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終演での世界での始まり13

拓哉と亜利砂の二人は対峙していた。

 二人の間に緊張感が増し、暫くしてそれを打ち破るかのように拓哉が口を開いた。

「最初から俺を騙していたのか……」

「ええ。そうなるわね。拓哉君、きみは人をもっと疑うべきよ。もっともあの神宮時アリスは途中から私の正体に気づいたみたいだけどね」

「俺を狙った理由は《生命の源》の持ち主だからか? そして兄貴を殺したのはお前か?」

 亜利砂を鋭く睨みながら拓哉は低い声音で彼女へと問いかける。

 それに対して彼女は呆れたように小さく溜め息をついた。

「半分正解。半分不正解ね。最初の質問はそうよ、あなたが《生命の泉》だから狙った。まぁ、正確的にはあなたの信頼を得る為に一年前から狙っていたんだけどね……。後者の質問は殺したのは私ではなく、主様だけどね」

 平然と話す亜利砂の言葉に拓哉は苦虫を噛み殺したかのような表情をした。

 アリスの推測は完璧に的を当てていたのだ。


 彼女は拓哉を殺す。


 それはいつもの彼女の冗談ではなく、本気で彼を殺しにくる。

 情も、信頼も、今まで築き上げてきた絆さえも全て殴り捨てて彼女は殺すのだ。

 彩和月拓哉と言う人間を。

 信頼を寄せていた人間から簡単に裏切られたことが想像以上にきつく感じながらも、拓哉はそれを押し殺し、亜利砂の動きを注意深く見た。

「一年前から狙っていたんだったら何でさっさと俺を殺さなかった? 簡単だったんだろう《代表候補者》付きの魔術師ならば」

「そうね……。簡単だったわ。それは目障りな虫を殺す程度でしかなかったし。私はすぐに殺しても良かったんだけど、上からの命令でまだ殺すなって言われていたし、それにきみと遊んでみょうかなーって思ったの。『お友達ごっこ』として、ね」

