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対応

「勝負って、先に動いた方が強いんだ。私は会える人に会ってくるから、ルイはここにいてて」

とクラウは言った。


「・・・会える人って・・・」

茫然と尋ねるルイに、クラウは「んー」と少し考えて答える。

「バートンさんはさっきそこにいたから居場所が分からないし・・・後にする。先にジェシカ店長のとこにいく。相談して・・・役所かな。あと自警団。時間を見てバートンさんところも勿論行く。あと、屋台のオバチャンのところと・・・マイズリー家具屋さんにも行けたらいってくる」


「止めて! 駄目だ、むやみに外を歩いて誘拐されたらどうするんだ!」

ルイがクラウの腕をつかむのを、クラウはなだめるように上から抑えて手を外した。

「私は大丈夫」

「違う、クラウの方が危険だ、あの人はー」

「大丈夫。動くなら絶対早い方が良い。ルイは留守番しといて。・・・そうだ、ご実家に手紙を送ったりとか。あ、晩御飯、買ってこれるか分からないから、ルイが作っておいて」

「クラウ!」

「絶対に行く。大丈夫」


行動を決めてしまったクラウに、ルイは震えた。引き離される恐怖しかない。

「なら、私も一緒に行く」

今離れるなんて駄目だ。常に傍にいないと、消されてしまう。


「ルイの方が危ないから、お願いだから家にいてて。この家は安全だろ?」

「私が家で、どうしてきみが外に出るんだ!」

「何もしないと変わんないだろ」

まるで出会った頃のように、強い表情のクラウがルイに告げる。


「嫌だ。駄目だ」

「ルイ。・・・あのさ・・・言いたくないけど、足手まといだ」

クラウの言葉にルイは心から温かさが零れるような気分になってクラウを見つめた。

クラウはルイに言い聞かせた。

「私の方が、足が速い。動きが早い。ルイと一緒に行ったら、全部回れない」


でも、とルイは思ったが返す言葉が出てこない。

そんなルイに、クラウはやはり言い聞かせた。

「家にいて。ちゃんと留守番していて」


***


クラウは強情になっていて、ルイの言葉を封じながらも留守番を強く命じて裏口から外に出て行ってしまった。


多くの人に会って、どうするというんだろう。


一人残されて、ルイの身体は勝手に震えた。抑えたいのに抑えることができない。

血の気が引いているのが自分でも分かった。


それでも指示を受けたので、ルイは表に気付かれないようにそっと動き、階段を上って自分の部屋である6階まで行き、家族に手紙を出した。


ジョアナが店に現れた事。ルイを諦めていない事。

それから、ルイの文字を取り戻すため、クラウがジョアナの手を掴んでしまった事。


書きながらルイは悔いた。

どうして止められなかったのだろう。

ジョアナは貴族だ。手を掴むなど相当な暴挙になる。それだけで罪になる。

クラウはそれを知らない。そんなつもりもなかったのに。

どうすれば。


助けを求めながら、さらに、家名を捨てたいと書いた。

きっと家族皆が嘆くだろう。特に母は泣き崩れるだろう。縁を切るという事になるから。


でも、それでジョアナがルイを諦めるなら。

家族と表立って縁を切ったとしても、今作った暮らしを守りたいのだと訴えを書いた。心からの詫びも。


勝手にあふれてくる涙をぬぐいながら、手紙には落ちないように気を付ける。

魔方陣で転送したあと、ルイは少しの時間茫然とした。


何も手に残らなかったら、どうすれば。


今まさに、クラウが失われている最中だとしたら。

ドクドクと身体が震えて、ルイは居てもたってもいられなくなった。


クラウが危険を冒しているのに、ルイだけ家に留まっているなんて。


ルイは息を吸い込み吐き出して、階段を降りた。

泣いた顔を洗い、つけひげをつけて、裏口から町に出る。


そうせずには居られなかった。


***


町に出て、ルイに気付いた人が声をかけてきた。

色んな人に事情を尋ねられる。

ルイは周囲に不審な人がいないか目を走らせながら、顔見知りの人たちに説明した。


自分は確かにレンの血を引く隣国トリアナの貴族で、一人で生計を立てたいとグラオンに来た。

ジョアナとは幼少時、事情があって4歳の時に婚約が決められた。けれど性格の不一致で6歳の頃に正式に解消した。

ジョアナの言う手紙は偽物で、ルイの筆跡を真似て勝手に手紙を書き、それを皆に真実のように見せびらかす事が過去から頻繁にあったという事。過去にも困り、国も偽物だと判定したこと。


