終演での世界での始まり14
アリスは亜利砂へと鋭い瞳を向け、無言で見詰めた。
二人の間に暫しの沈黙が流れる。
亜利砂は構えていた弓をスッと下ろし、腰に手を当て、その沈黙を打ち破るかのように目の前に対峙するアリスにふんと鼻を鳴らしながら口を開いた。
「あなたなぜ彩和月拓哉を護ろうとするの?
あなたはもう《代表候補者》付きの魔術師では無いはずよ。それに、あなたは自分の《代表候補者》を護れなかったじゃない。また同じ過ちを犯すつもりなのかしら?」
亜利砂はアリスを嘲笑するかのような表情を浮かべながら言った。
アリスはそれを見、ピクリと小さく眉をひそめた。
そして目の前の亜利砂へと真っ直ぐと瞳を向けて言った。
「確かに私はあなたの言うとおり《代表候補者》付きの魔術師では無いわ……。それに私は智也を護れなかった……。その事実はこの先ずっと変わらない……だけど、」
アリスは一度言葉を切り、続けた。
「だから今度こそ護りきる……もう同じ過ちは二度と繰り返さない!」
凛とした声音でハッキリとアリスは強く言い放つ。
そんな彼女を見ながら、拓哉はゆっくりと上体を起こす。
彼女のその横顔は何処か悲しみの色を宿し、
同時に憤りさえも感じている、そんな顔をしていた。
どうして彼女はそこまでして自分を護るのだろうか……。
拓哉はずっと疑問に感じていた。
彼女は兄の智也に頼まれて拓哉を護っていると言った。
彼が《生命の源》だから護っているのだと言った。
でも、もし仮に亜利砂の言うとおり《代表候補者》付きの魔術師では無くなった彼女にとっては全く無関係の話では無いだろうか…
……?
知らぬ存ぜぬをすれば彼女はこの血塗られた
戦いの戦場に再び足を踏み入れる事は無かったはずだ。
それをしなかったのは彼女が智也の死を酷く気に病んでいる証拠だ。
アリスは何時だって拓哉の安全を真っ先に考え、行動をしていた。
例えそれが行き過ぎた行動だとしても彼女の意思はたった一つだったのかもしれない。
拓哉はアリスから目を逸らし、俯き、自分自身の不甲斐なさを激しく悔いた。
(クソがっ……俺は今まで何をやっていたんだ……。護られるだけ護られて結局は自分で動いてねぇじゃねーかよ!!)
「拓哉……」
囁くようなアリスの問い掛けに彼はハッと顔を上げた。
「回復の方はもう終わった?……」
振り向かないまま彼女は拓哉へといつもの無表情で淡々とした口調で言った。
それに対して拓哉はアリスへと答える。
「ああ。何とかな……」
「なら良かった……。今から彼女を私が倒すからあなたは下がってて」
拓哉の台詞に内心安堵しながら、目の前を見据えて言うアリスに亜利砂はふっと笑い、何処か試すような口ぶりで言った。
「なぁに?私を倒す相談?でもあなたに私が倒せるのかしら?」
「倒すわ……。それにあなたには聞きたい事があるの。……あなたの《代表候補者》は
どこにいるの!……智也を殺した奴をこのまま野放しには出来ない!?……悪いけど彼も倒させてもらう!!」
アリスは叫びながら剣をと携え、タッと床を蹴り、亜利砂目掛けて疾走した。
亜利砂は自分へと向かって来るアリスへと即座に光の矢を連続で放つ。
放たれた矢は先程の拓哉に向けた攻撃とは数段に違い、加速するスピードをさらに上げ一条の光と化していた。
その威力は一瞬でも触れれば体の一部が吹き飛ぶそんな威力を伴っていた。
容赦なくアリスへと向かってくる光の矢をアリスは避け、またはそれを掻い潜る。
亜利砂が手にしている弓は魔術が施してある
と言っても基本は遠隔での攻撃に有したものだ。
接近戦には不向きなもの。
現に彼女は主に光の矢を中心に大技魔術の朱雀での攻撃を放ってきている。
彼女が得意としている遠隔での攻撃を全て防ぎ、こちら側から接近戦へと持ち込めれば状況は変わる。
そう思考を巡らせ、アリスは亜利砂へと迫り
、亜利砂目掛けて剣を閃かせた。
それに対して亜利砂は顔色を変える事はなく
、況してや慌てる様子もなく、ただ唇の端を吊り上げニヤリとした。
彼女は弓をブンと素早く真横に振る。
すると赤い弓の周りから幾つもの小さな光が溢れ落ち、次第に弓から目映い光が放たれ、形を変化させた。
それは雪のように白く光輝く、白い剣へと。
亜利砂は素早く剣を振り、アリスの攻撃を剣の腹で受け止めた。
ガキンとした鈍い音が響く。
「!?」
アリスは亜利砂の変化した武器を見た瞬間顔色を変え、そして思わず呟いた。
