表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/50

第41話 無関心作戦

公開審問の最終日。

大法廷は、昨日までの怒号と混沌が嘘のように、薄気味悪いほどの静けさに包まれていた。


「さあ、始めようか。今日はどんな極上のヘイトを食わせてくれるんだ?」


俺は被告席に座り、検察側のベルディや審問庁の役人たちに向かって不敵に笑いかけた。

だが、彼らは俺の方を見ようともしない。


「……書記官。本日の審問予定の確認を」

「はい。昨日の証拠提出を受け、手続きを進行します」


グラデルが不在の裁判官席で、強硬派の裁判官が淡々と議事を進める。

俺がいくら挑発的な態度をとっても、机を指先で叩いても、彼らは一切の反応を示さない。

俺の名前を呼ばない。

「被告人」とすら呼ばない。

俺の野次や反論は、書記官の記録簿に一行も記載されることはなかった。


これが、彼らが選んだ最終手段。

俺という存在を徹底的に透明化し、社会から消し去る『黙殺』――無関心作戦だった。


(……なんだ、これは)


俺の胃の底が、急激に冷たくなるのを感じた。

群衆の罵声も、保険会社の煮えたぎる憎悪も、今日の法廷にはない。ただ、冷え切った無視だけがそこにある。


「おい、聞いてるのか。俺は社会の敵だぞ。もっと憎め。俺を罰してみろ」


声が、不自然なほど法廷に響かない。

まるで、分厚いガラスの壁に閉じ込められたような感覚。俺の存在が、世界から少しずつ消えかかっているような錯覚。


ドンッ、と。

脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックした。

薄暗い台所。俺の存在を完全に無視して通り過ぎる親の足音。どれだけ泣いても、喚いても、誰の視界にも入らない地獄の底。


(……不味いな)


昼の休廷時間。

控え室に戻った俺は、ロッタが用意してくれた重箱の弁当を口に運んだ。

だが、味がしない。砂でも噛んでいるようだ。


「今日は、なんだか気圧が悪いな……。いや、空腹の質が悪いのか? どうも胃の調子が……」


俺は額に浮かんだ嫌な汗を拭い、どうにか軽口を叩いて自分の震えを誤魔化そうとした。

自分が今、これまでにないほど明確に弱っていることを認めるわけにはいかなかった。俺は、あらゆる憎悪を喰らって笑う、無敵の悪役でなければならないのだ。


「……」


だが、俺の背後でずっと監視を続けてきた三人の少女の目は、誤魔化せなかった。


フィオナは、俺の魔力波長が急激に弱々しく縮んでいくのを観測し、唇を白くなるほど強く噛み締めた。

ロッタは、俺がいつも文句を言いながら完食する弁当の味を感じていないことに気づき、その原因が『毒』ではなく『無関心』であると直感して、剣の柄を握る手を震わせた。

ノーチェは、俺のバイタルデータを示す数字が生命の危機を示すほどに低下しているのを見て、常に無表情なはずの灰色の瞳に明確な焦燥を浮かべていた。


午後。再び法廷の扉が開く。

相変わらず、強硬派の裁判官たちは俺の存在を無視したまま、強引に審問の手続きを終わらせようとしていた。


「以上で、本件の審理を終了し――」


「ダン!!」


静まり返った法廷に、凛とした声が響き渡った。

ロッタだった。彼女は弁護人席から身を乗り出し、群衆と裁判官の視線を一身に集めながら、はっきりと俺の名前を呼んだ。


「ダン! 顔色が悪いぞ! 私が護衛しているんだ、もっと堂々としていろ!」


それに続くように、フィオナが勢いよく立ち上がる。


「ダン。あなたのこれまでの行動記録は、私が完全に保存しています。あなたがこの法廷で何を言い、どれだけ無視されようと、私がすべて記録し、証明します」


最後に、ノーチェが分厚い資料の束を高く掲げた。


「ダン氏。あなたの存在価値は、この数字が証明しています。世界があなたを無視しても、数字はあなたを無視しません」


ダン。ダン。ダン。


静寂の法廷で、三人が次々と俺の名前を呼ぶ。

俺だけを真っ直ぐに見つめ、俺という人間の存在を、強烈な意志で世界に刻み込もうとしている。


その瞬間。

砂を噛むようだった口の中に、唾液が戻ってきた。

冷え切っていた胃の底に、カッと熱い火が灯る。


「……あいつら」


俺は、小さく息を吐き出した。

法廷の権力者たちが束になって俺を無視しようとする中で、絶対に俺の存在を認め、監視し、執着し続けるという強烈な意思表示。


(俺という獲物を誰にも渡さない……。お前たちからの、濃厚な敵意の点滴ってわけか)


これほど頼もしく、そして美味しいヘイトはない。

俺は三人の少女からの、俺の命を繋ぐほどの執着を、見事に最高級の敵意と誤読した。


「……悪いな、お前ら。少しばかり、空腹で目眩がしていただけだ」


俺は被告席から立ち上がり、いつもの不敵な笑みを浮かべて、裁判官たちを睨みつけた。


「俺への憎悪をサボるなよ、無能共。俺はここにいるぞ。俺を嫌え!」


傍聴席の群衆は、俺を無視する権力者たちに対し、三人の少女が必死に愛する男の存在を叫んだのだと理解し、あちこちで感動の涙を流していた。


俺は完全に復活した体調で、極上のヘイト(と誤読した愛情)をたっぷりと味わいながら、この茶番の法廷をどう終わらせてやろうかと、口角を深く吊り上げた。


【本日のヘイト評――無関心。毒。名前を呼ばれた瞬間だけ味が戻った。★測定不能】


========================================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