とか相談している。
お嬢様は、小さなおててであれこれ装飾品の山から引っ張り出したり、また放り出して別のを取り出して眺めたりしながら、トラーチェさんのほうを向いて
「トラーチェはどれがいいの?」とお聞きになった。
呼ばれたトラーチェさんは、驚愕したような顔で、おそるおそるというふうにテーブルに近づいていき
「これは、どうされたんですか……?」と、お嬢様に聞く。
お嬢様はブローチをひとつ、小さなおててに取って陽の光にかざしてみながら
「ぜんぶもらいものよ。たまにくれることがあるわ」となんでもないことのように答えた。
「これ全部そうなんですか?」
トラーチェさんが唾を飲み込むようにしながらさらに聞く。
「そうよ。ちょっとしにそうなひとをなおしてあげたり、おおきなどぼくこうじとかすると、わりとこういうほうせきとかくれたりするわ」
「そうなんですね……」
「そんなのくれなくてもなおしてあげるのにね。
みんなすごいのよ。おかしのはいったはこをもらったから、しんりょうじょのみんなできゅうけいじかんにたべてたら、はこのそこにびっちりきんかがしいてあったこともあったわ。もうびっくりよ!」
お菓子の箱の底に金貨が敷いてあったら、それはびっくりするだろうなあ、とかアリシアがぼんやり考えていると、お嬢様は、装飾品の山から細い金の鎖みたいなものをずるずると引っ張り出した。
見ると、それは、なんだか何本もの繊細な細い金の鎖の端に、緑色に輝くでっかい宝石が金色の台座に収まってぶら下がっている。
「これなんかどうかしら」と言いながら、お嬢様はトラーチェさんの胸の前に浮かび上がる。
右胸でマントを留めている銀のブローチを、少しめくって、そのピンの根本に金の鎖の端っこを引っ掛ける。
そこから金の幾重にも重なった細い鎖をゆったりと弛ませながら、それを左肩まで渡して、肩の少し内側の鎖骨の端あたりで飾りピンで留める。
左肩の飾りピンからは、金の台座にはめ込まれた大きな宝石がぶら下がる。
さっきまでは飾りが銀のブローチだけで、簡単な感じだったのが、急にやたらと豪華な感じになった。
「これでいい? それとももっとべつのがいい?」
そう聞かれたトラーチェさんは、気圧されるようにして
「こ、これでお願いします……」と言っていた。
「じゃあこんどはクリーガのばんね」
お嬢様はそう言うと、またテーブルの上でごそごそとアクセサリーの山を探りはじめる。
「クリーガはどれがいい?」
と聞かれたクリーガさんは
「そうですな。もしよろしければ母上の金の髪と緑玉のような瞳と同じ色の組み合わせで、トラーチェ殿と同じような色味のものを希望します」と言った。
アリシアには、なんかちょっとその言い方が、怖いように思えたけど、そう思ってみると、クリーガさんの袖のカフスも金の台座に緑の宝石だったから、それに気づくと余計に怖い。
でも、お嬢様は気にした様子もなく「わかったわ!」と機嫌よく答えて、金色の台座に緑色の宝石が入ったブローチのようなものを、クリーガさんの上着の左の襟にくっつける。
クリーガさんはつけてもらったブローチを手で押さえて
「大事にいたします」とか言っているけど、アリシアはついクリーガさんの表情を、何かおかしいところがないか探ってしまう。
自分で頼んで寄子になるくらいだから、お嬢様のことが好きなんだろうけど、あんまり好きが過ぎるのもどうなのか。
◆
そうやって、ともかく服の用意が済んで、数日たって、その一番大きなパーティーとやらの当日。
トラーチェさんは、朝からせかせかしていて、ちょっと神経質にもなっているみたいだった。
そうして朝ご飯を食べて、片づけが終わると、もう行こうとか言い出す。
パーティーは十一時半からとか言っていたのに、早すぎるんじゃないかと思ったけど、馬車や人やらで道が混むんだそうで……
それで皆で、例の盛装の服を着て、トラーチェさんのチェックを受けて、それから出発する。
トラーチェさんの案内で、街の外れのほうに向かって行くと、確かに、だんだんと馬車や人で道が混んでくる。
それで、そのうち馬車が動きづらくなってきて、そうしたら、お嬢様が
「ばしゃをしまってあるいていきましょう」
と言ったので、そこで馬車をお嬢様の荷物袋の異能の中にしまって、皆で歩いていくことになった。
