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終焉からの始まり

 コイツだけは……コイツだけは絶対に許せねぇ!!


 殺気を膨らませながら、拓哉は目の前へと迫る進藤青葉へと握る拳をさらに固くし、進藤の顔面目掛けて殴り飛ばそうとした。

 が、その寸前。進藤は体をスッと横へとずらし拓哉の攻撃を避け、


「この程度の攻撃がこの私に本気で当たるとそう思っていたのか?」


 そう囁くように低い声音で告げると供に、進藤は拓哉の腹部へと勢いよく拳を叩き込んだ。

 拓哉は胃の中からせり上がる感覚がし、同時に強い息苦しさと痛みを感じながら、

「かはっ……」

 と、息を吐くと共に体をくの字に曲げ、顔を歪めた。


 あまりの速さに攻撃を交わせなかった。

 だが、そんな拓哉へと進藤は容赦なく拓哉の体に次々と拳を叩き込んでいく。


 一撃、一撃が重い攻撃。


 先程の亜利砂との戦闘で激しく消耗をしているとは言え、こんなところで彼は倒れる訳にはいかなかった。

 目の前には自分の兄を殺した張本人がいる。

 “憧れ”を奪い、彼女アリスを悲しませた最低、最悪な野郎がいる。

 何としても殴り飛ばさないと気がすまない!!


「やろッ!! あまり調子に乗るんじゃねぇ!!」


 そう言いながら拓哉は再度迫り来る攻撃に対して、体を真後ろへと一歩退くと供に身を低くし、攻撃を交わした。そして一気に間を詰めるかのように進藤の懐へと潜り込み、そして殴り掛かる。

 だが、それすらも彼は小さく鼻で笑い、表情を変えることはなく静かに唇を動かそうとした。


 瞬間。


 後ろからアリスに拓哉は襟首を強く引っ張られると同時に、アリスの凛とした声が放たれた。


「second1紅い小瓶スペード!!」


 その声に応えるかのように進藤の頭上からいくつもの氷のつぶてが、ズドドド!! と、激しい音を立てながら落下してきた。


 きっとこんなものでは敵を倒せはしない……。


 そう感じ、冷気の煙が漂う中をアリスは鋭い瞳で見据え、手にしたカードを直ぐ様に切りながら《蒼き宝石の華》の詠唱を開始すると共に、さらに自分の魔力を込めた。

 彼女の周りにいくつもの小さな光の分子が宙を漂い、それは彼女のカードへと収縮していく。

 そして彼女は瞳を閉じ、そして開くと共にカードを切ろうとした。



 拓哉は目の前へと迫る進藤へと、折れた剣をぶん! と、勢いよく進藤の顔目掛けて投擲した。

 自分の方へと放たれた折れた剣を、進藤は平然とした様子でスッと身体を横にずらし、それをあっさりと交わした。


「こんな安っぽい手に私が引っ掛かると、本気で思ったのか? ……もし、そうならばお前は救いようが無い馬鹿だな」


 心底呆れた言葉を吐く進藤。だが拓哉は、進藤へと一気に距離を詰め、素早い速度で斬撃を繰り出した。

 基本拓哉は魔術師ではなく、一般人に近い人間だ。

 いくら《生命の源》の所有者であろうと、魔力量が足らなければ身体能力は普通の人間と変わらない。

 それは剣を振るう速度も同じ事だと言える。

 だが、目の前の少年は魔力を編んだ訳でもなく、魔術を展開したものでもない。

 それをやすやすと繰り出しているのだ。それだけでも普通とは到底言えるレベルのものではない。


 ……なるほど……腐っても彩和月家の人間……と言う事か………。


 進藤はその疑問の答えを瞬時に悟った。

 そして拓哉はそんな進藤を見、意地の悪い笑みを浮かべた。


「馬鹿で結構だよ!! お前を倒せるんならな!?」


 繰り出す斬撃が熱を帯び、加速する。

 それを進藤は顔色一つ変えずに龍騎斬の刃で受け、払い、防ぎ続けていく。

 キン! キィィンと、刃と刃が速度を増しながら、ぶつかり続ける音がその場に響き渡る。進藤は拓哉の攻撃を受け、または流し、防ぐだけで、まだ一向に攻めてきていない。

 アリスの魔術が完成するまで、何としてもこの場を繋ぐ必要がある。

 それに幸いにも剣だけならば、多少の自信はある。向こうから攻めて来ないのならば、これは好都合だ。

 言霊を紡がれる前に一気に叩いてしまう!

