第43話 聖具停止と黒い喝采
慈愛審問庁の厳粛な式典会場。
王都の重鎮たちと多数の警備騎士が見守る中、俺はひどく不機嫌な顔で、壇上の中央に立っていた。
「……以上をもって、ダン氏を『国家公認追放代行人・第一号』に任命する」
主任審問官のグラデルが、重々しい声と共に、羊皮紙の立派な免許証と、真新しい銀色のバッジを俺に差し出した。
俺はため息をつきながら、舌打ち混じりにそれらを受け取った。
「公認、ねえ……。俺みたいな外道に国がお墨付きを与えるなんて、この国もいよいよ終わりだな」
「……頼むから、今日くらいは大人しくしていてくれ。私とて、胃に穴が開きそうな思いでこの式典を執り行っているのだ」
グラデルが小声で懇願してくる。彼も彼なりに、俺という劇薬を国家の管理下に置くことで、何とか社会の体裁を保とうと必死なのだろう。
俺は渡された銀色のバッジを、外套の襟元にぞんざいに突き刺そうとした。
「お待ちください、ダン」
スッ、と。
いつの間にか俺の背後に控えていたフィオナが、俺の襟元に手を伸ばしてきた。
「その位置では、心臓の魔力波長を記録する際のノイズになります。もっと左、胸の奥脈に近い位置に固定すべきです」
「待て、魔術師。式典でのバッジの着用規定は、鎖骨の下三センチと決まっている。そんな歪な位置につけさせるわけにはいかない。私が直す!」
横からロッタが割り込み、フィオナの手を払いのけて自分の指を俺の襟元に這わせようとする。
「お言葉ですが、二人とも感覚的すぎます。物理的、かつ視覚的に最も安定する重心座標は、現状から右下へ四ミリの位置です。私が補正します」
さらにノーチェまでが無表情のまま割り込み、三人の少女の手が、俺の胸元でバチバチと音を立てんばかりに交錯し始めた。
「おい、お前ら……」
神聖な式典のど真ん中で、三人の少女が俺の襟元を巡って静かに、しかし激烈な陣取り合戦を繰り広げている。
周囲の重鎮たちが「なんて破廉恥な……」「公認された途端に女をはべらせるとは……」と呆れたような、あるいは憎々しげな視線を向けてくる。
(……なるほど。俺に与えられた『国家公認』という新しい権威の象徴が、よほど気に入らないらしいな)
俺は胸元で牽制し合う三人の手を眺めながら、深く納得した。
俺をずっと監視してきた彼女たちにとって、国から与えられたバッジなど不純物でしかないのだろう。適当な口実をつけて、あわよくばバッジを破壊してやろうという、実に粘着質で陰湿な妨害工作(監視ヘイト)だ。
「わかった、わかったから少し離れろ。バッジが拉げるだろうが」
俺は上機嫌で三人の手を振り払い、バッジを適当な位置に固定した。
さて、式典もいよいよクライマックスだ。
「それでは、最後に。公認代行人としての誓いを立てるため、祭壇の『聖具』に手を触れていただきたい」
グラデルが促した先には、審問庁が管理する巨大な魔力計のような聖具が置かれていた。宣誓者の魔力と精神の安定を測る、儀式用のマジックアイテムだ。
俺は面倒くさそうに歩み寄り、その白く輝く水晶玉の上に右手を置いた。
――その瞬間。
バチィィッ!!
水晶玉の中から、禍々しい黒い火花が弾け飛んだ。
ギギ、ガガガガッ……!
聖具の内部から金属が軋むような恐ろしい異音が鳴り響き、次の瞬間、水晶玉の光が完全に消失した。
「な、なんだ……!?」
「聖具が……止まったぞ!?」
式典会場が、一瞬にして凍りついたような静寂に包まれ、直後にパニックに近いざわめきが沸き起こった。
以前、審問庁の取り調べで、俺が魔力測定器を割ってしまった時と同じ現象だ。
「あの男が触れた瞬間に、聖具が沈黙した……!」
「やはりあいつは不吉だ! 公認など間違っている!」
「悪魔の化身に違いない!」
会場を埋め尽くす重鎮たちや警備の騎士たちから、俺に向けて恐怖と軽蔑、そして強烈な反発の視線が一斉に突き刺さる。
先日の公開審問で俺に向けられた『同情』や『称賛』の空気が、この異常現象によって見事に吹き飛んでいた。
(……素晴らしい!)
俺は完全に沈黙した聖具を見下ろし、肩を震わせて歓喜の笑いを漏らした。
国家公認という生ぬるい枠組みに収められてもなお、俺の放つ『社会の敵』としての輝きは少しも失われていない。周囲からのこのヒリヒリとするような黒い喝采こそ、俺が求めてやまない極上のヘイトだ。
「安心しろよ、あんたら。公認されようがされまいが、俺はこれからも徹底的に嫌われてやるからな」
俺は恐怖に顔を引きつらせる群衆に向かって、最高に邪悪な笑みを投げかけた。
【本日のヘイト評――式典の黒い喝采。不吉のスパイスが効いている。★5.0】
◆
その頃。
王都から遠く離れた、教会本部の『星見の塔』。
観測官セレネは、天体望遠鏡のレンズから目を離し、手元の水晶板に刻まれた恐るべき数値を前に、言葉を失っていた。
「……憎悪集積率、78パーセント」
王都の式典会場――ダンが聖具に触れたあの瞬間、王都全体に燻っていた彼への恐怖と反発が、一気に彼という『器』へと流れ込んだのだ。
星図の軌道は大きく歪み、すべてが彼を中心とした漆黒の渦へと収束しようとしている。
「……あり得ない。この速度は、歴代のどの魔王をも超えている」
セレネは震える手で、観測記録の羊皮紙を強く握りしめた。
国家公認という枠組みすら、彼に集まる憎悪を止めることはできなかった。いや、むしろ社会のシステムに組み込まれたことで、彼はより効率的に、より広範囲から、高純度の憎悪を吸収する存在になってしまったのだ。
「彼がすべての憎悪を引き受け、人の枠を完全に超えるまで……もう、後戻りはできない」
セレネは暗く淀んだ王都の空を見つめ、静かに、だが確かな恐怖を込めて呟いた。
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