終焉からの始まり
鋭い刃のような視線を進藤に向ける拓哉の横顔を見詰めながら亜利砂は驚愕し、思わず疑問の声を発した。
「たくや……くん……どうして?……」
訳が分からなかった。
先程まで騙され、殺されかけた相手をどうして助け出そうとしたのか、心底訳が分からなかった。
亜利砂は本気で彼を殺そうとした。
それも自分の《代表候補者》の為だけに。
簡単に殺そうとしたのだ。
それを目の前の彼は、進藤のやり方が気に入らないと言う理由で自分を助けた。
そんなの詭弁だ。
普通じゃない。
だけど、目の前の彼はそれを何の躊躇いもせずにやって見せたのだ。
それが今のこの状況で《契約》を交わして無い彼が、どれだけ自分自身に不利な状況に陥るかも考えもしないで……。
「仕方ねぇだろうが。体が勝手に動いちまったんだよ。それにな……」
疑問を口にする亜利砂に、拓哉は振り向きもせず、背を向けたまま強い口調で怒鳴った。
「目の前で知り合いを……お前を殺されたら俺の目覚めがわりぃだろーがよ!! 亜利砂! お前には言いたい事が山ほどあるんだ!! これが終わったら全部ぶちまけてやるから覚悟しとけ!?」
「―――ッ」
そう彼から怒鳴られた亜利砂は自分の中で何かが込み上げる、そんな感覚がした。
彼の事をお人好しだと思った。
本当に救いようが無いお人好しの馬鹿なのだと強く思った。
それは普通では絶対にあり得ないものであり、だけど心に深く、深く刺さるようなものだった。
きっと魔術師ならば彼は失格だ。
そんな“優しさ”など、何れ自らの足を引っ張り、陥れ、時に命を危険にさらす事すらある。
だけど敵だった彼は自分を救ってくれた。
その事実だけが彼女の中で存在する。
そんな拓哉を見やり進藤はふっと小さく鼻を鳴らし、笑った。
「お前は彩和月智也とは違い救いようが無い本物の馬鹿だな……。少なくともお前の兄は、自分の利益にはならない戦い方をする人間ではなかった筈だ……」
「馬鹿で結構だ……。俺は兄貴とは違うしな。それにな、テメェの思うとおりに使えなくなったって理由だけで、テメェの魔術師を処分する人間よりは100倍マシだと思うぜ」
「私の魔術師に私がどう扱おうと貴様に関係あるのか? 《代表候補者》の私が不要だと判断した。……だから始末するそれ以外に何の理由があると言うのだ?……」
至極当然に、当たり前のような口調で言う進藤に対して拓哉はピクリと眉をひそめ、そして鋭く、射抜くような視線を彼にぶつけた。
「それもこれも、お前が自分で撒いた事だろーがよ! 亜利砂の力を手に入れる為にコイツの家族全員皆殺しにして、力が発揮されなかったからコイツも殺す? ふざけんなッッ!! 人の命を何だと思ってやがる!? 軽く扱ってんじゃねーぞ!?」
「何を勘違いしている……」
思わず、その場が凍りつくようなゾッとする低い声色で、進藤は人差し指で眼鏡のブリッチをクイッと持ち上げ、拓哉を値踏みするような視線で見た。
「これは殺し合いだ。それも世界をかけての殺し合い。………この世界では結果が全てだ。命を軽く扱う? 馬鹿馬鹿しい。勘違いをするな小僧。……《代表候補者》付きの魔術師はその《代表候補者》の道具と同じようなものだ。それに少なくとも、《代表候補者》付きの魔術師は《代表候補者》と《契約》を交わしている時点でそれを了承している。……それに《代表候補者》付き魔術師自身にも、少なくとも利益となるものが存在するからな……」
「確かに条令契約にあるとおりこれは世界をかけた殺し合いかもしれねぇ! だけどな、《代表候補者》付きの魔術師は《代表候補者》の道具なんかじゃぁねぇんだよ!! 況してやその《契約》を交わさせるように仕向ける為に、無関係の人間を殺しても良い事にはならねぇはずだ!?」
「勝利を手にする為には多少の犠牲はつきものだ……」
「……このグズ野郎が………」
その言葉を聞き、拓哉は吐き捨てるように呟きながら顔を歪め、奥歯をギリッと強く噛んだ。
目の前の男は本気で亜利砂の事を捨て駒にする気だ。
彼女を手に入れる為に、彼女の家族を一人残らず全員殺し、それを《総務部隊》に知られる前に、何かしらの方法でそれを隠蔽した。
全ては彼女の力を手に入れる。それだけの為に。
それと同じように、拓哉の兄……彩和月智也を殺した理由はきっと自分にとって邪魔な存在、もしくは脅威になりえる存在だった。
だから早めに智也を消した。そうとしか考えられなかった。
だが、同時に拓哉の中である疑問が浮かび上がる。