 そう決断し、だが瞬時に拓哉の中である疑問が浮かび、頭の中を駆け巡った。

 それを確認するかのように、拓哉は再び進藤へと剣を振るい続けながら真顔で、だが何処か挑発じみた表情を浮かべながら口を動かした。


「ところで……何で言霊を使わないんだよ? 今まさに俺を殺せる絶好の機会でチャンスだろ? この瞬間、言霊を発動させれば俺は簡単に死ぬんだしな」


「……悪いがそんな分かりやすい挑発なんかに乗ってやる気はサラサラ無い……」


 僅かに拓哉に圧されながらも、進藤はつまらなさそうに言葉を吐く。

 その言葉を聞き、拓哉は内心確信に近いものを感じた。

 進藤の発動する“言霊”は物理攻撃は無効。

 その為、龍騎斬に魔力を注ぎエンチャトのみ発動している筈だ。


 要は簡単な話。

 敵に龍騎斬で攻撃したのち、そこに続けて“言霊”を発動しながら敵へと攻撃し、敵からの攻撃を防ぐ。といった戦い方をしている可能性が高い。


 だったら勝機はまだある!!


 そう感じ、拓哉は剣を振るうスピードをさらに上げ、


「うぉぉぉぉぉぉ」


 と、雄叫びを上げながら、進藤の身体を剣で凪ぎ払うかのように斬り裂く。

 それは光の一閃のような速さと言っても、過言ではないものであり、避ける事は勿論の事、それを防ぐ事なんて不可能に近いものだった。

 が、これまで表情を一切動かさなかった敵が表情を崩し、そして唇を動かし、言葉を紡いだ。


「―――目の前の彼の者を………」


「させるかぁぁぁぁぁ」


 進藤の声を遮るかのような絶叫に似た雄叫びを上げ、拓哉は剣の速度をさらに上げた。


 それは閃光のような速さ。


 確かな手応えを拓哉は感じ、拓哉は瞬時に剣の刃を斜めへと傾け、即座に次の攻撃へと移ろうとした。


 次の瞬間。


 ギィィン! と、鈍く、攻撃を弾くような音が耳へと届くと同時に、腹の底からの響くような低く、低い、声音が拓哉へと届いた。


「つくづく私も舐められたものだな……。よもや、この程度で私に勝てるとは本気で思っていないだろうな……?」


 それは心の奥底からの、不愉快感を全身に現したかのような声だった。

 進藤は拓哉の攻撃を受ける寸前、自身の龍騎斬を斜めにし、刃で攻撃を防いだのだ。

 そして。


「―――我が行く手を阻む者の血と骨を絶て―――」


 突如。


 左腕の骨が軋み、握り潰されそうな強い激痛が走り、バキンと嫌な音がした。

 左腕がだらりとし、動かなくなる。

 一滴も血は流れてはおらず、だが無理に腕を動かせば、激しい激痛が走る為動かせない。

 拓哉は苦々しい表情をした。

 だがそこに続き、進藤は槍を拓哉の胸目掛けて突き刺そうとする。


「くっ……」


 額に脂汗を浮かべながらも、痛む腕を無視し拓哉は咄嗟に剣を右手に持ち変え、剣を水平へと向け、それを防いだ。

 ギリギリと鍔迫り合いし、拓哉は小さく眉をひそめ驚愕しながらも掠れた声で言葉を発した。


「お前……まさか《二重魔術》(デュアル)なのか……?」


 彼のその言葉に対して進藤は唇の端を吊り上げた。


「いかにもそうだ。……私の弱点を見破ったと勘違いをしていたようだが、あてが外れたな彩和月拓哉……」


「………」


 図星を指され、内心焦りに似たものが拓哉の中で広がる。

 基本魔術と言うものは、術者は一つの魔術しか発動出来ないようになっている。

 武器に自身の魔力を上乗せ……エンチャトし、別の魔力を発動する事は可能だが、どんなに優れている魔術師であろうとも二重魔術の発動は極めて難しいものであり、通常は不可能とさえ言われている。