ルイはクラウと一緒に店を続けたい事。


泣きそうなルイの話を、皆が驚きの声をあげたり頷いたりして聞いている。

必死になって説明するけれど、皆がきちんと聞いてくれている事にルイは気が付いた。

誰も、「嘘だ」などと言わない。

これが例えばジョアナたち相手なら、すぐにルイが嘘をついていると声も高らかに宣言するのに。

これは、ルイたちがグラオンで店をして暮らしてきた結果なのか。この町に根付いてきた。信用してもらっているのか。


「どうしたら良いのか」

と震えてしまうルイに、皆は「何でもしてほしい事は言って!」と言った。


「嘆願書の申し込みはしてきたのかい」

と一人が言った。

初めて聞く言葉だ。


「クラウちゃんが手配するんじゃないか」

「もう準備したかね。役所になるだろうかね」

「あとあれだ、ヤーテの旦那に歌ってもらおう」

「だったらバヘラにも書いてもらおうよ」


ルイにはつかめない会話の一方で、一人が聞いてきた。

「ルイさん、どこに行くつもりだったんだ?」

「トルウィス食料品店に、相談に」

「早く行っといで。俺たちもできること手配してやるから」


詳細が掴めないながら、ルイは頷いた。


***


ルイのお気に入り瓶詰の店、トルウィス食料品店の店主に会った。

店主はルイの様子と話に酷く驚いた。

「それは困りましたね」

店主は座っていたのを立ち上がって、眉を少ししかめた。


「困りました。どうしたものか。私に何かできることがあれば良いのですが」

落ち着きを失くした店主に、ルイは尋ねた。

「妻の、クラウディーヌが、庶民には貴族に負けないよう手段を持っていると言って家を出て行ってしまいました。何をすれば、いえ、どういう手段が」


「あぁ。嘆願書です。訴えるものが手続きを取って、人の集まるところに訴えを掲示します。同意する人たちはそれに署名していきます。署名数が一定数を超えれば、役所は国にそれを届け出るのです。正式な書類と訴えとして扱われます。ただし結果はどうなるか分からない」

「それから、皆さんが、歌や何かを書くようなことを・・・」

「歌ですか。なるほど。それは良いかもしれませんが、だからといって効果があるかは分かりません」

店主がウロウロと歩き回る。


何か助けがもらえないかと見つめるルイに顔を上げ、店主は教えた。

「流行歌です。世の中を皮肉った歌が町で流行ると、貴族はやはり何かしら思う事があるでしょう。戯曲や劇や小説などで皮肉ってくることもあります。つまり、民が意見を主張する方法です。ですが、正式なものではない」

「どうすれば。私はグラオンで暮らしている。メリディアの保護を受ける事などはできるのでしょうか」

「あなたは、トリニアの貴族です。難しい。とても難しい問題です」

「貴族の地位を捨てれば」


必死で言ったルイに、店主は驚きに目を丸くした。

「地位を捨てるというのですか。名誉ある地位を!」

「はい。そうでなければ、壊されてしまう」


店主は怒ったようにルイを見た。

「あなたは若くして不自由なくお過ごしなので、そんな発想に至るのでしょう」

えっ、とルイは息を飲んだ。


「その地位にどれだけの者が憧れると思っているのです。どれだけの優遇を受けており、どれだけ保護されているか。決して捨ててはいけない。愚かな事です。しかもきみは結婚して暮らしている。地位の恩恵を家族に与えるべきでしょう」

「しかし。今のままでは、妻と引き離される。私の元婚約者は、平気で、夫婦であろうが仲を裂く」

ジョアナではないが、気に入った女性を傍に置くために、強制的に離婚させ自分に仕えさせた貴族もいる。相手の地位が低かったからだ。


「トリアナは思う以上に野蛮な国のようです」

店主が不快に眉を潜めた。

メリディアは違うというのか、とルイは驚いた。


「最も伝統ある格式高い国のはずが」

「お願いです、どうか知恵をお貸しいただきたい。どうかお願いします。妻と離れたくない」


店主は唸り、苦渋の決断のように重々しく頷いた。

「分かりました。町内会議できみの話をすることにしましょう」


町内会議?