それは本当に智也が“魔術”の差で進藤に殺されたのだろうか……。
「拓哉……その男に何を言っても無駄よ……こいつは自分の事しか頭に無いのだから……」
そう言葉を口にし、先程まで倒れていたアリスはボロボロの姿で、身体を僅かによろめかせながら拓哉の隣に立った。
彼女の身体から先程までの出血は既に止まっており、何とか身体を動かせる程度には回復をしていた。
あの時、亜利砂を庇う拓哉を見、アリスは急いで自分の身体へと、回復魔術を使い自身を回復させたのだった。
しかし、これは応急処置に過ぎないものだ。無茶をすればすぐに傷口が開いてしまう……。
だが、彼女はそんな事お構い無しだった。
それよりも、今はもっとも重要な事を目の前の男から聞き出す事が先だ。
「進藤青葉……単刀直入に聞くわ。あなたは《生命の源》を手に入れる……。その為に邪魔だった彩和月智也を殺した……それも、自分の魔力を今以上の“力”を手に入れるその為だけに。……そうじゃないのかしら?」
凜とした瞳でアリスは進藤を見詰める。
静寂と供に緊迫に似た緊張感がその場を支配した。
そしてそれを打ち破るかのように、進藤は額に指を当て、小さく肩を奮わせ、そして声を上げて笑った。
それはまるで愉快だと言わんばかりに。
「はははは。何を言い出すかと思ったらそんな事か。さすがは、あの男の魔術師だけあって面白い事を言うな。そうだと言いたいところだが、残念ながら半分は正解だ」
「半分……?」
進藤の言葉を聞き、アリスは片眉をピクリと動かしながらオウム返しに小さく呟いた。
その彼女の様子に進藤はふっと唇の端を獰猛に歪めた。
「そうだ。私の目的は《関西》を始めとした6つの国を全て自分の手中に納め、支配する事が本来の目的だ。《生命の源》はその計画を実行する為の一つの手段に過ぎん……。それに……」
進藤は一度言葉を切り、そして吐き捨てるように、拓哉達を見下しながら唇を静かに動かした。
「何故わざわざ力ある者が弱く、無価値な人間なんぞを護らなければならない?」
それは一つの疑問に過ぎず、その言葉は身体中を駆けめぐるかのような嫌悪感を孕んだ声音だった。
「我々魔術師は選ばれた人間だ。それを何故、何の力を持たぬ弱者を護らなければならないと言うのだ? 弱者なんぞ我々魔術師の盾となる以外使い道が無い……。要するに“捨て駒”と同じだ。それがもっとも、無価値な人間に対する有効利用と言うべきものだ……」
「……テメェ……」
表情をより一層に険しいものへと変えながら、拳を強く握り、今にも進藤へと飛び掛かりそうになっている拓哉へと、アリスは即座に手で制止した。
そして彼女は、感情を動かさぬまま再び口を開いた。
「それがあなたの目的なのね……。あなたは《生命の源》は一つの手段だと言った。……あなたが拓哉の命を狙っているのは、《生命の源》の“血”が本来の目的じゃぁないの? ……《生命の源》の所有者を殺せば《生命の源》の“力”そのものがあなたの“力”……となるのだから……」
「おい、アリスそれは一体どういう事なんだ?」
アリスの言葉に困惑ぎみに疑問を口にする拓哉にアリスは視線を真っ直ぐ進藤へと注いだまま言葉を続けた。
「《生命の源》は魔力の頂点に近く、ブースト的なもの……。その血を口にすれば自分の魔力が格段に跳ね上がり、今より“力”を得る事が可能となる……。だけど《生命の源》である所有者が死んだ場合……その“血”は一つの魔力増幅アイテムのような物へと変わり、それを手にした者が次の所有者となるのよ……」
「それって……」
「そう……それが魔術師ならば自分の意のまま、想いのままに、強力な“力”を得る事が可能となる……。それは上核魔術師になるに連れて、“力”を得る大きさが異なる場合が大きい……。つまり、普通の魔術師ならば《生命の源》の本来の力が引き出せず、上核魔術師ならば本来の力を引き出す事が可能となるのよ……」
進藤を見据えたまま話すアリスへと、進藤は彼女に同意をしながら、一歩足を前に踏み出した。
「そうだ……。その娘の言う通りだ。上の連中の中には、お前を殺して《生命の源》を手に入れようとする者がいる。それだけ価値があるものだ……。だが、それをお前の兄はお前の存在……《生命の源》を隠し、護り続けようとした。全ては無駄に終わったがな……。それに、私は元々、アイツみたいな甘い考えの奴がヘドが出るほど嫌いなんでな……だから殺した。それだけだ……」
……じゃぁ……何だ? 兄貴は俺の為に殺されたと言うのか……?