 先程進藤は自身の魔力を《神器》に上乗せをしていると告げた。

 これは通常の武器に魔力を上乗せする効果とは大きく違い、魔力そのものを武器に注いでいる為、実質魔術を常に発動し続けていると状態になる。

 だから拓哉は彼が《神器》を振るった後、魔力を一旦弱め、即座に言霊を続けて発動すると踏んでいたのだ。


 だが《二重魔術》となると話が別だ。


 それが全て覆る。


 《二重魔術》が相手ならば少くとも数人の魔術師達が連携を取り、技、魔術を途切れさせる事なく相手を叩く必要がある。

 それは魔術の速さが、もっとも重要になってくる戦い方であり、もし一秒でも遅れを取ってしまう事などあれば間違えなく、こちらの方が先にやられてしまうのだ。

 それに、《二重魔術》は通常は不可能とさえ言われてはいるが、だが異例の存在として

 《二重魔術》は存在する。

 それは魔力の高さ、資質、天才的な魔力の好転の速さと処理法。

 それらを兼ね揃える者こそが、《二重魔術》を持つ事が可能だと言われていると、同時にこの日本国の各国では数人の《二重魔術》が存在している。

 まさか目の前の男が《二重魔術》だとは極めて大きな誤算だ。そう拓哉は感じた。


「でもさ、《二重魔術デュアル》の弱点つーものも存在するんだぜ。《代表候補者》サンよぉ」


 拓哉は苦笑混じりに再び軽口を叩く。だがそれを進藤は小さく失笑した。


「……だが、それは魔術自体を途切れさせる事なく攻撃し、続ける必要がある。……それを今のお前は出来るのか?馬鹿の一つ覚えの《鉄壁の盾》のみしか使えない。お前が」


「まぁ……普通に考えて無理だよな……」


 進藤の言葉に拓哉はあっさりと認める。


「だけど、それって魔術を使う隙を与えさせなきゃ勝ち目があるって事と一緒だよな?」


 そして、拓哉は一瞬だけ龍騎斬から剣を離すと供に一歩後ろへと身を退き、身体を低め、進藤の懐目掛けて剣を閃かせた。

 たが、同時に敵の口が動く。


「――彼の者を断絶せよ―――」


 直後。

 進藤の目の前に見えないシールドのような結界が出現し、拓哉はそれにバシュッ! と、言う音と供に身体ごと弾き飛ばされ、同時に漆黒のような一閃を身体に浴びた。

 ブレザーとシャツが横一直線に鋭く裂け、血渋きが空中に舞う。

「ぐっ……」

 呻き声と供に苦痛を感じながらも、思わず顔をしかめる。

 だが、そんな中拓哉は無理矢理ニッとした笑みを作り、一言告げた。


「アリス……やれ!」


 それはきっと苦痛で顔を歪めていなければ、この場でカッコ良く決められていたドヤ顔であり、そして彼が今この瞬間でもっとも信頼を寄せている少女アリスへと告げたものでもあった。


 そして彼の言葉に応じるかのように、透き通るような鈴音の声がその場を一瞬にして支配する。


「―――我が領域を侵す愚かな罪人よ―――」


 彼女の言葉に反応するかのように、進藤の足元の近くに、前後に4つの魔方陣が出現した。

 それはカッ! と、目映い光を頭上へと突き上げていく。

 4つの描かれた魔方陣から、放たれる白き目映い光は、まるで4本の光の柱のようだった。

 それを見、進藤は小さく眉をピクリと動かした。


 (《時の罪人の停止》……か。なるほどな……)


