反撃
日付が変わりましたが連続投稿2話目
クラウは前を向いて、ジョアナに言った。
「私はあなたと会うのは初めてだ。契約なんて知らないな」
ルイの手首をしっかりつかんでいるクラウは、ふぃと背後を振り向き、集まっている人たちにも声をかけた。
「今日、急な予定でお休みになりましたけど、また明日からよろしくお願いします」
ルイも振り向くと、皆が不安そうにじっとルイとクラウを見つめていた。
あ、バートンさん・・・。
ルイはその姿を視界に認めた。
バートンが、ルイをじっと硬い表情で見つめている。
口が動いた。
『しっかりしな』
無音で言葉が届けられる。
ルイは泣きそうに顔が歪むのを抑えられなかった。
どうすれば良いのか。
何も捨てられないのに。全部必要なのに。
壊される未来しか見えない。
『しっかり』
クラウがまたジョアナに向いた。
「あなたは、トリアナの国の、身分の高い貴族?」
ジョアナは目を細めて余裕の風情で微笑んでいる。
どうして、クラウには返事をしないのだろう。
ジョアナに近づくので、男女の付き人が間に入ってきた。
「捕えて」
ジョアナの言葉に、ルイの心臓が跳ねる。
気付けばクラウの前にルイが割り込み、クラウを後ろに押し返していた。
男女の付き人は、ルイに対して少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
ジョアナが喜んだ。
「ルイ様のそのようなお顔、初めてですわ!」
目が輝き、頬を赤く染めている。珍しい出し物と同じ感覚なのだ。
「ちょっと失礼」
クラウがルイを追い越した。とっさに止めようとするのにクラウの方が力が強い。ついていくしかない。離れる選択肢など無い。
クラウの軽い会釈に、どうしてだか付き人の男女が震えたように少し身を引いた。
ルイの手首をつかんでルイを引き連れ、クラウはジョアナの前に立つ。
クラウの背で大勢から表情が見えなくなった事を把握するジョアナは、見下した視線でクラウを見上げた。その一瞬後。
「きゃ」
ジョアナが驚いた短い悲鳴を上げた。
ルイはゾッとしたが、クラウはすでに手放された紙をつかみ取っていた。
付き人が慌ててクラウの肩を掴もうとするのをクラウは振り返って言い放った。
「お嬢様だから虫にでも驚いたんだろ。ところで、営業妨害だけど、自警団には言わないであげる」
クラウは何を言っているのだろう。
ジョアナがキッとクラウを睨んだ。
「私の手を掴んだわ!」
「店の張り紙を盗んだから、取り返した。お嬢様。ここはメリディアだ。酷い迷惑だ。そして妨害。認められた夫婦を裂こうとするなんて許されない」
ジョアナが余裕を取り戻した。勝手な設定を語ろうとする。
「出来の悪い使用人でしたのね。丁度もう役目は終わったのですもの、良かったわ。さぁ、ルイ様、帰りましょう。私たちの屋敷に」
「ここの皆は、ルイが誰と結婚したか知ってる。あんたは横恋慕してる。それとも、自警団を呼ぼうか。それとも、役所が良い? お姫様。ここはメリディアで、この町はグラオンだ。この町がどんな場所か知らないで来たの」
背の高いクラウが、ジョアナを見下して宣言するように言う。
「さっさと帰って。ここはあんたの国じゃない。あんた他所の人だろ。・・・あぁもう! ルイ! 鍵出して! 見つかんない!」
クラウが苛ついてルイに呼びかけた。
ルイは必死でクラウを見つめる。
ここで、鍵など。彼女の前で開錠するなんてそんな危険は冒せない。ジョアナが厄介なのは、権力を持つ上に彼女自身が劣った人間ではないからだ。少しでも何かを得ようとする人に、鍵なんて情報を見せられない。
細かく震えてしまったルイにクラウは目を細め、グィとルイの手首をつかんで、店から離れる方向に歩き出す。クラウの後ろに壁のように立っていた付き人2人には「どいて邪魔」と言い捨てながら。