「全部演技だったんだな」

「そうね。あっ……でも一つだけ違うわ」

 亜利砂は思い出したかのように拓哉へとにっこりと笑って答えた。

「あの時の言葉は嘘では無いわ」

 拓哉は瞬時に言葉の意味を察知する。

 彼女が言うあの時の言葉とは数日前、学校帰りに彼女と交わした会話の意味を指していた。

「あの方は世界を変えてくれる……。そう、報われなかった私達の為に。だからその障害となるものは全て私が凪ぎ払う。例えそれが、どのような事になろうとも……」

 亜利砂はスッと目を細め、表情を変えた。

 それは冷酷なものであり、瞳には一瞬の迷いさえ存在しなかった。

 彼女は手に嵌めていたブレスレットを外し、それを掌に乗せた。

 すると、ブレスレットから淡い光が放たれ、一本の真紅色の長い弓へと姿を変えた。それを素早く手に取り、構えた。

 彼女は弓の玄に手を触れ、強く引くと眩い光の矢が出現し、それを拓哉の方へと向けた。

「だからあなた達兄弟はあの方にとって危険だった。あの方の行く道の妨げになろうとしていた。だから殺すのよ」

「ふざけるなッ!! はい、そうですかって簡単に死んでたまるか!!」

「でも、拓哉君これは名誉な事かもしれない。だって世界の為に犠牲になるって、なんだか英雄みたいじゃない」

 その言葉と共に亜利砂は光の矢を放った。

 閃光のように空中を奔る矢が拓哉へと迫る。

「チッ……」

 拓哉はそれを見、舌打ちしながら両手を前に突き出し言葉を発した。

「――我の誓いを元に我を護れ!《鉄壁の楯》(アクラルト)」

 拓哉の前へと淡い紫色の魔方陣が出現し迫り来る光の矢を直ぐ様に防いだ。

 その光景を見た亜利砂は驚愕し、半ば感心した様子をした。そしてどこか世間話でもするかのような口調で拓哉へと話しかけた。

「驚いた……拓哉君、魔術使えたんだ」

「安心しろよ。俺はこれしか使えないぜ……」

 ニッとした不敵な笑みで挑発に近い、強がりな言葉で拓哉は答える。

 だが、実際彼が使える魔術はこの魔術と光の球を出す事が出来る程度だ。

 この魔術《鉄壁の楯》は拓哉が5年掛けて必死で身に付けた魔術の一つだ。正確には魔力が極めて少なすぎる彼は、この魔術しか得られなかったと言うのが本当だ。

 《鉄壁の楯》は、あらゆる魔術を防ぐ楯の魔術。物理攻撃、魔術を防ぐ高度な魔術になる。だが、この魔術には弱点が生じる。

 高度な魔術な為、術の制御に集中力をさらに要する事と共に長時間は使用できない。長時間経過してしまうと術は自然と消えてしまう。それは術者の制御魔力が途切れてしまうと言う意味も表していた。拓哉の魔力量は少ない。だから使えるとしたら、あとせいぜい4、5回程度だ。

 本来一般の魔術師では使用回数は発生しないが、彼の場合は違う。

 極端に少ない魔力を練り、無理矢理魔術を発動している為そのような現象が起きるのだ。

 ……だけどこのままではマズイ……あの亜利砂が持っている弓を何とかしないと確実に殺されてしまうぞ……

「そう……。ならばこれはどうかしら!!」

 強く言い放ち、亜利砂は弓を上へと向け矢を討った。

 直後、天井に金色に光輝く魔方陣が展開し、拓哉へと数百本……幾千万ものそれ以上の光の矢が雨のように降り注ぐ。

 が、同時に彼は頭長に手をかかげ《鉄壁の楯》の術を発動させ、それを必死に防ぎ続けた。

 脂汗を流しながら、歯を食い縛り、魔力を集中させる。

 《鉄壁の楯》で弾かれた光の矢がドス、ドスと音を立てて床へと突き刺さる。拓哉は殆どの矢を凌ぎきり、魔術を解くと同時に最後の一本の矢をギリギリのところで交わすと、亜利砂へと背を向けその場から駆け出した。

(クソッ! あれ販促だろ!! あんなのいちいち浴びていたら串刺しになるだろーがッ!! それにアイツの気を逸らす為に何か武器になりそうな物を早く手に入れないと……)

 内心悪態をつく拓哉に冷ややかな声が浴びせられた。

「あらぁ? 拓哉君逃げるの?」

 亜利砂の言葉を無視し廊下を駆ける拓哉へと彼女は唇の端を緩めながら、弓に光の矢をつがえ、弦を再び引き絞った。

 ギュイインと迫る光の矢が空中で3、4本へと分裂し、拓哉へと向かう。

 拓哉は後ろを見、「クソッ」と小さく毒づくと後ろに迫る二本の矢をギリギリ寸前のところで体を左側へと傾け素早く避ける。

 拓哉は足を止め、教室のドアの近くに落ちていた箒を手にすると、身を屈め、自分の脚を狙う残り二本の矢を箒で勢い良く凪ぎ払った。カランとした乾いた音が微かに響き矢と共に真っ二つになった箒が床へと落ちた。

「へぇ~全くの素人って訳じゃぁないんだね」

「残念だったな……。少しはこっちにも経験あるんだよ」

「でも魔術結界は知らなかったのにね。やっぱり君は面白いね」

「ほっとけ!」

「拓哉君……」

 亜利砂はクスクスと可笑しそうに笑った。そして拓哉へとにっこりと笑い、一言告げた。

「私、君の事ずっと嫌いだったの」

 彼女は笑顔からスッと氷のような冷酷な表情へと変え、拓哉をまるで虫けらでも見るかのような目で見た。

「きみはただずっと護られているだけだった……。自分で動こうとせずに、何もせずに傍観者みたいに、ただ護られているだけだった……。私はそんなきみが大嫌いだったのよ」

「………」

「私は昔……私以外の家族全員を殺された。厳しかったお爺様、優しかった両親、心から信頼していた姉さんも殺された。それは私の家系が陰陽道の末裔であり、また陰陽道を統べる《朝霧》の人間だから。そんな理不尽な理由で家族を殺されたのよ……。そして私も殺されかけた。その時あの方は私を助けてくれた」