 そして進藤は魔力を全身に集中させながら、瞳を閉じ、片手を前へと突き刺しながら口を動かした。


「―――我が行く手を阻む物を排除、断絶せよ―――」


 進藤が瞳を開くと同時に、魔方陣に亀裂が入り、光の柱が僅かに揺らいだ。


 だが、その瞬間。


 拓哉は床に落下すると同時に、脚に力を入れ床に着地すると同時に、一つの亀裂が入った魔方陣目掛けて、ガッ!! と、剣を突き刺した。

 その直後、光を放ちながら魔方陣に、亀裂が奔る。


「お前正気か? 自分が作ったチャンスを自分から潰しに来るとはな」


 《時の罪人の停止》は4つの魔方陣が一つでも消滅すれば、魔術は発動する事は不可能になる。

 そもそも、この《時の罪人の停止》と言う魔術は、相手の魔術を一定の時間の間無効化すると言う機能を持つ。

 それに加えて術式で形成された、檻の中に捕らえられてしまうと、根こそぎ魔力を吸い取られていってしまうのだ。


 普通の人間と同じ力へと変えられてしまい、《時の罪人の停止》の魔力効果が切れてしまうのは24時間後と言う事になる。

 それまで力を一切使えないのだ。

 それに、この魔術自体は上核中の上位魔術に匹敵する為、この魔術を扱える魔術師はごく僅かとなる。


 進藤すらも《神器》と《二重魔術》がなかったら避ける事に至難の技と言えただろう……。

 それを目の前の少年は迷いも、躊躇すらもなく魔方陣に剣を突き刺したのだ。

 それは目も疑うような驚愕を感じる光景だ。

 とても正気の沙汰とは思えない。

 そんな進藤を見やり、拓哉はその場にしゃがむと同時に、何処か勝ち誇ったかのような、ニヤリとした心底意地の悪い笑みを作った。


「ああ。正気の正気。大真面目だよ。それにここからがもっともな見せ場なんでね」


 そう言い、拓哉は剣で突き刺した魔方陣へと片手を触れ、そして強く叫んだ。


「――我の誓いを元に我を護れ!? 《鉄壁の楯》」


 その声に応えるかのように、亀裂が入った魔方陣が突如、淡い光を放つと同時に亀裂が徐々に修復される。

 そしてバリィィンと、硝子が割れ、砕け散るような音が辺り一面に響き渡ると、同時に進藤の魔術が反射され、無効化された。


「なっ……!!」


 驚愕のあまりに喘ぐ進藤に、拓哉は不敵に笑い、告げる。


「残念だったな。俺の《鉄壁の盾》は普通の魔術とは違う。俺自身魔力の力が少ない。だけど、その分少ない魔力を複雑に形成する事だって出来るんだよ。こんな風に、な!?」


 その瞬間。

 魔術が起動した。そして再び光の柱がパァァァと、目映い光を輝かせる。

 同時に、柱と柱の間から数本の細い光が床から上へと伸びていき、それが光の柱へと合わさり頭上の方で丸みを帯び、檻の形へと形成されていく。

 白い光の檻が次第に朱の色へと変化し出した。

 あと少しで術が完成する。

 そう思ったその瞬間、進藤は身体を軸にし、その身を回しながら、龍騎斬を数本の柱へと勢いよく振るった。


「――龍騎斬、その“力”を我に示し、我が道を阻む物を断絶せよ―――」


 彼は言葉を紡ぐと同時に 、ドガガガ!! と激しい音を周囲に轟かせると供に、朱のように紅い檻が音を立てて崩れ去り、その場で消滅した。

 その瞬間、進藤を中心として突如激しい突風が周囲を襲った。

 拓哉とアリスの二人は一メートル先の背後へと吹き飛ばされ、そのまま床に叩きつけられた。

 地面に転がりながら、拓哉は必死で身体を起こそうとするが、魔力を消耗し過ぎて力が入らない。それでも彼は目の前の敵へと、鋭い瞳で視線を向けた。

 目の前の敵は平然とした態度でその場を立っていた。


 ……これでも駄目なのかよ……


 彼の中で、酷い絶望間と自分の無力感への苛立ちが募っていく。

 《時の罪人の停止》は彼の中で惟一の切り札に近かった。

 あの時、上核魔術師のアリスならば……と思い、それに掛けたのだ。それも一度防がれてしまう事すらも、視野に入れて。

 これならば《代表候補者》に多少なりとも届くのだと思った。

 だが、それすらも届かなかった。

 圧倒的の戦力と、力の強さが進藤青葉には備わっていた。

 それは今の拓哉の力では、到底敵わないと嫌でも実感させられてしまう程の力の差。

