終焉からの始まり
「拓哉!!」
身体中から血を流しその場に倒れた拓哉へとアリスは慌てて駆け寄った。
倒れている拓哉の側へと近寄るとアリスは膝を折り、彼の頬へと手を触れる。
すでに拓哉の顔色は血の気はなく蒼白しており、また同時に彼の中に存在しているはずの魔力量が圧倒的に減っていた。
本来普通の人間には魔力量なんてものは存在しない。
だが魔術師は違う。
基本魔術師は己の魔力量をコントロールしながら魔術を使っている。
魔力そのものが少なくなる、または全て失うとなればそれは死んでしまうのと同じだ。
魔力とは術者の精神、気力、イメージ力を主に使用する事によって発動する。
人間と言う生き物は肉体と精神が主となっていると言われている。
他の人間と比べて魔術師は基本精神力は高い方なのだが、だが仮にその精神力が全て失われてしまったとしたらすぐに身体に反映されてしまう。
普通の人間の場合廃人へとおちてゆくのだが魔術師の場合は精神力が人一倍に高い分、そのイメージ力で身体へと反映し、身体の機能が一部停止する。もしくはそれ自体が失われ最悪死に至るケースがある。
だが拓哉の場合また勝手が違ってくる。
拓哉は"生命の源"の所有者であり、《代表候補者》付きの魔術師のアリス《契約》を交わした事によって、"生命の源"の本来の魔力と《契約》で得た魔力そのものが暴走をしていた。
《代表候補者》付きの魔術師と《契約》を交わした時点で魔術量は今まで彼が持っていた魔術量そのものが格段に跳ね上がった。
元々《生命の源》の魔術量を彼は無意識にセーブを掛け、少量の魔術しか扱えなかった。
だがそれがアリスと《契約》した事によって
格段に変わった。
本来ならば彼女と《契約》を交わせば自分が持つ《生命の源》と《契約》で得た力を合わせ持つ事が可能となりコントロールが出来るはずだった。
しかし思った以上に《生命の源》の魔力量は《契約》で大きく得た力だけではそれらをコントロールする事が適わなかった。
もし彼が魔術師だったのならばそれは防げたはずかもしれないが、彼は《生命の源》の所有者と言えどもあくまでも一般人に極めて近い人間だった。
それをいきなり全ての魔力を引き出してしまった為に暴走を引き起こしたのだ。
また同時に彼の咄嗟の起点により暴走をする力を逆手に取り、無理やり自分に流れ出る魔力量を小分けにする事によって"言霊縛り"の即死技を封じる事に成功したのだが……。
「だからって無茶し過ぎよ……」
アリスは苦しそうに顔を歪め拓哉の胸へと両手をかざした。
彼女の掌からパァァァと淡く蒼色に輝く光が拓哉の身体を優しく包み込んだ。
拓哉の身体に付いていた浅い傷は塞がっていくが、彼が受けた"言霊縛り"での深い傷はアリスの術を受けても尚今だに塞がらない。
おそらく"言霊縛り"の猛毒そのものがアリスの回復魔術《癒しの恵》を打ち消しているのだろう……。
そうなると先に"言霊縛り"の猛毒を打ち消さなくてはどうにもならない。
だが猛毒を打ち消す魔術もそれらを浄化する術を彼女は持たない。
今の彼女に打つ術がない……。
一体どうすればいいの……。
ここまで来て……やっと見い出したその先の 希望を掴めるのだと信じていたのにまたここで失ってしまうのか……。
またあの時のように最も恐れ後悔した瞬間を再び味わわなければならないと言うのか……。
アリスは強く唇を噛み、歯噛みした。
だがその時、唐突に。
「お願い、わたしにやらせて……」
声がしアリスは後ろの方を振り向いた。
目を向けるとそこには結城亜利砂が立っていた。
その姿はボロボロで先程進藤から殺され掛けたところを拓哉達から助けられたとは言え、自分で立って歩くのがやっとだろうと言った状態だった。
そんな状態の彼女が何故……?突然の出来事にアリスは疑念を強く抱きながらも戸惑いを隠せなかった。