 亜利砂は小さくふっと笑った。

 それは昔の思い出を馳せている顔に近かった。

「あの方は私を助けてくれただけではなく、私に魔術師としての知識を与え、私を《代表候補者》付きの魔術師として選んでくれた。選んでもらった時……私は誓った。私を救ってくれたこの人の為に私の全てを捧げる事に。そして主様が目指す世界を手助けするって私は決めたの。だけど、」

 言葉を一度切り、亜利砂はギンと拓哉へと鋭い瞳を向けた。

「きみは何なの! 今の状況に甘えて、世界に絶望して、何の努力もしてない!! そんなクズな人間この世に不要なのよ!!」

「ああ……。お前の言うとおりだよ。そこは認めるよ。俺はこんな世界どうでも良かった……だけどな、お前の言う理想は本当にそいつが思う理想なのか!? もしそうだとしたら何で助けたお前を血みどろの世界に引きずり込んだ? 何で魔術師同士の殺し合いに参加させた? そいつのやっている事は矛盾している! お前だって本当は気づいているんだろう」

 激しく、強い口調で拓哉は言い放った。

 普通ならば助けた少女を保護し、警察もしくは総務部隊へと預けるのが本当だ。だけど彼女を助けた《代表候補者》はそれをしなかった。

 あろうことか、その《代表候補者》は亜利砂を自分の側に置き、魔術の知識を与え続け、彼女を自分の《代表候補者》付きの魔術師へと成長させた。

 何の為にそんな事をした?

 それになぜ彼女だけ助ける事ができた? 

 大いに疑問と矛盾が出てくるのだ。

「うるさい!! 黙れ!」

 彼女は怒気を孕んだ声で叫んだ。

 彼女の顔は醜く歪み、目の前の敵へと武器を静かに向けた。

「主様は私を助けてくれたの! 私を必要だと言ってくれた! あの方が目指している世界に偽りはない!?」

「…………ッ」

 亜利砂は新藤青葉を信用しきっている。

 しかしそれは、信用と言う言葉を通り越して心酔しているかのようだった。これ以上彼女にいくら呼び掛けても無駄だろう……。

 もしかしたら……と言う淡い期待を拓哉は抱いていたが、それはすぐに消え去った。

 亜利砂は弓にぐっと力を込め自分の魔力を注ぐ。弓はより一層に紅く輝きを増し、周りにオーラを纏わらせていた。彼女は弦を引き、そして唇を動かす。

「―――汝と契約を結びし古の神よ。汝の願いを叶え、目の前の敵を滅ぼせ《朱雀の禊》」

 呪文と共に弦を強く引き絞り、放った。

 弓の前に赤い光が出現し、それは朱色の巨大な鳥へと姿を変え、拓哉へと凄まじいスピードを上げ向かってくる。

 その飛行する姿は、かの伝説の四神の一つ朱雀。

 このまま背を向け、逃げ出せば自殺行為になる。

 ならば、ここで防ぎきるしかない!

