あお
今日は何となく、森の中が騒がしかった
動物たちが落ち着かないようだ
「あるじ、森がザワザワしてる」
いつものように出窓で昼寝しようと上がったかなが、外を見るなり言った
「気になるのかな?」
魔術師はかなと一緒に森を眺めてみるが特に違いは感じなかった
「ぼくは大丈夫だけど、あるじや、お母さんが困ると嫌だから見に行ってくる」
「私も一緒に行こう」
かなは魔術師を振り返り、困ったような顔をした
「大丈夫だよ、私も自分の身くらい守れるから」
魔術師はかなの頭を撫でながら言った
「なんかあったらぼくがあるじを守るから!」
頼もしく宣言するかなに魔術師は微笑んだ
迷いなく進んでいくかなの後から魔術師がついて行った
かなは「ザワザワしている」と言っていたが、魔術師にはいつもよりも森が静かに思えた
まるで森中が、静かに様子を伺っているようだ
「あるじ、ここ」
背の低い茂みの前にかなが立ち止まった
「この奥にいる、ぼく見てくる」
止めるまもなくかなは茂みに入っていった
しばらくすると困惑顔のかなが戻ってきた
「あるじ………なんかいた」
「なんか、なの?」
魔術師も意味が分からず聞き返した
「来て、大丈夫だから」
魔術師が茂みをかけわけ、かなについて行くと奥に動物が居るようだ
木の洞に隠れるように、かなよりも小さな青みを帯びた毛並みをした動物が見えた
かなが体勢を低くしそっと近付いて行った
ゆっくりとかなが前足を伸ばし、触れた
その小さな動物は固まったまま動かない
ちょんちょん
かなは前足で頭に優しく触れた
それでも動かないことに、かなは困惑していた
「あるじ、動かないよ」
「私が見よう」
かなが場所を空けると魔術師はかがみこみそっと手を伸ばした
暖かい、鼓動もあるようだ。だが…
固まったまま魔術師に抱き上げられ膝の上に乗せられた
暗いところから明るいところへ移動させられたからなのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返した
かなが「なんかいた」と言った意味がわかった
この動物はこの森の動物でも、自然界に存在するものでも無い
魔術で人工的に作られた動物だった
誰が何の目的で………
「きみ、あおいね」
かなが小さな動物の鼻先まで近付き言った
キュッと小さな動物が鳴く
「そう、きみの色、あおい」
かなとは意思の疎通が取れているように見えた
「かな。この子を連れて帰ろう、伝えられるかな?」
「あるじが一緒に帰ろうって。だから一緒にいこう」
キュッ
魔術師には返事をしたように聞こえた
「大丈夫みたい、帰ろう」
「このまま抱っこして帰るからね」
小さな動物にそう告げると、魔術師は抱き上げた
すると、魔術師の指を小さな前足でぎゅっと握り、顔を見あげキュッと鳴いた
「さあ、帰ろう」
魔術師はかなと小さな動物にそう声をかけると、塔に向かって歩き出した
「お母さん!」
かなが走り出した
今日は、お母さんがかなのために焼き菓子を届けに来ると言っていた
扉の前で親子で待っていたようだ
「かなちゃん、お帰りなさい。約束のお菓子持ってきたのよ」
お母さんがかなを見て嬉しそうに手を振った
かなはお母さんの足に擦り寄る
「くるみ」
お母さんに名前を呼ばれると
「かなちゃん、お帰りなさい。持ってきたよ」
くるみはかなの前にかごを差し出した
「いい匂い、美味しそう」
かなはカゴに頭を入れそうな勢いで匂いを嗅いだ
「中へどうぞ」
魔術師は扉を開けると親子を招き入れた
「あるじ、くるみがくれるって。食べていい?」
家の中に入ると我慢できないかなが言った
「かな、ひとつにしようか。後はみんなで座って食べよう」
「わかった」
くるみがひとつ包みから出し、かなの口元へ差し出した
幸せそうに食べるかな
かなが美味しそうに食べるのを見届けると、みのりが言った
「その子も聖獣様ですか?」
魔術師は自分が抱いている動物の事を思い出した
「いえ、この子は森で迷子になっていたのをかなが見つけたので連れてきました。動物ですよ」
「うさぎ、でしょうか?何を食べますか?」
「うさぎとも違うようですが、近縁種では無いかと思います。何を食べるんでしょう?」
みのりの問いかけに、魔術師も考え込んだ
