村長代理
雪が降り出す前に、魔術師は村へ薬を届けに向かうことにした
冬の間、村人たちが困らないよう、まとめて渡しておくのだ
「ぼく、お母さんのところに行ってるね」
村へ着くなり、かなはいつものように、まるで自分の家に帰るかのような足取りで、真っ直ぐみのりの家へと駆けて行った
魔術師は、冬の弱い陽射しを受けて輝くかなの後ろ姿を穏やかに見送り、それから村長の家へと向かった
村長にひと冬分の薬を手渡すと、村長はどこか言いにくそうな表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた
「今年は村が豊作だったこともあり、領主様から年貢を納める量のご相談と、聖獣様の噂についてご説明申し上げるよう呼ばれております。村長代理には、はるきが向かうことになっております。しかし、まもなく雪が降り出すでしょう。そのことをみのりがとても心配しておりまして」
「わかりました。今からみのりさんの家へ向かいますので、詳しく話を聞いてみます」
魔術師はそう答え、村長と別れると、みのりの家へ足を向けた
家に着くと、先に着いていたかなが、まるで自分の家であるかのように誇らしげに魔術師を出迎えた
中へ入ると、みのりと夫のはるきが、深刻そうな表情で話し合っていた
「領主様からのお呼びだから、行かないわけにはいかない」
「でも、もうすぐ雪が降り出します。街まで行けても、雪解けまで戻っては来られません」
「それでも行かなければ、反逆と見なされる」
「……それは、そうですね」
言葉を落としたみのりは、耳を伏せ、心配そうに見上げるかなに気がついた
「お母さん、困ってるの?」
「そうね、心配ね」
みのりはかなを抱き上げると、その頭を優しく撫でる
「あるじ、何とかならない?」
かなは魔術師を見上げた
「ぼくなら雪でも大丈夫。行けるよ!」
「かな……」
魔術師は困った顔でかなを見つめ返した
確かに、かななら雪豹の姿になれば、雪深い道でも難なく進めるだろう
その時だった
かなは何かを思いついたように、ぱっと表情を輝かせた
「街なら、美味しいもの、たくさんあるよね!」
その一言に部屋にいた全員が思わず笑みをこぼした
「かな」
「かなちゃんたら」
かなはみのりの腕の中で立ち上がり、しっぽをゆらゆらと振った
その顔は、にこにこと嬉しそうにしている
「かながこう言っていることですし、私が行きましょう」
魔術師がそう申し出ると、みのりとはるきは何度も頭を下げ、感謝の言葉を口にした
「かなちゃん。ありがとう」
そう言うみのりの頬へ、かなは甘えるようにすりすりと頬を寄せた
「私たちに出発の準備を手伝わせて下さい」
みのりからの申し出に、かなが目を輝かせた
「お母さん!サンドイッチ食べたい」
「かなちゃんサンドイッチ好きだものね。出発の前の日に届けましょう」
みのりの言葉にかなは嬉しそうにしっぽをゆらゆらと揺らした
後日みのりとくるみが塔を訪れた
街へ行く前に、日持ちのする食べ物や焼き菓子を渡しに来たのだ
「魔術師様お父さんのかわりに街へ行ってくれてありがとうございます」
くるみが魔術師に礼を言った
「かながくるみちゃんたちを助けたかった。私もたくさんお世話になっているからね」
魔術師はくるみの頭を優しく撫でた
くるみは魔術師を見上げニコリと笑うとかなのそばへ駆け寄る
「かなちゃん。お母さんと一緒に焼き菓子を作ったから、街へ行きながら食べてね」
くるみはかなにかごを差し出した
「くるみ。ありがとう」
かなはしっぽを大きく揺らし、嬉しそうにくるみの手へ鼻先を寄せた
出発の朝
見送りに村人たちが集まっていた
みのりから魔術師へ、かなが望んだサンドイッチが手渡されると、かなの目がパッと輝いた
「かなちゃん気を付けてね」
「お母さん、ありがとう」
みのりはかなの頭を、名残を惜しむように何度も優しく撫でた
魔術師の下げたポシェットから、あおがちょこんと顔を出している
くるみがそれに気づき、手に持っていたかごから木の実をひとつ取り出してあおに渡した
あおは木の実を両手で抱え込み、キュッとひと鳴きした
くるみは嬉しそうに笑った
「魔術師様、あの……」
くるみが持っていたかごから小さな袋を取り出すと、躊躇いがちに差し出した
魔術師は受け取り、袋を開けた。中には色とりどりの紐──村に伝わる組紐のお守りが入っていた
旅人の安全を祈る結び方がされている
「すごいね、くるみちゃんが作ったの?」
「かなちゃんに渡したくて、お母さんに教えてもらいながら作りました。かなちゃんにつけていただけますか?」
「くるみちゃん、ありがとう。かなにつけられるようにするね」
魔術師はかなの首に合わせられるよう、組紐の結び目を解いた
「かな。くるみちゃんが、かなに旅のお守りをくれたよ」
魔術師がかなの首へ組紐を結ぶ
「かな。似合ってるよ」
かなは得意げに胸を張るとくるみに擦り寄った
「くるみ。ありがとう」
「良かった……。かなちゃん、魔術師様。ありがとうございます」
くるみはほっとしたように息をつき、組紐を着けたかなを見て、また嬉しそうに笑った
「魔術師様。聖獣様方。このたびはありがとうございます。何卒よろしくお願いいたします」
「承知しました。行ってまいります」
村長が魔術師たちへ深く頭を下げた
「それでは、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
村人に送り出され、三人は街へ向かって歩き出した
「あるじ……くるみ、笑ってたけど、寂しいって、泣いてる」
姿が見えなくなっても、かなにはくるみの想いが届いていた
「用事を済ませたら早く帰ろう」
魔術師はかなにそう答えた