 《代表候補者》付きの魔術師の亜利砂でも、化け物かと思う程の強さを感じたのだが、目の前に立つ男はそれ以上だ。

 きっとこれが《代表候補者》と言う者の力なのだろう……。

 普通の人間では話にならない程の次元の違いの強さだ。


 だけど、それでも、このままではいかない。

 この男だけは絶対に赦す事は出来ない。

 自分の兄を殺し、力を得る為に亜利砂の家族を皆殺しにした。

 亜利砂の“力”を利用し続け、そして兄の《代表候補者》付きの魔術師のアリスを泣かせた。

 彼女の“力”は感情を代価にしていると言っていた。

 つまり、それは兄……智也を失った悲しみを自分の中の感情に無理矢理押し込めているのだ。

 それはつまり泣いているのと変わらない。

 何も先に進めていないのと一緒だ。

 智也とアリスの間にどんな絆、信頼などが築かれていたのかは分からない。

 だけど、彼女は間違えなく智也を大切に想っていた事だけは確かなのだ。


 それに彼女の心からの笑顔を自分は見てみたいと、いつの間にか強く願っている自分に気づいてしまった。


 その瞬間。


 バシュッ!! と、冷気の煙の中から紫電を纏った漆黒の球体が空中で加速を伴い、勢いよくアリス達へと放たれた。

「―――!?」

 アリスは驚愕のあまりに瞳を大きく見開き、急いで《蒼き宝石の華》を詠唱をしながら、術の完成を急ぐ。

 だが、それはわずか一瞬一秒の差で間に合わず、二人はその攻撃を受け、その場から吹き飛ばされた。

 ドサッと、床に身体を叩きつけられ、身体中に強い痺れと供に激しい痛みが走るのを感じながらも、床に倒れた拓哉は視線を動かした。

 そして彼は視線を止めた。

 そこにはボロボロの姿をしたアリスが身体から血を流し、倒れていた。


「アリス……おい! アリス!!」


 拓哉は痛む身体を無理やり起こしながらアリスの元へと駆け寄り、必死に呼び掛けた。

 あの時、彼女は咄嗟に自分を庇う為にあの球体の攻撃を直に受けてしまったのだ。

 自分でも血の気が引いていくのが分かってしまう。

 それは嫌と言う程に。

 拓哉はアリスを抱き寄せながら彼女の名を何度も、何度も叫ぶように呼び続ける。

「アリス!! アリスしっかりしろ!?」

「ん……」

 その必死の呼び掛けにアリスは小さな呻き声を発しながら、眉をピクリと動かし碧瞳をゆっくりと開いた。

「大丈夫か? アリス……」

 目の前の拓哉の顔を見、酷い痛みに蝕まれる中、彼女は一つの疑問が一瞬脳裏に浮かんだ。それは。


 あの時の自分の顔が今、目の前にいるこの少年に酷く似ており、同時に重なって見えたのだ。


 あの頃みたいな後悔は二度と味わいたくないと思い“力”を手に入れた。


 彼が護りたかった一人の少年を護りたいと思い、自らも護り通そうとした。


 ただそれだけだった。

 それが……それだけが自分に残されたものなのだから、それを護り通したかっただけに過ぎなかった。

 それに彼と自分は他人だ。

 この戦いが終われば彼はいつもと変わらない日常へと戻っていく。

 なのに……何故彼はこんなにも自分の事を心配してくれているのだろうか……?


「だ……大丈夫よ……」

 掠れた声で彼へと告げるアリスに、拓哉はふっとした柔らかな安堵した表情を浮かべた。

「良かった……」

 そう彼が溢した言葉を耳にしながら彼の顔を見た。その柔らかな表情は“彩和月智也”と似ていた。

「お前は少し休んでいろ。後は俺がやる」

「何言っているのよ……こんなのたいした事は無いわ……」

「馬鹿を言うな。お前どう見たってボロボロじゃねぇかよ」

「馬鹿を言っているのはあなたの方よ!! ……やっと、やっと智也を殺した敵が現れたのよ!! 呑気に寝てなんっていられないわよ」

「落ち着けよ!! そんなボロボロの状態で何が出来るんだよ! まずは自分に回復術を掛けろ。その間まで俺が持ちこたえてやる!!」

 そう言い放つ拓哉に対してアリスは眉を寄せ、身体を起こしながら、小さく呻くように言った。

「そんなの無理よ。殺されてしまうわ……私はあなたを護る為ならば自分の命なんって惜しくはない……。あなたを護れればそれだけで良いのよ。それが今の私に出来る唯一の方法なのだから……」