「うさぎと同じなら草や野菜を食べると思います。かなちゃんは、聖獣様ですがトイレしますか?」
「ぼく、しないよ」
「では、トイレも必要ですね。魔術師様教えられますか?」
困ったような顔をする魔術師にお母さんはいった
「私がしばらくその子のお世話に通ってきてもよろしいですか?」
「お母さん、その子『あお』ちゃんだよ。私も来る!」
くるみの言葉に、魔術師がかなに振り返り聞いた
「かな、名前聞けたの?」
「聞けないよ、あおうまく話せないし。あおはあおいからあお」
「かなが名付けたんだね」
かなは得意げに言ったが、魔術師は少し困り顔になった
「くるみちゃんとみのりさん、かながあおをうちの子にするそうなのでお願い出来ますか?」
「はい!かなちゃん毎日来るからね」
くるみは嬉しそうだ
「魔術師様、他にも必要なことがあればお手伝い致しますので仰って下さい」
「みのりさん、ありがとうございます」
みのりは優しく微笑んだ
「私の名前をご存知だったのですね」
「村の人ならだいたい知ってます。すみません、よろしくお願いします」
魔術師はみのりとくるみに一礼した
「お茶にしましょう。あおちゃんには果物を切りましょうね」
みのりはぱちんと手を打つと支度をはじめた
「私も何か……」
魔術師が手伝おうと立ち上がった
「魔術師様はあおちゃんのトイレになりそうな箱を探してください。後で砂と藁を入れましょう」
固まったままのあおを受け取りみのりは言った
カゴの中のお菓子を取り出すと、その中にハンカチを敷き、あおを入れカウチに置いた
「あおちゃんはここで待っててね、あおちゃんが驚かないように、かなちゃんとくるみも静かに待っててね」
「はーい」
くるみもカウチに座った
かなはあおの入ったカゴを抱え込むようにゴロンと横になった
その姿はまるで小さい子を守る兄のようだった
魔術師がリビングに戻ると、みのりが手早くお茶の準備をし、お菓子を並べた
「これで大丈夫でしょうか」
魔術師は浅い木箱を差し出した
「ありがとうございます、座ってゆっくりして下さい」
みのりは木箱を受け取ると外へ出ていった
魔術師は椅子に座りカップを手にした
静かだと思ったらカウチに座るかなとくるみ、カゴの中のあおまでが眠っていた
今日は驚くことばかりだった。皆、疲れたのだろう
魔術師は魔導書を手に取ると読み始めた
いい匂いがする。魔術師がふと顔をあげるとみのりが何かを深鍋で作っているようだ
かな達も起きて、あおを相手に何か話していた
どうやら、あおが果物を食べているのを見守っているようだ
魔導書を閉じて立ち上がると、みのりがこちらを振り向いた
「集中しておられたので、お声をかけませんでした。シチューを作りましたので夜ご飯にかなちゃんと食べてくださいね。あおちゃんのトイレはそちらです。」
「色々ありがとうございます」
「こちらこそ、いつも村のためにありがとうございます」
魔術師の礼にみのりは深々と頭を下げて返した
「明日の昼過ぎにまた参ります。くるみ、帰りましょう」
「え!帰っちゃうの?」
かながみのりの足元へ走ってきた
「暗くならないうちに帰らないと。かなちゃん、明日もまた来るからね」
みのりはかなと視線を合わせるとかなの頭を撫でながら言った
「わかった、また明日ね」
かなが答えるとみのりがくるみと手を繋いだ
「お母さん、あおちゃん果物食べられたよ!」
くるみが繋いだ手を揺らしながら嬉しそうに言った
「それは良かったね、あおちゃん食べてくれてありがとう」
みのりがあおに声をかけるとキュッと小さく鳴いた
「かなちゃん、あおちゃん。バイバイ」
くるみが手を振りながらみのりと帰って行った
かなはその姿を見送るとあおの隣へと戻った
「かな、温かいうちにシチュー食べようか」
「うん、お母さんのシチュー美味しそう」
パンを用意し、かなと席に着くと、あおもこちらに寄ってきた
かなの隣でくしくしと毛繕いをはじめるあお
よくかなに懐いていた
あおはだいぶ落ち着いたようだと魔術師は安堵した
シチューをひとくち食べると、ふぅ、とため息が出た
温かい。そして美味しかった
温かな食事を用意してもらうなんていつぶりだろうか
「あるじ、美味しいね」
かながニコニコしていた
「そうだね、美味しいね」
そう、素直に言葉になった