そんなアリスの様子を悟ってか亜利砂はアリスに向かって言葉を発した。
「わたしなら"言霊縛り"の猛毒をわたしが持つ神器で浄化する事が出来る。だからお願いわたしにも手伝わせて……。あなたがわたしの事を信じられないのは分かっている。だけど今は彼を死なせたくはない。彼を死なせる訳にはいかない……。わたしは彼に助けられた。敵だったにも関わらずに。だから今だけでいいわたしを信じて……お願い!」
「…………………」
その表情は真剣な表情そのものでとても嘘をついているとは思えなかった。
普通ならば《関東》の《代表候補者》付き魔術師である彼女を警戒しなければならない。
この状況で騙し討ちにあったとしても何もおかしくない状況だ。
それにいくら彼が敵であった彼女を護ったとしても彼女が《関西》の人間である事は変わりはしない。
以前の自分なら彼女の言葉を疑っていただろう……。
だけどあの少年は……拓哉は彼女を護った。
そこにどんな想いと、意味があったのか自分は分からない。
だけどそんな彼の想いを裏切ることは出来なかった。
またそれと同時にアリス自身も今は彼女の言葉を信じる事に掛けた。
それはあまりにも見ただけで分かるように取り返しのつかない後悔をした。
そんな顔をしていたからだ。
それにどんな方法であれ助かる確率がたった 1%でもあるならばそれに掛けるしかない。
アリスは亜利砂へと瞳を向けたまま無言で頷いた。
亜利砂は拓哉に近づくとアリスの向かい側へと膝を折った。
そんな亜利砂へとアリスは思った疑問を口にした。
「貴方魔力は大丈夫なの?さっきの戦いでだいぶ消耗していたはずでしょう?」
「あなた達が助けてくれたおかげで魔力の方は大丈夫よ。咄嗟に自分の回復魔術を掛けたから今はそれで何とか動けるようになったから」
アリスへとそう答えながら亜利砂は拓哉の身体へと両手をかざしながら唇を動かす。
すると同時に、彼女の銀色のブレスレットが一瞬チカッと瞬き、淡い光に包まれていた拓哉の身体へと白く輝く小さな分子が拓哉の身体の中へと降り注ぐ。
それに対して先程まで蒼白だった拓哉の顔が少しずつ赤みがさしていった。
その姿を見てアリスは内心ほっとした顔を浮かべるが、対して亜利砂は僅かに眉を動かし、顔を曇らせた。
「このままじゃぁマズいわね……」
「どういう事?……」
「わたしの持つ神器《緋色の腕輪》と《朝霧の巫女》の力を掛け合わせて今《言霊縛り》の猛毒を浄化しているのだけれど……それだけじゃぁ足らないのよ」
怪訝そうに言うアリスに亜利砂は顔をしかめながら、何処か悔やむように言葉を続けた。
「元々《朝霧の巫女》の力と神器《緋色の腕輪》は四神の力を司る力なのよ。本来《朝霧の巫女》は四神の力を操る者として四神の力と共に浄化魔術も兼ね揃えている。それは主様が使う"言霊縛り"でさえも例外ではなく浄化は出来る。だけど浄化は出来ても拓哉君の身体に入る魔力量は変わらないの……」
「それってつまり……」
「そうよ……。浄化は出来ても拓哉君の身体に入る魔力自体は無い。わたしの魔力自体を注ぎ込もうとしても彼の身体の中へ魔力そのものを入れられないの。つまりわたしが掛けている魔術は浄化しか出来ないって事よ」
「……………ッ」
亜利砂の言葉にアリスは顔を歪めた。
《朝霧の巫女》の力は彼女が言う通り本来四神などの力を司り、それを操りし力。
だが同時に魔術での呪い、毒に対する浄化の力を持っていた。
それは浄化、治癒魔術を操ると言われているあの有名な《九州》の《代表者》の浄化魔術に匹敵はしていなくともより強力なものだ。
だが《言霊縛り》の魔術はより高度な魔術で、その毒性もより強力なものに近い。
元々《言霊縛り》には即死魔術が付属していた。それを拓哉は《言霊縛り》を不完全なものへと変えることによってそれを逃れたのだ。