「ルイ様! また私を待たせるのですか!」
「ルイ! 帰るよ」
クラウが引っ張る。人垣にと進む。裏口に向かうつもりだとルイは気づいた。
「ジョアナはここでお戻りをお待ちしております! なんという酷い仕打ちをなさいますの!」
人垣を分けて進む中、口々にルイに文句がかけられた。
「言い返しな!」
バートンだ。
「一人で帰れって言ってやれ!」
「クラウちゃんにばっかり言わせて! この腑抜け!」
酷い言われようだ。
「ルイは繊細なの! ごめん、道空けてー」
逆にクラウに庇われてルイは顔が上げられなくなった。
「良いよルイ、無理しなくて良い。あんなの放っておけばいい」
クラウのこんな調子に皆がクラウを褒め称えた。
「惚れるわ。さすが男前」
「頼りになるわぁ~」
「ルイくん美少年だったー」
違う感想も混じっていた。
「ひげに隠された美形」
「美形って大変なんだな」
「普通で良かったんだな俺たち」
さらに違う感想も混じっていた。
「ルイ! このまま黙ったまんまかい!」
バートンの怒りは収まっていなかった。
歩きながら、クラウがその怒りを代わりに受けるように肩をすくませてから、手首をひいてルイを引き寄せ尋ねた。
「何か、最後にいってやりたかったら、一言言っとく? 元カノだろ?」
「そんな関係じゃない」
「元婚約者」
「・・・『嫌いでした』なんて言えるわけない」
大勢がいるのに、思わず本音が零れた。
なのに、周囲がクスクスと笑った。
「さ。俺たちも帰るか」
「クラウちゃんたち、どうするの。何だったらうちに泊まる?」
「ありがとう、でも大丈夫、当てがあるの」
「そう」
「ねぇ、あのお姫様、トリアナの貴族?」
「貴族ねぇ」
皆が、クラウとルイの姿を隠そうと一緒に動いてくれていた、とルイが気づいたのは、裏口に入る路地に至ってからだった。
***
裏口からつつがなく店に入った。
きっと、正面の建物の扉の方には、まだジョアナたちがいるはずだ。
そう思うと、恐ろしさに震えた。
情けないとか、そういうレベルを超えている。
「ルイ。この紙、どうしてそんなにこだわったの」
クラウがグシャグシャに握り込んだ紙をルイに見せて尋ねた。
「・・・筆跡を盗られて、手紙とか、偽造されるんだ」
「犯罪だろそれ。なに、トリアナってそんな国なの?」
クラウが嫌悪感を示したのを、ルイは口の端を上げて返答を示そうとした。
荷物を床にドサリと置いたクラウは、ルイの肩や手から荷物を外して、床に置いた。
クラウが店内を見回す。
出発前と何も変わりはない。
クラウはそれからルイを見て、どこか仕事のように抱きしめてきた。
ルイは無言で俯いた。
「・・・変な女に目を付けられちゃってて、本当に」
とクラウが言った。
とても優しい声だったし、声の通りに優しさを感じた。
そのまま無言で抱きしめられる。
クラウが暖かくて、ルイはホッとした。
ついクラウの肩に頭の重みを預けるようになる。
しばらくしてから、クラウがふっと笑った。
「『甘えるなんて情けない』とか、言わないね」
ルイは無言で笑った。笑ったような息を吐いただけだった。
「大丈夫だよ。守ってあげるよ。だってルイ、私の大事な旦那様だからさ。盗まれてなんてやらないからさ」
「・・・」
妙な言い方だ、と思ったのでルイは顔を上げてすぐそこにあるクラウの顔を見た。クラウが笑む。
「ルイは、私が良いんだろう?」
「勿論。クラウだけ」
「じゃあ良かった。じゃあ好きに守ろうっと」
「・・・どうやって」
クスリ、とクラウがまた笑った。
確かに、普通ならルイは『男だから守られるなんて嫌だ』と言うだろうけれど。
「ルイ。私は怒っている。私は怒って良い」
クラウの突然の発言に、ルイはえっと目を見開いた。怒っている?
ただ、今の言い方はどこか芝居がかっていた。それに最近同じような言葉を聞いた。
グランドルだ。発言を真似た?