ウィッカさんと馬車を繋いでいる頸環や尻鞦 ※2 を外すときに、ウィッカさんの服をめくりながらだったから、アリシアはちょっと恥ずかしかった。
ウィッカさんが今日みたいな立派な服を着ていない、いつもなら普通に見えている場所のはずなのに、なんで恥ずかしいのか不思議な気がする。
◆
それで、街外れにある目的の建物は、変な形をしていた。
やたらと大きい、幅が五十メェトルか六十メェトル ※3 ほどもありそうで、奥行きも同じくらいありそうな、三階建てくらいの石造りの立派な建物があって、変わったことには、その石造りの建物の上にくすんだ銀色の、金属みたいな色をした低い三角屋根が飛び出しているのだった。
建物の前にはあっちこっちからやって来る馬車が、たくさん停まっていて、広い駐車場になっている。
案内の人が走り回っているし、とても混雑していたけれど、アリシアたちは、お嬢様が馬車を自分の異能にしまってくれたから、駐車場で待たなくてもよかった。
それで駐車場を迂回して、ちょっとした階段を上がって、大きな鉄の枠に高そうな板ガラスを嵌めたドアにたどり着く。
風除けなのかドアは二重になっていて、もう一つ内側の扉を開けると、そこがロビーになっていた。
ロビーとは言っても単なる石畳の床で、木のベンチがいくらか置いてあるだけで、ロビーの端っこにカウンターがある。
カウンターの中にはがっちりした男の人が二人、上着を着て、何を言うでもなく、ただ無表情で黙って立っていた。
アリシアと目が合うと、その男の人たちは目を伏せる。
挨拶でもしたほうがいいのかとアリシアが戸惑っていると、トラーチェさんがアリシアの横から
「今日はお世話になりますわ」
と声をかけると、その男の人たちは、さらに少しだけ頭を下げて
「とんでもないことでございます」と返事をしてくれる。
それでアリシアは安心して「こんにちは」と、機嫌よく挨拶をすると、トラーチェさんの前に出て、さらに中の部屋に続くらしき、大きな扉を開けたのだった。
中に入ると、大勢の人が話している低いざわめきの音が反響して聞こえて、ふと顔をあげると、そこにはやたらと高い天井が見える。
外から建物を見たときの、その高さのままに、天井まで一気に吹き抜けていて、鉄か何かの金属みたいに見える部材が、蜘蛛の巣みたいに張り巡らされていて屋根を支えていた。
その広くて高い空間に反響するようにして、たくさんの人たちの話し声が、どよめきみたいに渦巻いているように聞こえる。
そうやってしばらく天井に見とれてから、視線を前に落とすと、今度は等間隔に並ぶ、大きな石の列柱が部屋の奥まで続いているのが見えた。
柱はずうっと上まで伸びて広い会場の天井を支えている。
ものすごく広い部屋が、その柱の列で三分の一ずつ右側、中央、左側と区切られているようだった。
中央の部分は、何も置かれてなくて、奥側にある大きな演台までずうっと、幅広の通路のようになって続いている。
その演台の上の奥側の壁には、何か文字がいっぱいに書かれた大きな紙のようなものが貼り出されている。
右側と左側には椅子やテーブルがいっぱいに設置されていて、テーブルの上には、たくさんの食べ物や食器や飲み物の瓶らしきものが並んでいる。
足元からは土の擦れるような音がして、地面が石畳ではなくて、土のように見えるけれど、でもただの土ではなくて、何か混ぜてあるのか、とても硬くて簡単に抉れてしまったりしないようになっている。
奥の演台の上で、貼られている紙を覗き込みながら、話をしてたむろしている人もいるし、部屋の左右のテーブルのところに座って、楽しそうにおしゃべりをしている人もいて、ともかく人がいっぱいいた。
アリシアは、人いきれにたじろいでしまったけれど、トラーチェさんは気にした様子もなく
「まずは公示のほうを見に行きましょうか」
と言って、奥の演台のほうに向かって、ずんずん歩いていくので皆で後を追う。
中央部分の広い通路を歩いていると、背の高いアリシアにまず気づいて、そうしたらその近くにお嬢様がいるはずだとあたりをつけて、探している視線をいっぱい感じる。
そうして、お嬢様を見つけるとぶんぶんと手を振ってくれる人がいっぱいいて、アリシアの方にも手を振ってくれる人がたまにはいたから、アリシアも手を振り返しておいた。
演台の前まできたトラーチェさんは、演台の側面についていた階段から上に上がり、皆も一緒に上に上がったところで、トラーチェさんが解説を始めてくれる。