「それは神器……」
「ふふ。そうよ。これは《朝霧》を受け継ぐ人間に代々伝われてきた神器、四神を司る《
緋色の腕輪》。ねぇ、あなた言ったわよね?」
亜利砂は軽く笑い、冷ややかな声音でアリスへと告げる。
「私を倒して、主様も倒すって。ならばやってみなさい。もっとも私があなたなんかに負ける訳ないし、主様にも指一本すら触れさせない!それに対して私があなたを殺しても文句は言えないわよね?」
まるで悪役みたいな台詞を吐きながら亜利砂は剣に力を込め、受け止めていた剣を圧した
。
「くっ……」
短い呻き声をアリスは発し、剣を押し返しながら魔力を込め、斬りつけた。
が、それを亜利砂は意図も容易く防ぐ。
二人は剣を交え、睨み合う。
そんな中アリスは後ろへと素早く跳び退くと
一定の距離を保ちながら亜利砂の白い剣を狙い、再び斬りつける。
そんなアリスへと亜利砂は剣で攻撃を受け止め、唇を動かし、続けて魔術の炎の砲弾を生み出した。
ゴォォォとした凄まじい音を出しながら3、4
つの砲弾がアリスへと向かい、それがアリスへと降り掛かる。
至近距離での攻撃。
だが、アリスはそれを早口で唱えた防御魔術
の《蒼き宝石の華》で防いだ。
凄まじい爆風がアリスの髪を靡かせた。
爆風でアリスの体が後ろに下がろうとするが、アリスは足を踏ん張り亜利砂の顔へと剣で斬り裂こうとするが、亜利砂はそれを受け流し、アリスへと攻撃をする。
ガキン、ガキンと剣の音が響き、互いに凄まじいくらいのスピードで斬り合いが繰り広げられる。
そんな二人の戦いを拓哉は目で追う。
一方は《関西》の《代表候補者》付きの魔術師の少女。
かたやもう一方は元《関東》の《代表候補者》付きの魔術師の少女。
見る限り二人の実力はほぼ互角。
互いに剣技を繰り広げるその速さは目で追うのがやっとだ。
拓哉自身も魔術の戦闘に対しての経験があるとはいえ、それは僅かなものでしかない。
《代表候補者》同士の戦いはおろか、《代表候補者》付きの魔術師の戦闘を目にするのはこれが初めてだ。
……何なんだよこれ……強さ以前の問題だ。
この化け物染みた戦いが《代表候補者》付きの魔術師の戦いだって言うのかよ……
これを目にする限り亜利砂が先程拓哉に手加減していたのが良く分かる。
こんな強さを持った奴を倒さなければならないのか。
だけど彼女を倒さなければ前には進めない。
その時――。
剣を交えていた亜利砂の攻撃の方向が変わり
、アリスの胸へと剣の刃が向けられた。
「くっ……」
20センチ程迫る刃をギリギリのところでアリスはそれを避けた。
同時にアリスのネクタイが破れ、変わりにシャツの上から金色の懐中時計が現れ、小さく微かに揺れた。
それを見て亜利砂は小さく眉をひそめた。
「なるほど。そう言うこと、ね」
人知れず彼女は呟くと、同時に白い剣をドスと床に突き刺した。
瞬間―――。
強烈な冷気と共に突風が吹き、アリスを吹き飛ばした。
アリスが床に倒れた直後。
直系70センチ程ある鋭く尖った氷の塊がアリスへと目掛けて向かってきた。
「アリス―――」
迫る氷の塊。
だが、アリスの目の前に拓哉が割り込み、手にしていた金属バットで氷の塊を打ち払った。
普通ならば魔力が籠った金属バットで打ち砕く事は不可能に近い。
だが幸いにも氷の塊は魔力が宿っておらず簡単に打ち砕く事は出来た。
「今度は近くに落ちていた物で素早く対抗してきたのね。さすがカッコ良いわね拓哉君。でもそれだけじゃぁ足らない!全然足らないわよ!!」
言うやいなや亜利砂は懐から数枚の五芒星が描かれた札を取り出し、それを宙へと放つ。
放たれた札は雪のように舞う。
そんな中、亜利砂は手にしていた剣を床へとドスっと突き刺した。
瞬間――――。
ビョオオと冷たい冷気が吹き抜け、一瞬で霜と氷が窓ガラス、床を覆った。
と、同時に床から光輝くより巨大な魔方陣が亜利砂の足元から拓哉達へと伸びていた。
「マズイ……下がって拓哉!!」
拓哉の後ろにいたアリスは慌てて声を発し、
自分の剣を勢い良く床に広がる魔方陣へと突き刺すと、拓哉をグイッと自分の方へと引き寄せ、後ろの方へと跳び退いた。
その時。
天井から幾つもの稲妻が落ちてくる。
だが、それと同時にアリスが突き刺した剣から魔方陣が展開し、稲妻が全て剣へと収縮し、落ちていった。
が、まだ攻撃はそれで終わりではなかった。