「素直が一番だよ、ルイとクラウ! ちゃんと話し合って!」
「それ・・・」
戸惑うルイに、クラウが楽しそうに笑んでみせた。
「グランドルとルイの会話の真似」
「やっぱり。どうして」
クラウがコツリと額をつけてきた。
「私だって怒ってるんだ」
顔は笑顔なのに。
でも、グランドルと違って、本当の笑顔だ。怒っているように見えない。
クラウが少し目を閉じてから、また開いた。怖いぐらいに近い距離に、クラウの瞳がある。
「引き離されるのかなって、本気で怖くて、嫌だ置いて行かないで、捨てないでって、思ったんだけど」
クラウが話す。
「もう一瞬で目の前が暗くなるかと、思ったんだけど」
クラウの目が柔らかく細められる。笑んだのだ。
フッと唇に軽くキスされる。
「そんな場合じゃないなってすぐ、本当に。捨てられるとかじゃなかった。奪うんだなコイツって」
ルイは、ルイのために話してくれている言葉をじっと聞いた。
「私の旦那様だから、私が守らなきゃって思ったの。ルイ、泣きそう」
言葉に、ルイの涙腺が緩んで涙が込み上げた。
怖かったのだ。ただひたすら。
「大丈夫だよ、ちゃんと守ってあげる。・・・ルイ、私は自信を持った。女の趣味悪いんじゃ無いかってルイをずっと疑ってた。でもなんか納得した。あんな性格悪いの、超美人でも嫌だよね。ルイの周り、まさか皆あんなのだったの?」
ボロボロとこぼれた涙を、クラウが拭う。
「皆、では、無かった」
「良かった。さすがに心配だよ、皆あんなんだったらさ」
「でも、多かった」
「うわ最悪」
「だから、騎士になりたかったんだ」
「なんで。あ、騎士はああいう人が少なかったの?」
「うん」
「そりゃ私も騎士選ぶ。えー。トリアナにがっかりだよ。あんな人たちがウヨウヨいるのか」
「全員じゃない」
「どっちが多いの」
「あぁいう人」
「最悪」
「助けてくれる人もいた」
「もう無理、トリアナ、私の中であり得ない」
「・・・メリディアは?」
「知るわけないでしょ。こっち一般人なんだから」
「・・・そうだね」
会話の末に、ルイはギュッとクラウの服を握った。
クラウは貴族を知らない。だからあんな風に振る舞えたのだ。
あんな風に、馬鹿にして、見下して。
どうする。
あの人は必ず報復に出る。
あの場にいた人たち全てに罰を与える方法を考える。
「ルイ。ルイ」
優しい声に、ルイはハッとした。
「私はルイがすごく大事で大好きで、もう引き離されるなんて絶対ごめんだ。さっき勝手に捨てられる気分を味わわされて私はかなり怒っている」
グランドルのような言葉を使って冗談めかして見せながら、クラウが本気で言っているのもルイには分かった。
「ねぇ、ルイ。私のこと、好きよね?」
「もちろん」
「私のこと、知ってるよね」
「・・・」
どこについてを?
「私、可愛いものとかも大好きだけどさ、カッコいいのも、大好きなんだ。だって私に似合うから」
「・・・」
ルイは少し落ち着いた気分でじっとクラウを見つめた。少し、物申したい気分。
クラウは頼もしく、まるで男の冒険者のようにニと笑った。
「あのお嬢様に、後悔させてやる」
「クラウ、止めてくれ、引き離されるんだ、壊される」
「ルイ、ルイは貴族だから分かってないんだよ」
クラウの言葉に、ルイは瞬いた。
「一般人には、貴族から身を守る手段がある。自衛手段を全部使う」
クラウが言い聞かせてくる。
「待って、クラウ、一体何をするつもりなんだ、彼女はトリアナの、王家に近い格式高い貴族の・・・」
必死で止めようとするのに、クラウはまるで冗談のように流してしまう。
クラウはまた笑んだ。
「ルイ。どうして、グラオンの結婚がものすごく簡単にできちゃうのか、誰かに聞いた?」
「え? いや、そんな話は」
「私、薬草売りのオバチャンに教えてもらったんだ。色々詳しくて色んなこと教えてくれるの」
「・・・」
「グラオンは、昔、人の生き死にが激しい町だったんだって」
クラウは語る。
「今は技術が発達したから良いけど、魔法石の採掘って大変らしいよ。落盤とか事故と隣り合わせ。だから悔いが無いように、結婚したいと思ったらすぐできるようになっていった。死と隣り合わせだから、貴族より普通の人の方が強くなった」