俺の《生命の源》を護る為に…………。
思わず思考がぐらつく。
《生命の源》の存在をアリスと出会うまで、拓哉自身は知らずに今まで過ごしてきた。
それも世界に対して無関心に、ありふれた日常の中を過ごしてきたのだ。
だが、智也は全てを知ったうえで《代表者候補者》として、拓哉の兄として、拓哉を護り続けていたとしたら……。
それは…………。
それは何も知らずにいた自分自身はあまりにも滑稽だ。
「智也はこの世界を変えようとしていた……」
その場にポツリと小さく呟くようにアリスは言葉を溢した。
「智也は……彼はあなたみたいな私利私欲では無かった……。確かにあなたの言うとおり、智也の願いは甘いかもしれない……夢物語りかもしれない……。この国の人間全てを護るなんって無理かもしれない……。だけど、それでも彼は世界を変えようとしていた……。少なくともこの世界の為に彼は動いていた」
「ハッ! それがどうした? ……所詮そんなものなんぞ己の自己満足に過ぎん事だ。……世界を変える? 笑わせるな! この国の《代表者》連中は世界の全てを手に入れたがっている。それは自身の思うがままに変えようと。そんな連中が自分達以外の人間なんぞの事を考える訳が無かろう……」
「そうね……。その点に関しては私もあなたに同意するわ。……《代表者》達は自分達の事しか見えていない。それも場合によっては、市民を犠牲にさえしても良いとすら考える者だっている。……だけど智也だけは他の誰とも違っていた。彼の願いは本物だった……。だから彼の願いを共に叶えてあげたかった……」
一瞬、彼女は僅かに悲哀に近い表情を浮かべ、そして鋭く、強い瞳を進藤へと向けた。
「だから私は智也を殺したあなたをけして赦すことなんって出来ない!!」
それは感情の無い彼女が唯一見せた“感情”に近いものだった。
彼女の“感情”は、自身の魔力の“力”を高める為に、その“感情”を代価にしている。
その代価が、一瞬揺らぎを感じる程の感情を彼女は目の前の男へと、強い憎しみを向けた。
そんな彼女へと、目の前の男は動じる事はなく、ただただ詰まらないものを見るかのような、そして酷く目障りだと感じるような瞳で口を動かした。
「なら、殺すがいい……。それがお前の願いと言うのならば……。もっとも私はお前達を生かしておくつもりは微塵もないがな!!」
その言葉と供に進藤はダッ!! と床を強く蹴り、長槍を手に携えながら拓哉達へと迫った。
「くっ……《鉄壁の盾》……」
拓哉は即座に進藤の方へと手を突きだし、魔術を練りながら《鉄壁の盾》を展開させようとするが、それよりも速く、拓哉の身体に刃が速度を増し、貫こうとした。
あまりの速さに魔術の対処が追い付かない。
きっと進藤は自分の身体をごと亜利砂諸とも殺す気なのだろう……。
しかもあらかじめ、自分の武器に魔力を注いでいたに違えない。でないと魔術詠唱を抜きに、即座に魔術を発動出来るものでは無いのだ。
背筋から脂汗が流れるのを感じながらも、必死で魔術を編む拓哉を嘲笑うかのように、進藤は、
「遅い!!」
長槍の矛先を変え、真横へと凪いだ。
ヒュンとした風を浴びると供に、拓哉は自分の身体が切り裂かれたのだと感じた。
だが、それと同時に拓哉と進藤の二人の間に割って入るかのように、淡い光を放つ魔方陣が突如展開された。
「《蒼き宝石の華!!》」
ごう!! と言う強い突風を浴びながら、アリスは魔方陣の前へと片手間を突きだした。
彼女のツインテールと、スカートの裾が揺れると同時に、アリスは僅かに眉をひそめ、進藤の攻撃を防ぐ。
