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第48話 星見の観測官は王都へ降りる

◆セレネ視点


天空に最も近い場所、教会本部『星見の塔』。

私は観測用の巨大な水晶板に両手を置き、そこに浮かび上がる星図の軌道と、王都から立ち昇る漆黒の魔力波長を見つめていた。


「……憎悪集積率、83パーセント」


口から出た自分の声が、ひどく冷たく、震えているのが分かった。

あり得ない。いくら『国家公認』という異常な権威を与えられたからといって、一人の人間にこれほど短期間で、これほど巨大なヘイトが集中するなど。


私は書庫から引っ張り出してきた、分厚い羊皮紙の束――過去数百年分の『魔王変生記録』をめくる。

歴代の魔王はすべて、その時代の社会から強烈に嫌われ、迫害され、個人の許容量を超える憎悪を一点に集めた者たちだった。星の理は、閾値を超えた憎悪集積体を『人類のエラー』と認定し、人ならざる化け物へと作り変える。


記録によれば、過去の魔王たちが変生の兆候を示し始めたのは、集積率が70パーセントを超えたあたりからだ。

今の彼の数値は、それを遥かに凌駕している。完全に危険域だ。


「この速度は、歴代のどの魔王をも超えている……」


私は水晶板から手を離し、王都を見下ろす窓辺へと歩み寄った。

空は晴れているのに、私の目には、王都の中心にある小さな代行屋の上に、巨大な黒い雲が渦巻いているように見えた。


観測官の任務は、星の運行を見守り、記録することだけ。下界の事象に直接干渉することは固く禁じられている。

だが、このまま彼を放置すれば、遠からず彼は憎悪に押し潰され、自我を失った厄災へと変貌するだろう。


「……行くしか、ありませんね」


私は星見のローブを翻し、何百年も守られてきた教会の禁忌を破り、ただ一人の男に警告を与えるため、王都へ降りる決断を下した。



「はっくしょん!」


王都の路地裏、〈クビキリ堂〉の事務所。

俺は盛大にくしゃみをして、鼻を擦った。


「おや、所長。ついに王都中の呪いを受けて風邪を引きましたか?」

「馬鹿言え。これは、どこかの誰かが俺の悪口を言って、極上のヘイトを飛ばしてくれている証拠だ。公認後初の大型案件に向けて、俺の悪役としての運気が上がってきている」


俺がピノの軽口を笑って受け流すと、事務所の空気が妙に張り詰めていることに気がついた。

最近、俺の有能な三人のアンチたちの様子が、どうもおかしいのだ。


いつもなら「その考え方は非効率です」と無表情で突っ込んでくるフィオナが、今日は俺の頭上――具体的には俺の髪の毛の生え際あたりを、紫紺の瞳でじっと凝視し続けている。


「おい、フィオナ。俺の頭に何か……」

「……いえ。毛先から1ミリの範囲で、極小の黒色化現象(メラニン色素の異常増殖)を観測しましたが、現在は停止しています。魔力波長の異常な高まりと連動しているようですが……引き続き、監視を強化します」


彼女は何かひどく物騒な単語を並べながら、観察ノートにガリガリとペンを走らせている。ただの白髪の逆バージョンか何かか?


俺が首を傾げていると、今度は窓の外を見張っていたロッタが、剣の柄を握りしめたまま舌打ちをした。


「……まただ。おい、ダン。お前の放つ気配に当てられて、また路地裏に野良の魔物が集まってきているぞ。しかも、殺気を向けてくるのではなく、まるでお前に『服従』するかのように大人しくしている。気味が悪い」

「なんだ、魔物にも嫌われるどころか、ボスの風格が出てきたってことか? 悪役の解像度が上がっていいじゃないか」

「冗談を言っている場合か! これは、明らかに異常な反応だ……!」


ロッタは碧眼に強い警戒の色を浮かべ、窓の外の小さな魔物たちを睨みつけている。

そして、部屋の隅のデスクでは、ノーチェが信じられないものを見るような顔で、分厚い計算書類の束と睨み合っていた。


「……計算が、合いません。いえ、計算は合っているのですが、数字が導き出す結論が、人間の許容できる生物学的限界を突破しています。この数値が意味するものは……」


ノーチェは灰色の瞳を揺らし、何度も計算機を叩き直している。


髪の変色未遂。魔物の異常な懐き。そして、ノーチェが怯えるほどの異常な観測値。

俺にはチンプンカンプンだが、彼女たちにとっては、俺という監視対象が何か得体の知れない存在にクラスチェンジしようとしているように見えるらしい。


「まあ、いいさ。俺がさらに巨大な悪(ヘイトの器)に成長しようとしている証拠なら、大歓迎だ」


俺が呑気に紅茶を啜っていると、事務所の扉が、ゆっくりとノックされた。

ピノが扉を開けると、そこには王都の喧騒には似合わない、深い夜空の色をした星見のローブを纏った女性が立っていた。


「……追放通知代行人、ダン氏ですね」


教会の観測官、セレネ。

彼女は、まるでこの世の終わりを告げる使者のような、ひどく思い詰めた瞳で俺を見据えていた。


【本日のヘイト評――遠方からの観測ヘイト。まだ匂いだけだが、品がある。★4.3】


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