 今の彼女を突き動かすもの。


 それは“罪悪感”だ。


 《代表候補者》だった彩和月智也を護れなかった事、彩和月拓哉から大切な家族を奪った事への“罪悪感”からだった。

 目の前でボロボロになりながらも、立ち上がろうとする彼女の姿を見、拓哉は顔をしかめた。

 それは痛いほど彼女の気持ちが分かっていたからだ。

 拓哉は立ち上がろうとするアリスの身体を自分の方へと引寄せると、彼女へと強く怒鳴り散らした。


「ふざけんなよお前!! 自分の命なんってどうでも良い? ふざけんなっ!! そこまでして護って欲しくはねぇんだよ!! 良いか、俺はもう誰も、誰一人すらも失いたくねぇんだよ! 無論お前もだよ、アリス!? お前は絶対に死なせない。死なせねぇからな!?」


 自分の事を想い、怒鳴る彼に対してアリスの中でほんのわずかに眠っている感情が揺れ、動いた。

 それは泣きそうなくらいに切なく、だけど同時に、自分の事を受け入れてくれた戸惑いに似た嬉しさに……あの時の感情に酷く似ていた。


「ねぇ……あなたは……」


 スッと拓哉の頬へと手を伸ばし、アリスは悲しそうで、今にも泣きそうな表情をしながら、


「どうしてを私を助けようとしてくれるの?」


 そう問い掛けた。

 彼女の今まで見た事が無い表情を見、拓哉はそれが本来の彼女の表情なのだと感じた。

 それは彼女が彼に対して、一度も見せた事が無かった“弱さ”だった。

 その彼女から問われた答えに、彼女の望む答えに、拓哉は口を開きかけた。


 その時。


 唐突に、その場を凍りつかせるような静かな声が二人の耳へと届いた。


「たいした事無いな……あの神宮時アリスがよもやこの程度に落ちていようとは、な。正直期待外れだった……」


 コツと靴の踵を鳴らしながら、進藤は悠然とその場に立っていた。

 周囲には砕けた散った氷の破片が、幾つもの散らばっており、進藤自身には傷一つついていなかった。

 進藤は拓哉の視線に気づくと共に拓哉を睥睨し、小さな氷の破片をバキンと靴で踏み鳴らした。

 そして彼は歩みを進めた。


「安心しろ。お前達の実力を見て気が変わった。お前達は後回しだ。出来損ないの始末をした後ゆっくりと相手をしてやる」


 低い声音でそう告げ、そしてその場に倒れ伏している結城亜利砂の前で足を止めた。

 自分を見下ろす視線を見上げるように、亜利砂は恐怖と懇願の色を瞳に宿しながら、上ずった声を漏らした。


「あ……主様……」


「《契約》をしていない魔術師相手に遅れを取り、カス同然の人間にここまでしてやられるとはな……。つくづくお前には幻滅させられた。お前の力を感慨し過ぎていたようだ……。よもやここまでの失態を晒されるとは予想外だった」


「主様……もう一度……もう一度私にチャンスを貰えないでしょうか。今度こそ必ず……」


 すがりつくような目で、必死に叫ぶように言う亜利砂の台詞を進藤は遮り、冷徹な表情で低く、怒気を孕んだ声音で静かに告げた。


「お前に次があると思ったのか?」


 それはゾッと背筋に悪寒が走るような恐怖に酷く似たものだった。


「弱者は切り捨てる……。亜利砂……お前は《代表候補者》付きの魔術師から外す」


 その言葉を聞き、瞳を大きく見開きながら慌てて亜利砂は叫ぶように強く言い放った。


「まっ……待って下さい! 私はまだやれます! まだ主様の為に動けます! あなたの願いを叶える手助けが出来ます、私は弱くは無い!! 今度こそ、この失態を取り戻し、あなたの信頼を取り戻して見せます。だから……だからお願いです、私をあなたのお側に置いて下さい!?」