「さて、ここには二枚の表があります。それぞれ紙を貼り合わせて大きくして作ってあります。
演台に向かって左側の表が、それぞれの人が議会で投票するときに何票持っているのかを書いている表ですね。
つまりこの学園の議会でなにか決め事をするときの投票、つまり入れ札ですが、そのときに、その人が何票分の権利を持っているかが書かれています。
そして、右側の表は、中隊ごとじゃなくて、個人でバラバラに書いてあって、それを票数の多い順に並べ直して書いてある、つまり、このパリシオルムの学園における序列の表です」
そう言われて演壇の奥側の壁を見ると、高さはアリシアの背丈より高くて、横は何メェトルもありそうな、大きな紙が確かに二枚貼ってあった。
左側の表は中隊ごとに、中隊長の学生の番号順で書いてあるということだったので、お嬢様の学籍番号というものを教えてもらって探してみると『アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール中隊』と書いてあるところを見つけた。
0528-00320 アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール 540,001票
0528-00321 アイシャ・シュファイネ 182票
0528-00322 コージャ・トゥーナ 26票
0528-00323 アリシア・ゴルサリーズ 4,501票
0528-00324 ウィッカ・ミル・スぺシア 56票
0528-00325 コロネ・アウスガルダ 141票
0514-00621 トラーチェ・マグ・ガルヒテ 35票
0528-00320-0008 クリーガ・グロウハリー 1,211票
「本当に五十四万票って書いてますね……こんな数字は初めて見ました」
トラーチェさんが感慨深げに言う。
「あの、私の票にくっついてる端数の一票ってなんなんでしょうか」
コロネさんがそう聞くと、トラーチェさんが
「それはこの間の魔獣討伐演習のぶんだけ学歴票が増えたんですね。
初等教育に加えて、この学園とかで追加の教育を受けると、投票権が一年間で二票、つまり半期で一票増えます。
私たちは前期の授業は受けませんでしたが、そのぶん魔獣討伐演習に行きましたから、それは前期分の授業を受けたものと読み替えてくれるんです。それで学歴票が一票増えてるんですよ。
まあ私のような聴講生とか、クリーガさんのような学生じゃない方は演習に出ても学歴票は増えませんけれども……」
と解説してくれる。
「私は四千五百票ってなってますけど、これで何ができるんですか?」
入れ札でいっぱい入れられるから有利になるというのは、前に聞いたけど、それで実際に何をするのかというのは、あんまりよくわかってない。
「それは、例えばですね。
この学園都市や、そのまわりの町や村の、何か法律を決めるとか、今年の予算を決めるとか、そういうときに投票で有利になるんですよ。
あと何か裁判沙汰とかに巻き込まれた場合にも、投票権が多いと有利になります」
それは大事なこと? なのかもしれないけれど、なんか難しそうだし、法律とかよく分からない。
裁判なんてもっと分からない。
そんなのが嬉しいかと言われると別に嬉しくもない。
貴族になるとか言われて身構えていたのに、実際にはそんなことなのかと思うと、アリシアはなんだか拍子抜けしたような、がっかりしたような、あるいは逆に、ほっとしたような気分になって、この公示とかいうものにも、なんかあんまり興味が無くなってしまったのだった。
そうなんですね、とトラーチェさんに返事をしてから、今度は右側のもう一枚の紙を見に行く。
右側の大きな紙の、その左上の端に、
序列一位 0528-00320 アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール 540,001票
と書いてある。
うちのお嬢様が一番っていうのは何となく嬉しい。
ちなみにアリシア自身は、序列百五十三位って書いてあった。
かなり上の方なんだろうなとは思うけれども、なんか、ああそうなんだ、というくらいの感想になる。
お嬢様もふわふわ浮きながら、表のほうを眺めていたけれど、もう飽きちゃったのか、会場のほうを見回していた。
すると、知りあいでも見つけたのか、演台から見て右前の方に向かって漂っていく。