しかし不完全とは言えその毒性は猛毒なものに変わりはしない。
もしこれが仮に不完全なものではなく、完成した魔術だとしたらたとえ《朝霧の巫女》ではどうにもならなかったはずだ。
それこそ《九州》の《代表者》の巫女では無い限り。
それに亜利砂の言葉どおり彼女の浄化魔術は拓哉の身体へと降り注がれているが、あくまでも《言霊縛り》の猛毒を浄化するものであって彼自体に魔力を降り注ぐ為では無い。
アリスの回復魔術《癒しの恵》自体も相手に魔力を共有するものではなく、傷そのものを治癒する魔術だ。
彼の顔に赤みがさしてはいるがそれはおそらく一時的なものであり浄化魔術の影響だろう。
このままでは例え猛毒を取り除く事に成功したとしても危険な状況には何も変わりはしない。
毒そのものを取り除きさえすれば回復魔術で魔力そのものを回復させる事が出来ると思っていた。
完全に当てが外れたのだ。
…………このままでは彼は…………
気持ちが絶望に覆い尽くされそうになってしまう。だが彼女はそんな中ある事にハッと気づき、顔を上げ亜利砂へと訊ねるように言った。
「ねぇ、外部からの魔力が彼の中に入らないのよね……?」
「そうよ。外部からの魔力はこっちからいくら与えても入らないわ。《言霊縛り》の毒性が邪魔して打ち消してしまう。だからと言って浄化した後に魔力だけを注いでも意味がない。それこそ彼の魔力が全て失われて死んでしまう……。だからこっちが浄化すると同時に彼の身体の中に彼と同じ性質の魔力を直接注ぎ混むしかないの……ってまさかあなた……」
亜利砂がすぐに気づき、台詞を言い終える前にアリスは行動を先に起こしていた。
アリスは自分のツインテールの髪をそっと手で抑え、そして瞳を閉じると共に眠っている拓哉の唇へと自分の唇を落とした。
拓哉とアリスは《契約》を交わしている事によって同じ魔力を共有している。
ならばその魔力共有している魔力自体を相手に与える事は充分に可能となるはずだ。
それは口付けを交わす事によって、相手の身体の中に直接魔力を注ぎ込めばその魔力は相手の魔力へと変わっていく。
拓哉へと唇を落としたアリスは暫くしてから拓哉の身体から離れた。
それと同時に亜里沙の浄化も終わり、彼女も彼の身体から手を放したその直後に拓哉の顔色が今度こそ徐々に赤みをさしていった。
それを見て亜里砂は短い息を吐き、ほっと安堵した表情を浮かべた。
「ひとまずはこれで安心ね……」
その言葉にアリスもまた胸を撫で下ろした。
彼の中に直接自分の魔力を半分注いだ為、多少身体がふらつくが今はそんな事は些細な事で気にもならなかった。
それ以前に彼が助かった事に対して心の底から彼女は安心した。
それはあの時二度と味わいたくないと願った後悔ではなく、彼を失わなかった事実と約束した未来の先への希望と、そんな感情が彼女の中で全て入り交じりになっていた。
そんな何とも言い表せない感情を感じながらも彼女は泣きそうで、それでいて安心した柔らかい表情をふと浮かべながら、
「……本当に良かった……」
そう小さくポツリと呟いた。その呟きは誰にも聞こえなかった。
***
広い和室の一室に一人の男がいた。
白髪の髪に厳格そうな藍色の着物を身に纏った中年の男だった。
室内は薄暗く小さな和室証明スタンドの淡い 灯りだけが付いており、その近くのテーブルの上に広げられた和紙に男は筆で書き物をしていた。
静けさと静寂のみが支配する中で戸の向こう側から男へと呼び掛ける声がし、
「彩和月様今宜しいでしょうか?」
男は筆を止め、自分に呼ぶ声の主へと短く素っ気ない声で応じた。
「入れ」
男の声に従い、静かに戸が開けられた。
そこには黒いスーツ姿で黒髪の真面目そうな青年がいた。
