第38話 ロッタ、監視を宣誓する
ざわわっ。
フィオナの証言がもたらした「愛の献身」という最悪の勘違いによる熱気も冷めやらぬ大法廷に、グラデルの重い木槌の音が響いた。
「静粛に。……続いての証人は、王都騎士団隊長令嬢、ローレッタ」
「はい」
俺の背後の弁護人席から、ロッタがスッと立ち上がった。
彼女は背筋をピンと伸ばし、群衆の視線を一身に浴びながら、堂々とした足取りで証言台へと向かう。その凛とした横顔には、一切の迷いがなかった。
だが、検察側のベルディが、嫌らしい笑みを浮かべて口を開く。
「ローレッタ殿。あなたは高潔なる騎士団の隊長令嬢であり、ご自身も誇り高き騎士だ。本来ならば、このような社会の不安を煽る男に関わるべきではない。いや、関われば、あなた自身の家名、ひいては騎士団全体の顔に泥を塗ることになりますぞ」
ベルディの言葉は、明らかな圧力だった。
『お前がここで被告人を庇えば、騎士団内での立場を失うぞ』という、暗黙の脅迫。
実際、彼女は俺の隣の部屋に住み着いて監視を始めてからというもの、騎士団の中で浮いた存在になりかけていた。同僚からは奇異の目で見られ、上官からは再三の注意を受けていたはずだ。
「……私の家名や立場がどうであれ、この場における真実は変わりません」
ロッタは碧眼を鋭く光らせ、ベルディの脅しを真っ向から跳ね除けた。
「私は、ダンがこれまで行ってきた辛辣な追放通知の手口を、今でも外道だと判断しています。相手の弱点を容赦なく抉り、言葉の刃で切り裂くやり方は、決して称賛されるべきものではありません」
ロッタが俺の方を向いてビシッと言う。
そうだ。その通りだ。もっと言ってやれ。俺は社会の敵だ。
「しかし!」
ロッタは再び群衆と裁判官席に向き直り、声を張り上げた。
「彼がその外道な手段を用いて、腐敗した組織から真面目な弱者を救い出してきたこともまた、紛れもない事実です! あなた方は、彼の表面的な言葉尻だけを捕らえ、その背後にある結果から目を背けている。彼一人に社会の歪みを押し付けようとしている!」
法廷が静まり返る。
ロッタの強い眼差しが、法廷の全員を射抜いた。
「彼の方法は認めない。だが、彼を正しく見ずに、都合のいい悪役として裁くことは……私の正義が絶対に許さない!」
ロッタの真っ直ぐな言葉が、ドーム状の天井に響き渡る。
俺は被告席で、思わず身震いをした。
(素晴らしい……!)
ただの群衆の無責任な罵声とは違う。彼女自身の確固たる『正義』という絶対的な基準から、俺のやり方を『外道』と断定し、それでもなお真っ向から対峙しようとする。
これは、最高純度の正義からの敵対宣言だ。
「……ローレッタ殿。では、あなたはこの危険な男を、このまま野放しにせよと言うのですか?」
グラデルが苦渋の表情で問いかける。
「いいえ」
ロッタは右手を胸に当て、騎士の礼をとりながら毅然と宣言した。
「彼は放っておけば、すぐにまた誰かの憎悪を被ろうとする不器用な男です。だからこそ、私がこれからも彼の隣に住み、二十四時間体制で監視し続けます。彼が道を踏み外さないよう、私がこの手で彼の行動のすべてを見張る。……ここに宣誓します!」
力強い監視継続の宣誓。
俺は心の中でガッツポーズをした。よし、これで俺への熱烈な監視ヘイトは継続だ。
だが。
「……なんて立派なお嬢さんなんだ」
「家名を捨ててまで、あの嫌われ者のそばに寄り添う覚悟……!」
「彼がこれ以上傷つかないように、自分が盾になるつもりなんだ……!」
傍聴席から、またしても的外れな称賛と感動のどよめきが沸き起こった。
俺の『いい人』ゲージがさらに上昇していく。やめろ、俺は保護されるべき哀れな男じゃない。
「ち、違う! そういう意味じゃない!」
ロッタが顔を真っ赤にして、慌てて両手を振る。
「これは監視業務の一環だ! あいつが変なことをしないように見張るだけであって、決して、その、あいつの側にいたいとか、そういう献身的なものでは……!」
「照れなくてもいいんですよ、お嬢さん!」
「俺たちは二人の愛を応援するぞ!」
群衆の温かい声援に、ロッタは耳の先まで茹でダコのように赤くして、ワワワッとパニックに陥っている。
(なるほど。群衆を味方につけて俺を社会的に追い詰めるための、高度な偽装工作か)
俺は必死に照れ隠しを装うロッタを見て、恐ろしいほどの熱量を持った敵意を感じ取っていた。
正義の名の下に行われる、絶対に逃げられない監視。
俺は極上のヘイトに酔いしれながら、深く深呼吸をした。
【本日のヘイト評――正義の宣誓。熱い。熱すぎて敵意か分からん。★測定不能】
◆
証言台から弁護人席に戻ったロッタは、燃えるように熱い自分の頬を両手で覆い隠した。
『私がこれからも彼の隣に住み、二十四時間体制で監視し続けます』
法廷で堂々と宣言したその言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
群衆からは愛の献身だと囃し立てられ、全力で否定はしたものの、心臓の鼓動は自分でも驚くほどうるさく鳴り響いていた。
彼のやり方は外道だ。だから、正義の騎士として監視しなければならない。
最初は、確かにそう思っていた。それが隣に住み着いた理由だった。
だが、彼が不器用に泥を被り、誰かのために憎悪を引き受ける背中を毎日見続けるうちに、いつしか『監視』という言葉は、ただ彼の一番近くにいるための言い訳にすり替わっていた。
(……監視という言葉では、もう足りなくなっている)
ロッタは剣の柄をぎゅっと握りしめる。
ただ見張るだけではない。彼が理不尽な悪意に押し潰されそうになった時は、必ず自分が盾になる。
それが、恋と呼ばれるものだと自覚するには、不器用な騎士令嬢にはもう少しだけ時間が必要だった。
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