続けて、巨大な氷の槍みたいなものがアリス達の方へと空中を駆け、迫る。
目の前の剣で凪ぎ払うことは可能だが、先程避雷針変わりに使った為、今取りに行った
としても間に合わない。
アリスは即座に一枚のカードを取り出し、前へとかがけると、
「――汝の盟約に従い、彼の者を護れ!蒼き宝石の華」
呪文を紡いだ。
彼女の目の前により巨大な魔方陣が出現した
。
アリスのカードから淡い光が発し、それが魔方陣へと反映していく。
アリスが手にしているカードは彼女自身の魔力の一部を流し込んだもの。
それが術に上乗せさせられ、より強力な魔術の防御を可能としていた。
そしてアリスはカードを水平へと切った。
魔方陣から一条の光が氷の槍を穿つ。
槍は砕かれ、砕かれた槍の破片が《蒼き宝石の華》にぶつかり粉々に砕け散っていく。
防ぎきれなかった残りの破片が彼女の頬、脚をチッと掠め、頬、脚から一筋の血が流れていた。
槍が消滅した後、アリスは《蒼き宝石の華
》の術を解いた。
そして思わず足をよろめかせた。
「アリス!?」
「……大丈夫……こんなの掠り傷よ……」
叫ぶ拓哉にアリスは毅然とした態度で答えた
。
「ねぇ、それって“時刻みの輪”でしょう?
確か……自分の感情を代価に自分の力を高め、同時に魔力の増幅、補給をするって言う」
可愛らしく、にっこりと微笑む亜利砂に対してアリスは無表情に冷たい声音で言った。
「……だからそれがどうしたって言うのよ…
…」
「でも、それって欠点が一つあるのよね~」
「欠点?」
亜利砂の言葉に眉をひそめ、思わず拓哉は呟く。
亜利砂はそれを見て小さくクスリと笑い、目を細め、言葉を続けた。
「そう……。欠点。“時の刻みの輪”は一見にするととても便利な代物。だけど術者の魔力を増幅し、力を与えるけど使い続ければ、
使うほど術者の体力が魔力に追い付かず破滅する。基本人間にはそれぞれ自分の体力の限界がある。体力が低かったり、高かったりとか。だけどその魔術はそれを麻痺させてしまう副作用があるのよ。魔術が底無しに生み出せる、だから死ぬまで戦えると、言うふうにね」
「…………っ」
「ねぇ、神宮時アリス。あなたそこまでして
どうして拓哉君を護りたいの?私には不思議でならないわ。護りたい理由はあなたが護りそこねたあなたの《代表候補者》への義理立てかしら?」
からかうように言う亜利砂にアリスは俯き、
唇を動かした。
「……最初はあなたの言うとおりそうだった
。彼が護りたいものを護りたかった。……それだけだった。だけど……」
アリスは顔を上げ、亜理砂へと鋭い瞳を向け
言った。
「拓哉は、彼は確かに甘い。……それも反吐が出るくらいに……。でも彼は自分の信念を持っている。前を見据え歩く術を持っている。……だからここで彼は死ぬべきではないのよ……」
「ハッ、笑わせないでよ!コイツは、拓哉君は世界に絶望し、堕落した日々を送っていたのよ!何もせずに、悲観的に、無駄に生きていたのよ!!」
亜利砂の台詞に図星を指され、拓哉は苦々しい顔をし、言葉を詰まらせた。
亜理砂の言うとおりだった。
拓哉は今まで何もせずに、何処か悲観的に生きてきた。
下らない世界で、下らない争い、をただただ黙って眺めているだけの普通の人間として今まで過ごしてきた。
それは旗から見れば、一見この世界に興味が無いように見えるが、それは全てを他人任せにして、それに流されているかのように見えた。
だから亜利砂の言う事は正しい。
アリスの言葉は正直有り難いが、自分はそんな立派なものでも何でもない。
ただの落ちこぼれで魔術師になりそこねた人間にしか過ぎない。
「世界に絶望したのは彼が優しいからよ」
拓哉はハッとし、アリスへと視線をやる。
彼女の瞳は一転の迷いすらなく、凛とした声音で言葉を続けた。
「この世界は理不尽で出来ている。……数万、数千人のもの命を助ける為にはたった一人の命が犠牲になる。……それはこの世界の必然的、理に過ぎず、もはや当たり前の事になっている。だけど彼は私達とは違う。彼はたった一人の犠牲も払いたくないと思っている。だから犠牲を払うこの世界に絶望した……」
「そんなのある訳ないじゃない!!この世界は犠牲が必ずしも必要となる。その犠牲は私達《代表候補者》付きの魔術師も含まれているのよ。そんな甘い考えが通る訳がない!」
「だから甘いって言ったじゃない……。そんな彼だから智也の理想に憧れた。……違う?