青年は静かな動作で室内に足を踏み入れ、男の正面から一メートル程離れた場所に正座をし、姿勢を正すと共に口を開いた。
「本日《関西》の《代表候補者》が倒されました」
その報告に男はさも興味なさげな視線を青年へと向けるが、青年はそんな事は気にせずさらに言葉を続けた。
「《関西》の《代表候補者》進藤青葉を倒したのは一般人の市民……。彩和月様のご子息の彩和月拓哉様になります。またそれと同様に元智也様の《関東》の《代表候補者》付きの魔術師神宮時アリスが拓哉様と《契約》を交わし、拓哉様は本日より《関東》の《代表候補者》と正式になりました」
そう告げる青年の声に男は《関東》の《代表者》彩和月和也はつまらなさそうに言った。
それこそどうでもいいような口振りで。
「そうか。だがしかし奴は自身が持つ《生命の源》の力と《契約》で得た力を制御出来ずに暴走させ、付け焼き刃の知識と神宮時アリスの協力と暴走する力を無理やり死に物狂いで行使した結果倒したに過ぎんだろう」
「和也様、何故それを……」
「ふん。そんなもの簡単に容易に想像できる」
「しかし、今回神宮時アリスだけではなくあの《朝霧の巫女》結城亜利沙も関わっているとか………」
「そんなものどうでも良い。これで奴は自分の運命から逃れられなくなった。人がせっかく今まで逃げ道を作ってやっていたと言うのにだ」
「その割にはあまりにもあっさりとされているのですね。《生命の源》の所有者であるご子息の身を案じてご用意された場所と言っても貴方様はいずれこうなる事は分かっていたと言うのではないのでしょうか?だから智也様が亡くなった後の《代表候補者》を用意しなかったのではないのですか?」
青年は何処か試すような口調で自分の《代表者》へと問う。
本来ならばそのような言葉ですらはばかられてしまう立場の人間なのだが、和也は青年の言葉に気にもとめなかった。
そして和也は筆置きに筆を静かに置くと口を開いた。
「そうだ……。お前の言うとおりだ。《関西》の小僧が動き出していた事は前々から薄々は感づいていた。それと同時に奴が狙われる事も含めてだがな」
そう言いながら和也は腰を上げ、窓の方へと足を向けた。
「智也は奴が持つ《生命の源》の存在を護ろうとした。それは誰にも知られぬように。知られれば確実に各国全域に渡って奴が狙われる事となる。奴はあくまでも一般人であり、その為《国》による安全が保証されているが、《国》を出たら安全は保証されず、最悪《生命の源》を巡った戦いが《国》同士での戦争が起きる。智也はそれを阻止する為にあの落ちこぼれを護った。だが私はそれを敢えて切り札とした。《生命の源》は魔力増幅器であり、それはあの賢者の石と匹敵すらする。《代表候補者》としての《契約》を果たし、それによって《生命の源》の本来の力を引き出せば魔力量は他の《代表候補者》と同じくらい……いや、それ以上に力を得る事が可能となる」
「………………」
「だが奴の場合今まで魔力自体がごく僅かしか扱えなかった為、あまりに多すぎる魔力を制御しきれなかった。しかしこれで各国の《代表者》達にすぐにでも伝わる事となるだろう……。《生命の源》の所有者が《代表候補者》としてこの国に立つと、な」
和也は窓際に立ち視線を向けるとそこには立派な庭園が広がり、空には綺麗な月が浮かんでいた。
窓の外へと目をやる和也の背へと青年は問い掛けた。
「貴方はご自分のご子息達すらも駒としか見てないのですか」
その問い掛けに、言葉に対して和也は青年へと振り返り唇の端に太い笑を浮かべ、そして嗤った。
「そうだ。奴達は私の駒にしか過ぎん。いくら《生命の源》と言えど使えなくなればそこまでだ。それに私の最終目標はこの《日本》を手中に収める事だ。その為なら何の犠牲も問わない。例えそれが血を分けた実の息子だとしてもな」