(やっぱり……あの結城亜利砂の時とは全然違う……全体的の魔術が重い……しかもその魔術をあの武器にエンチャト効果をもたらしている……だから余計にタチが悪いわね……)
魔力をさらに編み、アリスは進藤の攻撃を弾き返す為に魔力の詠唱に入ろうと、言葉を紡ぎ出そうとした。
その瞬間。
「――――目の前の在りし物を断絶せよ、龍騎斬――」
長槍……龍騎斬の刃が漆黒のような光を放ち、《蒼き宝石の華》へと素早い速度で連続での斬撃を与えた。
魔方陣に亀裂が入り、それは次第に一瞬で広がると供に、パリィィンと硝子のような音を立てて呆気なく一瞬で崩れ去った。
そこに続けて進藤は、アリスの顔面目掛けて龍騎斬で突き刺そうとした。が、それをアリスは即座に払い落とす。
と、同時に後ろへと飛び退り、距離を取った。
内心僅かな焦りを感じながらも、目の前の敵に悟られないように、アリスは平然を装い、手にしている剣を構え直した。
……自分の考えが正しいのならばきっとあの魔術はとてつもなく厄介な代物だ……。
早急に手を打ち、あの武器を何とかしないと、勝ち目なんって1%すらも存在はしやしない。
そう思考を必死で巡らせ、突破口を必死に探すアリスに対して、進藤はそれすらも見透かしたような目をし、口を開いた。
「神宮時アリス……今お前が考えているとおりだ。この武器……龍騎斬は《神器》であり、私自身の魔力《言霊》を上乗せにし、力を二倍にして使用している……」
「………言霊」
「言霊とは、本来この日本においての言葉の霊力だ……。魔術とは無関係に等しいもの。だがそれを“魔力”へと変換する事は可能であり、変換した事によって言霊が、本来持つ力が格段に上がると同時に、絶対的な意味を持つものとなる……。つまり……お前達は私には傷ひとつ付けられんと言う事だ……」
つまるところ。
進藤は本来の“言霊”の霊力を“魔力”に変換をさせ、それを自身が持つ《神器》へと力を上乗せする……つまりエンチャトさせ、攻撃を二倍にし、“言霊”の絶対的な威力を発動させているのだ。
自らの口で“言霊”の術式を唱える事によって。
確かに厄介な代物だ。
そう感じながらも、拓哉はへッと馬鹿にしたように、不敵に笑った。
「ご親切なこった。わざわざ戦う前から自分の手のうちを明かしてくれるなんってな。つまりお前が“言霊”を使う前にさっさと倒せば良いだけの事だ」
軽口を叩き、挑発じみた言葉を吐く拓哉に対して、進藤は彼の挑発を氷のような凍てつく瞳で一瞥する。それは心の底からの侮蔑に近いものとも言えるものだった。
「それは貴様が私の相手に取るに足らぬ相手だからだ。それにそう簡単に事は運ぶ訳は無かろう……。つくづく愚かだな。お前は」
「そーかよ! なら、その雑魚に倒されでもしたら《関西》の《代表候補者》サマは赤っ恥も良いところだよな!?」
そう言うと、先程亜利砂との戦闘で使い果たし、折れた剣を床から拾い上げると供にアリスの手にしていた剣を、一瞬の速さで奪い取る。
その行動にアリスは、僅かな驚きと供に眉根を寄せ、拓哉へと声を発しょうとした。同時に彼がその場から駆け出す、その瞬間。
彼女の耳へと小さな囁き声が聴こえた。
「アリス……《時の停止の罪人》(ジャジメント・タイム)を俺が合図したら射て……」
その言葉にアリスは大きく目を見開く。
どうして彼がこの術式の存在を知っているのだ?……
この術式は一部の上核魔術師、あるいは《代表者候補者》しか知らないものだ。
どうして彼が……?
そんな疑問を抱き、彼の駆ける背を見ながらアリスは疑念を振り払い、強い瞳へと変えると、一枚だけ取り出したカードへと魔力を注ぐと供に魔力をさらに編んでいった。




