終演での世界での始まり12
イギリスのとある街の路地裏に二人の男女がいた。
一人は青年で、もう一人は見た目16歳くらいの小柄な少女だった。
日も落ち、薄暗い路地裏の中に青年は石畳の上に倒れており、その青年に少女は急いで駆け寄ると少女は必死で青年へと呼びかけた。
「智也! 智也しっかりして!!」
青年の白いシャツの腹部の上から真っ赤な血が徐々に滲んでいき、それは床へと広がりつつあった。
「あ……りす……悪い……ヘマしてしまったみたい……だ……」
青年は額から血を流し、体の痛みを堪えながらも、軽く笑った。
少女はそれを見、彼が痛みに堪え自分を安心させる為に作った表情だと一瞬で見抜き、泣きそうになりながらも彼に怒りをぶつけた。
「どうして、どうして一人で行ったりしたの!! そんなに私が頼りなかったの!?」
彼女は本当は知っていた。
彼が一人で敵のところに向かっていた理由を。
そして、彼女を彼は巻き込みたくはなかった理由を彼女は知っていた。
そして少女は顔を苦痛に歪める。
もう彼は助からない。
それは彼の体から流れる血がそう物語っていた。
どうして自分はこんなにも無力なのだろうか……。
どうしてこんなにも……。
涙が出そうなくらいに情けなく、歯痒く感じる彼女に彼はふっと小さく笑った。
「はは。また……あり……すに怒られちまったな……」
「こんな時に……何言っているの!……」
青年へと少女は強く言う。だが、その言葉の最後は涙で震えていた。
そんな少女に青年は僅な力を振り絞って、ズボンのポケットからある物を取り出し、震える手で少女の掌にそれを乗せた。
少女はそれに視線を落とした。そして思わず目を見張った。
それは金色の懐中時計だった。
「もうすぐ……おまえ誕生日だったろ? だからそれプレゼント、な。……このままじゃぁ渡せそうにないからな……」
「なん……で……今渡すのよ。もうちょっと頑張りなさいよ! あなた世界を変えたいんでしょ! このまま死んだりしたら智也の願いは叶わないわよッ!」
「それは困るな……」
「待ってて、いま回復魔術を……」
少女はそう言いながらスカートのポケットから一枚のトランプのカードを取り出し、魔力を込め、魔方陣を展開させようとするが、それを青年の声が制した。
「無駄だ……血がかなり流れているし、何より傷が深い……魔力の浪費になる……。なぁ、アリスけしてお前の事を頼りないとか、信用していないとかじゃない。……お前は俺の自慢の相棒だよ。ただこれは俺が招いたミスであり、自業自得なんだ……だからおまえが気にする事なんて何一つもないだ……」
「でも、でもこのままじゃぁ、あなたは……それに私智也にまだ返せていない。助けてもらったのに、まだ一つも返せてない!!」
わななく声で少女は青年へと言った。少女の涙の粒が青年の頬にポタリと落ちる。
そんな少女の頭をいつものように撫でようとするが、力が入らずそれは叶わなかった。だから青年は少女へと穏やかな顔をして告げた。
「返せていたよ。俺は……アリスと組んで……戦って……そして一緒に過ごせて楽しかった……たとえそれが少ない時間の中だとしても俺には大切な時間だった……」
少女は彼が少女へと別れを告げているのだと悟った。もう助からないならば、せめて彼女へと別れの言葉を告げる。
彼女が自分自身を責めないように。
彼女が自分の後を追わないように。
少女には生きてて欲しい。ずっと笑ってて欲しい。
何故ならば彼女の笑顔は人を暖かくするそんな最高に可愛らしい笑顔なのだから―――。
例え、この先自分が居なくなった世界で、彼女自身が自分の事を忘れたとしても、その願いはきっと変わらない……。
「わたしも……私もだったよ。……ねぇ智也私に何かして欲しい事ある?」
少女は彼へとにこっと笑った。だが、それは上手く笑えず泣き笑いにも近かった。
「なら、さ……俺の弟と友達になってくれないか?アイツ……ヘタレだからさ、女の子の友達いないと思うんだ。ついでだからデートしてくれたら兄ちゃんとしては嬉しいな?……」
「何よ。それ……」
少しだけ冗談混じりに言う青年の言葉に少女は苦笑した。
それを見て青年はふっとした笑みを溢し、そして押し寄せてくる激痛思わず顔をしかめ、呻いた。
「すまん……アリス……ここまでみたいだ………って泣くなよ。お前が泣くと逝けないだろうが……」
青年は薄れ出す意識の中で手を伸ばし、少女の瞳に溜まった滴を震える指先でそっと拭った。
少女は青年を見詰めながら、その手をそっと握り頭を振った。
「泣いて……なんかいないわ」
「そうか……。アリス……悪い少し寝る……」
「うん。おやすみ智也」
青年の言葉に少女は流れ出る涙を堪え笑顔を無理矢理作り言った。青年はそれを見、瞼をゆっくりと閉じた。
彼にとって自分はちゃんと笑えただろうか?