 拓哉は足に力を入れ、再び両手を前の方へと突きだし、言葉を紡いだ。

「――我の誓いを元に我を護れ!《鉄壁の壁》」

 拓哉の目の前に魔方陣が直ぐ様に展開し、朱雀の口から吐き出される火炎放射を防いだ。だが、次第に魔方陣に小さな亀裂が生じる。

 拓哉はそれを見、さらに自分の魔力を込め、呻く。

 そしてその亀裂は徐々に広がり、硝子が砕け散るような音を立てて魔方陣が消滅した。

 ゴオオオオとした音、熱風を拓哉は間近で浴び、同時に朱雀の攻撃を浴びた。

 拓哉は悲鳴を上げる暇もなく体を吹き飛ばされ、二、三メートル先にある壁へと叩きつけられ、廊下にぐしゃと倒れた。横たわる拓哉の体の腹部からは血が流れた。朦朧とする意識を拓哉は無視して、うっすらと瞳を開く。額からは血が流れ、それが頬へと伝った。

 体中が酷く傷む。

 それは意識を手離してしまう程の痛みだ。

 だが、ここで意識を手離し、倒れてしまえば確実に亜利砂に殺されてしまう。

 必死で上体を起こそうとするが全く力が入らない。上体を起こそうとすると死ぬ程体が傷む。拓哉は震える手で自分の腹部を触った。

 ぬるっとした感触が生まれ、それが自分から流れ出ている血だと言う事をすぐに悟った。

(……ここまでか。……ああ……ここで俺は死んでしまうのか……)

 諦めに似た感情が生まれる。

 そんな彼へと弓を携えた彼女が近づいてくる。彼女のその姿は彼から見たらまるで自分の命を狩りに来た死神にすら見えた。

「ふん。さすがは《生命の源》ね。この程度では簡単に死なないのね……」

 亜利砂は拓哉を一瞥し、冷たく言った。

 ……何を言っているんだ? コイツ……もう俺死にそうになっているんだけど……と内心そう感じながらも拓哉は自分の体へと目をやった。

 思わず目を見開き、驚愕してしまう。

 開いた腹部がみるみると淡く光を放ちながら傷を塞いでいく。先程まで死ぬ程痛みを感じていたものが徐々に痛みが和らいでいくのを拓哉は感じた。

「何だ……これ? ……まさかこれが《生命の源》の力なのか……?」

 思わず彼は小さく呟く。彼自身《生命の源》の力を目にするのはこれが初めてだったのだ。

「じゃぁ、あと一発討てば今度こそ死ぬかもしれないわね……」

 一人言のように亜利砂は呟き、弓を構え、呪文を口にする。

「―――汝と契約を結びし古の神よ。汝の願いを叶え、目の前の敵を滅ぼせ《朱雀の禊》」

 今度こそ目の前の敵を跡形も無く葬る為に彼女はさらに自分の魔力を込める。

 そして。


「さようなら拓哉君」


 彼へと攻撃を放った。

 朱雀は飛行しながら、嘴を開く。その嘴の中から炎が渦巻くのが見えた。拓哉は目の前に放たれる伝説の鳥を凝視しながら思わず歯噛みする。

 《生命の源》での回復はまだ終えてはいない。

 それに今体を無理矢理動かそうとしても、どの道朱雀のスピードを交わせそうにもない。

 今度こそ終わりだ……。

 そう思った瞬間、同時に彼の背後から鋭い声が発せられた。


「――汝の盟約に従い、彼の者を護れ!蒼き宝石のサファイヤ・ローズ


 拓哉の目の前に青いスペードの形を基準とした魔方陣が現れ、間一髪に朱雀の放たれた火炎放射を防いだ。

 それと同時に彼の前へと一つの影が躍り出た。

 それは神宮時アリスだった。

 朱雀の熱風を受けながら金髪のツインテールとスカートの裾を靡かせ、彼女は手にしていた剣を魔方陣の方へと水平に向け、

「―――汝に立ちはだかる敵を滅ぼせ、蒼き剣の宝石サファイヤ・スペード

 朱雀へと叫び、呪文を放った。

 剣の刃に刻まれた英文が光輝き、剣から一条の青い光が放たれ、朱雀の火炎放射を圧し、朱雀の体を穿った。朱雀は赤い光の奇跡となり、空中に溶けて消え去った。


 亜利砂はアリスを見ながら憎々しげに言った。


「やっぱり現れたわね。神宮時アリス」

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