アリシアが慌てて追いかけると、お嬢様はふわふわ飛んで、見るとその先にはくるくるした金髪が今日もゴージャスな診療部の副部長のローラさんが腕を広げて待っていて、お嬢様はローラさんの腕の中にそのまま着地した。
抱っこされたお嬢様がご満悦でいるのがアリシアにはちょっと悔しい。
「寄子のみんなから不用意に離れてはだめよ?」
お嬢様が一人でどこかに飛んでいったときに、アイシャさんが言っているような小言を、今日はローラさんが、アイシャさんのかわりにお嬢様に言ってくれた。
「はーい」
と、お嬢様は良いお返事をして、ローラさんの胸元にぐりぐりと顔をこすりつける。
こういうしぐさだけ見るとお嬢様も完全に赤ちゃんだよなと思う。
みんなでローラさんと、その周りにいる人たちにご挨拶をしたところで
「今日は皆できれいな服を着てきてくれたのね。ありがとう」
と、ローラさんが言った。
「トラーチェが、おめかししてっていったのよ」
「そうなのね。執行部のほうからトラーチェさんに頼んだの」
そう言われたお嬢様は首を回してぐるりと会場の中を見回すと
「でも、あんまりきれいなふくをきてないひともいっぱいいるわ」と不思議そうに言う。
確かに、きっちりおめかししている人も多いし、ローラさんや、その寄子の皆さんも盛装しているけれど、そうじゃなくて、なんか汚い格好をしている人も会場のあちこちに、ちらほらいる。
豪華な服じゃないっていう意味ではなくて、なんかくだけてるというかボロっちいというか、もっと直接的に汚いような服を着てる人もいる。
例えて言えば、まるでアリシアが実家で狩りに行ってたときに着ていたような、汚れてもいい服というんだろうか。
「そういう人達がいるから、トラーチェさんを通して、アリスタちゃんにきちんとした格好をしてきてって頼んだのよ。
なんていうのかな……無頼っていうのかしらね。
貴族ってやっぱり自分と仲間だけで魔獣を狩って生きてる、みたいな気風があるから『みんなで仲良く協力してがんばりましょう』みたいなのは苦手なのよね。
それで、反抗するのがかっこいいみたいな考え方もあって、ちょっと大変なのよ。
今の執行部が気に入らないなら、ちゃんと自分たちがかわりに、それなりのことをするっていうのならいいけど、そうじゃないからね。
それで……普通の貴族の人なら別にそれはそれでいいんだけど、アリスタちゃんが反体制的とか、あるいはそう見える印象を与えると、ちょっとシャレにならない感じもあったから、それでお願いしたの」
「そうなんだ」
お嬢様は、あんまり興味なさげに返事をなさった。
◆
それで皆でそこらへんのテーブルのまわりに置いてある椅子に座って(アリシアの椅子とウィッカさんの敷物はお嬢様が荷物袋の異能から出してくださった)おしゃべりしながら待っていると
『ご来場の皆様におかれましては静粛に願います』
という女の人の声が、令術具で大きくしているのか会場に響く。
『ただいまより、第五百二十八年度、帝国パリシオルム高等学院の序列公示会を開催いたします』
やがて銀髪で銀縁眼鏡の若い男の人が演壇に上がった。
この人は見たことがある。確かこないだ屋敷の方に来た人だよねとアリシアにも分かる。
執行部の何やらという人だったはずだ。
『執行部首席による開会宣言ならびに今次魔獣討伐演習評価概要告示』
執行部の人はひとつ頷くと話し始める。
「帝国パリシオルム高等学院執行部首席の権限において、序列公示会の開会を宣言する。
また序列公示の重要な根拠のひとつである今次魔獣討伐演習の評価概要についての告示も同時に行う。
まずは前提として、学園の管轄区域の概況報告を行う。
本学園の管轄区域内における魔獣活動の概観であるが、全体的に活発化の傾向であると認められる。
具体的には魔獣出現頻度は昨季対比で一割五分増しであり、湧出個体の位階も全般的に上昇傾向にあり警戒を要する。
次に今次魔獣討伐演習の概況について述べる。
討伐演習における総討伐数は昨季対比で二割増しであり、討伐旅団における人的損耗は皆無である。
また演習における投下戦力は昨季演習の一割七分増であったが、貨幣換算の討伐猟果は三割増であるので、戦力投下の効率性は上昇したと評価できる。
さらに、帝国軍南東方面軍および本学園都市領軍ならびに討伐演習旅団による合同観測における脅威度評価の更新について述べる。