 必死に言う亜利砂の言葉に、進藤は不愉快そうに小さく眉をひそめると、亜利砂の身体を勢いよく蹴った。

 身体を蹴られた亜利砂は再び床に転げ倒れ、全身に激しい痛みを感じながらも、進藤の方へと目を向けた。

 それは酷く冷たく、歪み切った表情をしており、今まで彼女自身が見た事が無い進藤青葉の顔だった……。いつも自分に向けていた顔はそこには無く。変わりに侮蔑を込めた表情だけがあった。


「何度も言わせるな……。お前はもう用済みだ。……お前が《朝霧》の末裔の巫女だからわざわざ手を掛け、“知識”と“力”を与えてやったってのに、とんだ誤算だった……」


「………《朝霧》の末裔の巫女って私がですか……? それは何なのですか……?」


 初めて聞く単語に戸惑い、困惑しながらも亜利砂はその疑問を口にした。

 それに対して進藤は小さく鼻を鳴らした。


「なんだ? そんな事すらも、お前は今まで気づかず……知らなかったと言うのか? お前はれきしとした《朝霧の巫女》だ。《朝霧》の末裔の中で、唯一陰陽道の巨大な“力”を持ち、束ねる者。それがお前だ。その《朝霧の巫女》であるお前に魔術を備えれば、もしや……と思ってはいたがな……」


進藤は亜利砂へと一歩近づき、彼女を見下ろしながら、口の端を歪め、そして唇を静かに動かした。

「そうだ……。お前に一つ教えてやろう……」


 進藤は一度言葉を切り、そして告げた。


「お前の家族を殺したのはこの私だ」


 彼のその言葉に、亜利砂は目を大きく見開き、一瞬時が止まったかのように感じた。


 ……どうして?……


 と、言う疑問が浮かび上がると同時に、強い動揺と否定が自分の中で埋め尽くされる。

 あの時……燃え盛る寺の本尊の血の海の中で、涙を流しながら恐怖に脅え、殺されかけていた彼女の元へと駆けつけた一人の男は彼女を救った。

 崩れ行く本尊の中で、自分を救い出してくれたその男は、彼女にとって救世主とさえ思わせるようなものだった。

 そんな彼が、あの時自分へと声をかけてくれた。

 だから彼女はその声に……彼の言葉に応じた。

 彼の目指すその先の“願い”の役に立てるのであればと………。


 なのに…………。

 何故そんな彼が……こんな事を口にするのか自分には理解が出来なかった。


「うそ……嘘ですよね?だって主様は私を救ってくれた。世界を変えてくれるって約束をしてくれた。だから……だから私は……」

「そうだ。約束した。だがそれはこの私自身が理想とする世界に、だ」

「だって、その理想はあなたが掲げる願いは報われなかった人々に手を差し伸べ、救い出し、争いを殺すのが願いだった筈です! それが何故何ですか!?」

 強く、強く否定に似た言葉を亜利砂は進藤にぶつける。

 だが、進藤は表情を変える事を無く、平然とした様子で亜利砂を見詰めながら、何処か呆れたような、そんな顔をしながら告げた。


「それはお前を手に入れる為の嘘に過ぎないものだ………」


「…………うそ………」


「《朝霧の巫女》とは、《朝霧》の末裔の中でも陰陽道の力を統べる者。その全ての陰陽道を操る者。お前はその力を完全に引き出していない……。そんなお前だから欲した。お前の一族の中で、数百年に一度として生まれない《朝霧の巫女》。その力をお前の家族は隠し続けた………。それが表沙汰にでもなれば、お前は間違えなく国に、《代表者》達に力を利用され続けられるからな……」


「…………」


「だからお前の家族を殺した……。お前を襲ったあの男は私の魔術の一つに過ぎん……。襲われているお前を救い出したのは、お前の信用を得る為でもあった……。それに、まだ不完全なお前の力を完全に引き出す事が出来れば、私の本来の目的が成し遂げられるからだ……。だが…………」