眠っている青年の顔は穏やかで、それでいてどこか満足した顔をしていた。
「とも……や……」
少女は堪えきれず、顔を上げ、瞳から大粒の涙を流した。
それはまるで幼い子供が大切な母親を失ったかのように泣き叫ぶように……いや、それ以上の感情だった。
少女は今まで生きてきた中で“大切な人を失った”と言う感情を知らなかった。それ以上に、人に、人間に興味がなかった。目の前の死んだ青年はそれを少女に与えた。人としての感情も、普通の生活も、そして他人と触れ合う暖かささえも。
大切な人が死んだ。
ただそれだけだ。それだけで何も変わらない。
人が死んだだけで世界は変わらず、時間は流れていく。
だけどその事実は人の心に残り、また変えていく。
それは少女にとっても例外ではなかった。
薄暗い空からポタリ、ポタリと小さな雫が落ちて行き、それは次第に雨へと変わった。
彼女はその場から動く事はせず、ただただ泣いていた。彼女の体を容赦なく空から雨が降り注ぐ。
それはまるで彼女の今の悲しみを表しているかのようだった―――。
神宮時アリスは一人歩道橋の上にいた。
近くの手すりに触れ、彼女は空を見上げた。空には藍色とオレンジ色の入り交じる美しい色が広がっていた。それは夕方特有の色にも近かった。
彼女は視線を戻し、ブレザーの下にある懐中時計を首から外し、手に取るとそれに視線を落とした。掌の中で懐中時計がキラリと光輝く。
そして彼女はそれを裏返した。その表面にはハートの形をした赤色の魔方陣が刻まれていた。その魔方陣は今の彼女にとってもっとも大切で、かけがえのない物に近かった。
数週間前、彼女はイギリスから日本に戻ってきた。目的は彩和月拓哉に会う為だった。智也の死ぬ間際の言葉が彼女の中で、ずっと心に残っていた。
――俺の弟と友達になってくれないか?――
そう彼は彼女へと言葉を残したのだ。
自分の敵を取れ、自分の死後次の《代表候補者》に付き従えと言う言葉は彼の口から一切出なかった。変わりに出た言葉と言うのは彼の弟の名前だった。
彼が最後の最後まで気に掛けていた彼の弟に会ってみたいと彼女はそう思った。だから日本に帰国したのだ。会って何を話せば良いのかも分からない。実際に会って智也を死なせてしまった事を罵倒されるかもしれない。
だけど、彼女はそれでも良いとさえ思った。
それが護れなかった自分への当然の報いだと思った。
それに彼女は見てどうしても見て見たかったのだ……彼が大切に思っていた家族を――。
そんな中、アリスは彩和月拓哉が《生命の源》の持ち主だと偶然知った。
それと同様に彼が智也の次の《代表候補者》と勘違いされ《関西》の《代表候補者》に襲われている事と共に《関西》の《代表候補者》が智也を殺した事を彼女は知ったのだ。
智也の次に拓哉を連中は狙っている。
その事実を知った彼女はいても立ってもいられなかった。今の自分の実力では彼を護る事は出来ないかもしれない……。
なにしろ智也を殺した相手だ。一筋縄では敵わない事ぐらい考えなくても分かりきっている。
だから彼女は己の魔力をさらに高める為に、懐中時計へと魔方陣を刻み、それに自分の感情を代価にして、力を手に入れた。
今度こそ失敗しないように……。
今度こそ彩和月拓哉を護れるように――と。
拓哉と初めて学校の廊下で出会った時アリスは内心安堵した。と、同時に驚愕した。ずっと探していた存在が、まさかこんな近くにいるとは思わなかったのだ。
今思えば智也は全てを知っていたのかもしれない。
だから彼は同じ学校に通っている弟と友人になってくれと言う意味で彼女へと言ったのかもしれない……。
だけど彼女はそれをせずに彼を護る事を選んだ。
それは今に思えば自分のエゴに近かった。敵の魔術師を倒す為に彼の友人達を疑った。それは当然の事だった。《代表候補者》ならば、いつ、どのような形で狙われ、命を落とすのか分からない。一人でも怪しい人物がいるならば疑うのが当然だ。
それが自分に親しい友人、親兄弟でも例外ではない。人間は切っ掛け一つさえあれば簡単に裏切り、相手を貶めたりする。それはあっさりと突然に……。
全ての人間がそうだとは言えないが、彼女が知る人間の智也以外は全てそうだった。
だが、拓哉はそれを否定した。
結城亜利砂を大切な友人だと言ってアリスの言葉を否定し、あろうことかアリスとの協力関係を一方的に絶ち切ったのだ。
拓哉と智也は違う。
拓哉は圧倒的に甘いのだ。
自分が信用し、信頼している人間は一切疑わない。それはこの魔術の世界では酷く甘い事であり、自殺行為にも等しい。
だけど、それは彼の優しさの一つでもあった。
この世界で何一つ犠牲も無しに何かを護れるなんって事は一つも無い。
それは変わらない事実だ。
現に亜利砂と何度か彼女は接触しているが、彼女は何処か違和感がある。
明るく、人当たりが良く、面倒見が良いクラスの委員長的な存在なのだが、彼女の表情はどこか嘘臭いのだ。
アリスは顔を上げ、視線を街並みへと向けた。
そこには幾つもの建物が立ち並び、道路の上には何台ものバス、車が走っていた。幾つかの建物にポツ、ポツと明かりが灯り始める。柔らかい風が吹き、アリスのツインテールが微かに揺れた。
「なかなか上手く行かないわ……」
アリスは落胆しながら、そう小さく呟くように言葉を溢した。
まずは拓哉との関係を修復せねばならない………。
このままでは敵の《代表候補者》付き魔術師を倒すどころか仲間割れも良いところだ。
現に今仲間割れに近い状況だ。それに今思えば……あの時の、あの言い方は冷たかったかもしれない。
こう言う時、“感情”があれば自分は悲しんだ顔をするのだろうか……。
強さを手にする為とは言え、感情を失ったアリスはあの時からずっと無表情のままだった。
その時――。
身体中に電流が駆け巡りアリスは勢い良く後ろの方を振り向く。
彼女の後ろに誰もいなかった。だが彼女は何かを感じ取りそして厳しい顔をし、その場から駆け出した。