魔獣湧出地域における湧出観測点の観測によっても、湧出量は昨期の一割五分増であると認められた。
また湧出推定中心点から外れた地点での天竜三頭の出現を観測した。
この特異事象もまた魔獣湧出量の増加を予期させる事象である。
これに対する学園管轄地域における防衛指針としては、従前のままに魔獣の漸減を目指すものである。
とりわけ戦力の計画的、効率的かつ機動的な発揮による漸減量の増大に努めることを考慮している。
つぎに票数評価における戦力評価部分の票数算定式の改定点について述べる。
荷物袋の異能が大規模な攻撃に転用できるほど極端に大容量であること。
さらにその行使者が非常に強力な投射令術の行使者であること。
またその行使者が高速度で飛行可能であること。
これらの要素が複合する場合の評価算定基準が追加された。
さらに荷物袋の異能が極端に大容量であり、単なる補給を超えて部隊全体の完全な給養にまで至った場合についても評価算定基準が追加された。
最後に、特筆すべき個別事案について総括する。
まずは、演習に参加した誰もが知っているので、もう個人名を出してしまうが、アリスタ・ゲルヴニー・ファルブロール学生による部隊給養について述べる。
まずは、その所属するローテリゼ・トリッテン・ドライランター大隊が非常に優速な行軍をした事例が挙げられる。
大隊の野営地の造成や炊飯等をすべてファルブロール学生が代行し、とりわけ往路の最後の三日の行軍においては畜獣の給養の水や飼料まで供与したため、大隊の日あたりの進出距離は飛躍的に増大した。
さらに集結地点たる砦に到着以後は、所属大隊のみならず討伐旅団全体をほとんど給養した。
今次演習における猟果の増大は、ファルブロール学生による直接の討伐の部分も大きいが、それとともに、ファルブロール学生による日に複数回の入浴支援まで含むほどの過大とも言える給養によって、討伐旅団員全体の体調がよく、旅団として良好な戦闘力を維持したためでもある。
荷物袋の異能といっても、その機能がこのような段階にまで至ってくると、それは単なる輸送能力たるを超えて、新たな戦略的意味付けを要すると言える。
大規模な部隊を良好な状態で必要な場所に迅速に送り込めるということを意味するからである。
そしてこれが、先に述べた『票数評価における戦力評価部分の票数算定式の改定点』のことである。
しかしながら、その過度な属人性、代替不可能性が戦略的、戦術的弱点となる懸念は看過できない。
ファルブロール学生の存在を前提として戦略的判断を行うことは、ファルブロール学生が、体調を崩したり、不測の怪我をしたりし得る個人である以上、それ自体が戦略的脆弱性である。
戦術的脆弱性の側面について述べれば、実際に演習中に出来した事例として、ファルブロール学生が所属する大隊の、所属大隊員が天竜によって重大な負傷をした際に、ファルブロール学生が天竜との交戦を一切放棄し、当該大隊員の救命に専念した事例が挙げられる。
旅団指揮官としての見解を述べるならば、ファルブロール学生が天竜との交戦を放棄し、所属大隊員の救命に専念したことは、ファルブロール学生の強力な治癒令術による救護無しには、当該大隊員の救命が不可能であったという事情を考慮しても、なお軍事合理性の観点において、判断の誤りであったと見なさざるを得ない。
その根拠としては、これは後日にファルブロール学生が別の天竜二頭を、単独で、同時に、かつ、ほぼ瞬時に撃破したことからも明らかであるが、ファルブロール学生の攻撃力が大隊では最も高いものであったこと。
天竜が他の大隊員に攻撃の矛先を向ける可能性があったこと。
そうなれば更なる負傷者や死者が出た可能性が高かったことが考えられるからである。
高位の治癒令術士や、高位の荷物袋の異能の保持者が、同時に高位の投射令術者や令体術者であることはままあり、よくあるジレンマとも評価できるが、ファルブロール学生の存在は、その極端な事例とも言える。
そもそもファルブロール学生を演習に参加させ、その喪失の危険を冒すこと自体が、国家戦略上のリスクであるとの執拗な意見具申は、演習前から食料購買局によってなされているところでもあった。
しかしながら結果論で言えば、ファルブロール学生の判断こそが最良の結果をもたらしたことも事実であることは述べておかなければならない。