 進藤は手を横に伸ばすと、同時に掌から一メートル以上の黒の長槍が出現した。それを彼は強く握ると、鋭く研ぎ澄まされたギラリと光る漆黒の刃を、亜利砂の体へと向けた。


「お前は力を完全に引き出すどころか、不完全な出来損無いだった……。そんな出来損無いは私には不要だ……。お前は私の駒にすらもなれん……。だからお前はここで殺す……」


 感情の無い氷のような冷酷で、射抜くような視線の進藤を見て、亜利砂の瞳から涙が溢れた。


 信じていたものが全て覆る。


 この瞬間を彼女は酷く呪った。

 だが、いくら否定しても……いくら呪っても、それが覆る事も、変わることすらもなく。

 それが真実だと彼の表情は物語っていた。


 ―――もし、そうならば私は今まで何の為に力を奮い続けてきたって言うの―――


 そんな後悔と哀しみと、どうしょうもないやるせなさを感じながら、


「ここで散れ……」


 進藤の言葉と共に向けられた刃が、自分へと迫り、そして同時に漆黒の刃がさらに輝きを増した。


 きっとここで自分は殺されてしまう。

 それも何の躊躇ちゅうちょも、躊躇ためらいも、戸惑いすらも無く、況してや同情の余地すらも感じられずに、ただただ殺されてしまう。

 分かっていた事だ。

 彼が“不要”と判断した場合どうなるかと言うぐらい、彼の隣に今までいた自分には分かっていた事だった。


 だが、それでも……それでもと……。


 何故自分はこんなになってもまだ彼を信じたいと願うのだろうと……。


 そんな自分に対して彼女は酷く滑稽で、愚かだと感じた。


 そんな感情を抱く亜利砂へと、進藤は淡々とした言葉を紡いだ。


「―――その器、魂を解き放ち、紅き華を咲かせよ《漆黒の鎮魂歌レクイエム


 進藤の言葉に応えるように刃からバチバチと、けたたましい音を発しながら、蒼白い紫電が纏う。

 もし、これで身体を一突き刺されれば一溜まりもなく、紫電の電流に身体を焼かれ、骨も残らず蒸発するだろう……。

 押し寄せる絶望の中で亜利砂はぎゅっと目を瞑った。それはただ己の死を待つだけとも言えるものだった。


「伏せろ亜利砂!! ――我の誓いを元に我を護れ! 《鉄壁の楯》!!」


 その声は唐突に―――。


 強く叫ぶような声であり、つい先程まで命のやり取りをしていた者の声だった。


 ガキン!! バチバチ!! と、言う鈍い音と共に電流が激しくその場に鳴り響き、轟いた。

 亜利砂は閉じた目を開くと同時に、驚愕した表情を浮かべた。

 それは目を疑う光景であると同時に信じられないものが自分の目に映った。


 自分の目の前に彩和月拓哉が立っていたのだ。


 進藤と彼女の間を割って入るように拓哉は亜利砂を庇い、手を前に突き出しながら、《鉄壁の盾》を展開させ、進藤の攻撃を防いだ。

 あの時、死を悟った亜利砂の元へと拓哉は即座に動き、同時に亜利砂を庇ったのだった。

 展開された巨大な魔方陣に電流が奔り、それは次第に小さな稲妻へと変化し、そして消滅していった。

 それを見、進藤は小さく眉をひそめた。


「どう言うつもりだ? ……お前……」


 展開した魔方陣が消えるのを確認し、静かに手を下ろした拓哉は、彼のその問い掛けに平然とした態度で答えた。

 それも相手を挑発するかのような口調で。


「お前のそのゲスいやり方に心底むしずが走った。だから邪魔をしてやったんだよ。ただそれだけだ……」


お久しぶりです。せあらです。

「White·アウト」一年以上も連載の方をお休みをしてしまいまして本当に申し訳ありませんでした……。

仕事関係と私情などの関係によりお休みをさせて頂いておりました……。


今回からWhite·アウト連載の方を再開させて頂く予定となります。

実は既に第一章のストックが出来ていまして、それを定期的に更新させて頂きたいと思っています。

これから拓哉がどう進藤に立ち向かっていくのか最後までお付き合い頂けましたら嬉しいです。


せあら

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