」
そう言いながらアリスは拓哉へとチラリと視線を向けた。
その彼女の表情はいつもよりどこか柔らかく感じた。
拓哉は胸の内に秘めていた想いを強く感じる。
それは諦めていた感情がふつふつと沸き起こるそんな感情に近かった。
……そうだ。俺は犠牲を払う世界が……自分の利益しか考えていない《代表者》(馬鹿供)が許せなかった。だから兄貴の理想に憧れ、それに自分の理想を重ねた………。
誰一人も犠牲にならず、悲しまない、そんな
酷く優しい世界を無意識に望んでいた――。
「私は拓哉に言った……『誰一人すらも傷付かない無いそんな理想はない』のだと。……だけど私はそんな甘い考えの理想論は嫌いではないわ……」
「そう……。神宮時アリスあなたはもう少し賢い人間だと思っていたけれど、私の見込み違いだったようね……。ならばその馬鹿で、惨めな理想を抱きながら二人仲良く死ぬ事ね!」
そう言い放ち、亜利砂は片手を前へとつき出すと瞳を瞑り、唇を動かした。
「―――聖なる神の身元の化身、朱雀、青龍
、白虎、玄武、我は汝らと契約し者。契約の身元に従い汝に力を与えよ―――」
亜利砂の言葉に従い、周囲から小さく淡い光が生まれ、それは亜利砂の掌へと一点へと、徐々に集まっていった。
淡い光の大きさが次第に変化してゆく。
そして先程彼女が出現させた魔方陣とは比べものにならないくらいの大きさの魔方陣が
彼女の目の前に現れた。
それは全長3、4メートルの大きさの魔方陣だった。
魔方陣には28種類の星が刻まれており、それは四神に纏わる28種の星を表しているかのようだった。
彼女は瞳を開き、叫んだ。
「――契約者の名は《朝霧を受け継ぐ者》汝と我の敵を討ち滅ぼせ!!《神の咆哮》」
叫び声と共に魔方陣から、一直線に伸びる凄まじい光が解き放たれた。
それを見た瞬間、アリスは顔色を変え、隣に立つ拓哉の腕を引っ張り、踵を返しながら急いで走り出した。
「拓哉!……急いで!!」
迫る攻撃を一瞬だけ振り返り、拓哉は歯噛みした。
「クソッ!!」
一直線のその光はまるで全てを燃やし尽くすかのような光を放っていた。
あれを防ぐなどと、とても不可能だった。
もしも仮に、あの光に触れれば少なくとも確実に腕の一本が吹き飛ぶだけではすまない。
確信は無い。
だが、拓哉の本能がそう告げている気がした
。
拓哉達は目の前に迫る廊下の曲がり角へと急いで、曲がった。
と、同時に轟音が響いた。
一直線の光は廊下の曲がり角があった壁を穿ち、直撃させた。
衝撃で窓ガラスは粉々に砕け散り、土煙と共に壁が呆気なく粉砕された。
パラパラと崩れ去る壁の音が亜利砂の耳へと届いた。
彼女の目の前にあった魔方陣は消滅し、ゆっくりとした足取りで彼女は曲がり角へと近づいていった。
もう、これで死んだだろう……。あの神宮時
アリスはともかくとしても、あの無能で無力な少年は死んだに決まっている……
あの術を食らい生きているはずがない。
これで自分の任務は果たされた。
だが、彼は《生命の源》の持ち主。
彼の遺体を確認するまでは安心は出来ない。
そう思い、彼女は足を止め、そして瞳を大きく見開た。
「いない……」
彼女は驚愕と困惑に近い呟きを溢した。
そこには拓哉達の姿はなく、あるのは瓦礫の山だけだった。