私のような判断をファルブロール学生が行ったとすれば、確実に一人の死者は出ていたであろうし、また仮に、食料購買局の述べることにファルブロール学生が従っていたとすれば、そもそもファルブロール学生は今次演習に参加することはなく、そうであれば三頭もの天竜によって大隊が蹂躙され、甚大な被害が出ていた可能性が高いからである。
実際には、ファルブロール学生が治癒に専念している間に、大隊長たるドライランター学生と、その寄子たるエルゴル・セックヘンデ学生によって天竜をよく抑え、その隙をついて、ファルブロール学生の寄子たるアリシア・ゴルサリーズ学生が、その保有戦力比において著しく過大な脅威である天竜に強襲を敢行、頸部を切断し、討伐せしめたが、これもかなり危険な行いであったのも事実である。
あくまで結果的には最良であったというだけで、非常に危険な判断であったと評価せざるを得ない。
以上が今次魔獣討伐演習の評価概要の告示である。
このたび公示された評価序列ならびに票数の付与は、従前からの評価に加え、今次演習の結果を含めた新たな要素を加味して行われたものである。
付与票数の法的確定は、端月の末日、すなわち本日より六日後であり、新たな付与票数による議会権能の発生時期は翌年の二月一日からとなる。
評価に対する不服申し立てを行う場合には、申立書とともに根拠としての理由書と理由書の添付書面を付して学園の総務部宛に本日より十四日以内に提出するように。
あと、テーブルの上に酒食を用意してあるので適当に食べて帰ってくれればいい。
この会場は夜の六時まで借りてあるので皆で親交を深めてほしい。
昼食が終わったら、お茶も出すが、夕食まではださないからそのつもりで。以上」
執行部の銀髪の人はそこまで言うと、演壇を降りて行ってしまった。
◆
自分とお嬢様の名前が出てきたのは分かったけど、話が難しかったので、アリシアには何を言われていたのかは、あんまり分からなかった。
そして、会場にだんだんとざわめきが戻ってくる。
「さあ、食べましょう。アリスタちゃんはどれがいいかな~?」
とか言いながらローラさんが次々に飲み物らしき瓶の蓋を開けたりしている。
「わたしはビール!」
「それはちょっとダメかなー……」
ローラさんにそう言われてふくれっ面をしながらも、ちゃんとあきらめるあたりがお嬢様の偉いところだとアリシアは思う。
テーブルの上には、お肉の入ったパイに、ローストした冷たいお肉。
豚のバラ肉と林檎の煮込みに、酢漬けのキャベツを添えたもの。
あとは温めたパンにレバーのパテ。芋かなにかをポタージュしたスープあたりが並んでいる。
それに、人参の橙、ほうれん草らしき緑、南瓜の黄色を刻んだものを、きらきら輝くゼリーでパウンドケーキみたいな四角い棒状に固めたような料理を、顔は知ってるけど名前は知らない、ローラさんのところの女の子が切ってくれた。
お肉のパイとか煮込みとかスープとかは美味しかったけど、野菜のゼリー寄せは、ひとくち食べてみると……おいしいような、おいしくないような、まあ見た目は楽しいからいいか、と思うような味だった。
貴重な冬の野菜だから食べるけれども。
そうやって、ご飯を食べながら、会場の中を見るともなしに見ていると、入り口のところから、すごくでっかい六本腕の人が入ってくるのが見えた。
つまりエルゴルさんで、そのそばに隊長さんのローテリゼさんや、他に人がたくさん一緒にいる。
エルゴルさんがアリシアに気が付いたらしくて、アリシアの方に向かって手を振ってきた。
それでローテリゼさんも気が付いたのか、アリシアに向かって手を振ってくれる。
アリシアが手を振り返すと、エルゴルさんとローテリゼさんは、もう一度こちらに手を振ってから、会場の中央にある太い通路を挟んで向こう側にある、アリシアとは会場の逆側にあるテーブルの席についた。
◆
だいたい皆の食事が終わったあたりで、ちらほらと席を立って会場内をうろうろとし始める人たちがいるのが見える。
アリシアたちの座っている、診療部の人たちで固まっているあたりにも人がたくさんやってくるので、いつもだったらアリシアが気をつけて見張ってなきゃいけないところだったけれど、今日はローラさんのところの寄子の女の人たちがいっぱいいて、アリシアには出番がなかった。