ルイの店にも回覧板とかが回ってくる、あの町内、の、会議?


重々しい発言ながら出てきた単語にルイは状況がつかめなくなったが、助けてもらえる手段であればわらにでも縋りたい。そもそもこの店に来たのは、ここが貴族と繋がりの深い店だと知っているからだ。


ルイは深々と礼をとった。

「どうか、よろしくお願いいたします」

「分かりました。さぁ、きみは早く他のところにお行きなさい。手を打つのは少しでも早い方が良いのですから」


あぁ。クラウと同じことを言っている、とルイは思った。

泣いて怯えて引きこもっている場合では、無かったのだ。


***


ルイは必死に考えて、今度は、以前ルイの建物の上階に住んでいたジークバナードを尋ねることにした。

彼は古語を学んでいる。つまり古語の先生との縁を持つ。何か有効な手段を教えてもらえないだろうか。


幸い、転居先にジークバナードは在宅していた。ルイの訪問に一瞬喜んだジークバナードは、ルイの様子がおかしい事に気が付いた。

ルイは玄関先だというのに必死で訴えた。

ジークバナードは、顔を引き締めて、一緒に先生たちのところに行こうと誘ってくれた。


***


ルイが裏口から家に戻ったのは、もうすっかり暗くなり、普段なら夕食も食べている時間だ。

店内、クラウはいない。

まだ戻ってきていない?

けれどつけた覚えがない灯りが全てついている。一度戻ってきてまた出かけた? いや、上にいる?


ルイは奥からしきりの扉をそっと開けた。

驚いたことに、店側、据え付けの大きな正面の棚がカーテンで覆ってあった。クラウの仕業だろうか。

こうしてあれば、正面の大きな窓ガラスから店内を覗かれることもないと理解できる。少しホッとした。


音は出さないように慎重に階段を上る。

2階、3階。クラウはいない。


ルイは心配になってきた。

まだ戻ってきていない? 一度戻ってきたはずだ。

裏口はバートンだって入れない。

表は、ジョアナの使用人がまだ張っていると町の人が教えてくれた。つまり、表は使えないはず・・・。


4階。施錠している部屋なのに、扉が開いた。

泣いているような声がした。


ルイは緊張して、踏み込んだ。


「・・・クラウ」

床に座り込んでいた。通信具がその前、床に置かれている。


クラウは顔を上げた。泣き濡れていた。

「・・・ルイ」


クラウが勢いよく立ち上がり、ルイの腕を引っ張った。

「ルイ! どこ行ってたんだ!」


「外、に」

「どうして!? 家にいてっていったのに! どうして! なんで!?」

見た事のない勢いでクラウが迫ってくる。

ルイは驚きながら答えた。

「何かしなくてはと、トルウィス食料品店と、ジークバナードさんのところに・・・」


「私は家にいろって言った! 何があったかと思う! 戻ったら、どこにもルイがいなかった!」

クラウがルイの両腕を掴んでいる。ギュゥギュゥと握られて痛い。

「ごめん、なさい」

「『ごめん』で済まない!」


泣いていたはずの顔で、酷い剣幕でクラウが怒った。勝手に動くな馬鹿、と。

あまりの勢いで、こちらの話にも耳を貸さず、何か言えば全て怒るクラウに、ルイはどうして良いのか分からなくなった。


クラウ一人危険な事をさせて、耐えられなかった。だから動いた。

動かない方が、良かったのか。

でも。


私が悪いのか。でも。


腕を掴んでルイへの怒りをぶちまけるクラウに、ルイの中がグチャグチャになる。


ルイは叫び声を上げていた。

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