お嬢様を抱っこしたローラさんが奥の方に座っていて、その傍にアリシアたちと、ローラさんのところの寄子の人たちがいっぱい取り巻いているから、よその人たちが近寄ってこれなくなっていて、アリシアはとても楽ができる。
クリーガさんや食料購買局のテニオさんが、お嬢様の寄子を増やせって言ってたのはこういうことなのかなとアリシアも納得したのだった。
やがて、エルゴルさんが立ち上がってこっちにやって来るのが見える。
その足元には隊長さんのローテリゼさんがいて、それにエルゴルさんの部下?の人や、ローテリゼさんのたぶん寄子の人とかも一緒にやってくる。
その中に、小さな子供を抱っこしている人が一人いて、その子は、銀色の瞳に銀色の髪をした藍色のドレスを着ていて、なんか見たことがある子だった。
名前は知らないけれど、花売りのヨランダさんが顔を切り付けられた件で、エルゴルさんがお詫びに来て、そのときに連れていた子だったはずだ。※4
アリシアはかわいい女の子とかきれいな女の人には執着するから、そういうのはしっかり覚えている。
ローテリゼさんたちが、診療部の皆が座っているあたりの前まで来ると、お嬢様の前にいたローラさんの寄子の人たちがさあっとよけて、お嬢様への通路になる場所をあけた。
ちょっとびっくりして、お嬢様のほうを見ると、お嬢様がローテリゼさんとエルゴルさんたちに向かってぶんぶんと小さなおててを振っていた。
ローラさんの腕から浮かび上がったお嬢様が、いったんエルゴルさんのほうにちょっと向かいかけて、そこで少し進路を変えてローテリゼさんの腕の中に飛び込む。
「やあこんにちは。序列表を見たよ。一位だったね、おめでとう」
「ありがとお! ……あんまりよくわかんないけど」
「他の皆はよく分かってるよ。みんなアリスタ君の世話になったもの」
褒められたお嬢様はテレて、隊長さんの胸に顔を埋めている。
ローテリゼさんは、そんなお嬢様を優しい顔で見てから、アリシアに
「アリシア君もおめでとう、これでたぶん男爵に叙爵だね」
「ありがとうございます。私もよく分からないんですけど……」
アリシアがそう答えると、ローテリゼさんは
「親子で何を言ってるの」と言って楽しそうに笑った。
親子でっていうのは、寄親と寄子という意味だろう。
すると近くに寄ってきていたトラーチェさんが
「ローテリゼ様も序列が上がられたことお祝い申し上げます。
それにセックヘンデ様は、おそらく子爵へと陞爵なさること、あらかじめお慶び申し上げますわ」
と、よそ行きの声で言った。
なんか知らない言葉が出てくるからアリシアにはよく分からない。
「いやいや、まあ何となく流れでそうなったというだけで、アリシアさんのおこぼれですよ。
アリシアさん、おめでとう」
エルゴルさんにそう言われて、ありがとうございます、と何となく返事をしたけれども、何を言われているのかアリシアにはよく分からない。
「うまく天竜の羽根を片方壊せたから、あとはなんとか足止めして、うまいこと逃げようと思ってたら、アリシア君が走りこんできて、あっという間にもう片方の羽根も壊して、すぐに頸まで落としてしまったからね。つまりは天竜を殺せたわけだよね。
アリシア君は天竜の戦力評価が幾つか知ってる?」
ローテリゼさんに、そう聞かれたけれど、アリシアはそんなことを考えたこともなかったから、知りません、と答える。
「仔竜とかじゃない、大型の天竜の戦力評価は二万なんだよね。もちろん個体にもよるんだけど、標準的な天竜は二万なの。
ちなみに、この評価は伯爵級と評価されるかどうかの規準でもある。
めったにいない珍しい魔獣ならもっと戦力評価の高いのもいるんだけど、一般的な魔獣でいちばん強いのが天竜で、それを単独討伐できるのが伯爵級の規準なの。だからまあ、伯爵の称号を貰いたければ、最低で二万一千、できれば二万三千くらいの戦力評価もしくは票数が必要ってことだよね。
まあ少し話が逸れたけど、アリシア君と、私とお兄で天竜を狩ったということは、三人合わせたら戦力評価が二万の天竜よりも強いはずだという言い方も成り立つの。
そうして、戦力評価が私は九千で、お兄が七千五百、アリシア君が四千五百だからね。
足したら二万一千でしょう。
つまり二万の天竜より強いはずだからとりあえず合計で二万一千の評価にしようってことなんだろうと思うわ」
「……はあ」
「ロッテが八千から九千に評価が上がり、アリシアさんがおおむね四千五百ですが、私は三千五百から七千五百ですからね。
激増したわけでして、つまりはアリシアさんが天竜を殺してくれたおかげを、私が最も受けてるわけですよ」
エルゴルさんがどこか申し訳なさそうにそう口を挟む。
アリシアとしては、あんまりよく分かってないから、そうなんですね、という以外に感想もあんまりない。
そうやって話していると、ガタガタというような音が連続でしたので、何かと思ってみると、でっかい箱に布をかけたようなものとか椅子とかを、荷物袋の異能から、お嬢様が出しておられた。
それからお嬢様は、ローテリゼさんの腕の中からひょいと浮かび上がって、エルゴルさんのほうに飛んでいって抱っこされてから「すわってすわって」と楽しそうに言う。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
とエルゴルさんが言って箱の上に座り、他の人たちも椅子に座ると、お嬢様はエルゴルさんのお膝に座ってご機嫌だ。
お嬢様ってエルゴルさんのことは、お気に入りだよねとアリシアは思いながら、それが少し面白くないような気もする。
そこで、ふと銀色の瞳に銀色の髪をした藍色のドレスを着た、エルゴルさんたちと一緒に来た小さな女の子が、エルゴルさんと、エルゴルさんに抱っこされているお嬢様のほうを、頬を膨らませて、面白くなさそうな顔で見ているのが目に入った。
お父さんを取られて嫉妬してるんだなと思うと、あんまりにも可愛らしくて、うちのお嬢様が取っちゃったことだし、ちょっと相手をしておこうと思って、アリシアはその子のそばに寄ってしゃがみ込む。
「こんにちは、わたしアリシアっていうの。お名前は?」
「……シルベネ」
「シルベネちゃんだね、久しぶり。前に会ったこと覚えてる?」
そう聞くとシルベネちゃんは、コクリと頷いてくれた。
アリシアは嬉しくなってしまって、腕を広げて、おいでと言うとシルベネちゃんは素直に抱っこされてくれる。
それでそのまま立ち上がると、エルゴルさんがこちらを見ていて
「アリシアさんは子供が好きなんですね」と言ってきた。
「そうですね、只人の子供はちっちゃいし、ぷにぷにしてて、みんなかわいいですよね」
「それは良かった。うちの拠点に来れば子供が何十人もわらわらといますからね。
それなら安心していつか機会があればご招待でもできそうです。
ちなみに、御老人や、動物もたくさんいますが、そっちのほうは大丈夫ですか?」
そんなふうな、世間話みたいな話をしてるだけなのに、なんだか妙にエルゴルさんが真剣な顔をしているみたいに見えたから、アリシアはちょっとだけ違和感を感じる。
「そうなんですね。うちは両親だけで、おじいちゃんやおばあちゃんは家にいなかったので、ちょっと憧れがあります。
動物はどんなのがいるんですか?」
「犬に猫に、羊にヤギに、雌鶏とか小飛竜とか色々ですね。ちょっと騒々しいですが楽しいですよ」
「いいなあ……」
「また春になって暖かくなったら、よろしければいらしてください」
「はい、ありがとうございます!」
アリシアがそう答えると、エルゴルさんはとても嬉しそうな顔をして微笑んだのだった。
■tips
※ ハーフオーガのアリシア26 ― アリシアは服を仕立ててもらう ―
(https://ncode.syosetu.com/n2133ga/27) を参照。
※2 頸環:馬の肩甲骨(首の付け根というか胸の上部というかそのあたりにある)に当てて、馬車を曳くための荷重がかかる輪状の器具。ウィッカさんの場合は馬人族なので、人間の胴体部分のちょっと下あたりに付ける。
尻鞦:馬のお尻に回して、馬車にブレーキをかけるときに使う。
※3 アリシアたちのいる国である西方帝国における長さの単位であるメェトルは、皇帝が、現代地球におけるメートルを念頭に「1メートルってたぶんこれくらいよね」などと宣いつつ、その両の掌をもって示したものであるが、これを地球におけるメートル法に換算すると、1メェトルの長さは1.043mとなる。
※4 ハーフオーガのアリシア22 ― 六本腕の男Ⅱ アリシアは色々聞かれる ―
(https://ncode.syosetu.com/n2133ga/23) を参照。
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