第35話 人工ざまぁ計画
バサリ、バサリと。
静まり返った大法廷に、グラデルが次々と証拠書類をめくる乾いた音だけが響いていた。
「……王立訓練院教師、エルマンの個人研究記録。出版ギルド編集者、ヴェラムの内部通達書。そして、ざまぁ保険会社調査部長、ベルディの承認した未公開の料率テーブル……」
グラデルの口から紡がれる言葉は、ひどく掠れていた。
昨日、ノーチェが提出したデータの裏付けとして、弁護人席に陣取ったフィオナが魔術的暗号を解読し、隠蔽されていた黒い繋がりを白日の下に晒したのだ。
「これらはすべて、点ではなく線として繋がっている。……彼らは特定の生徒や冒険者を意図的に追い込み、計画的に『理不尽な追放』を演出していた」
グラデルの言葉に、傍聴席の群衆がざわめき始める。
俺は被告席に座りながら、この見事な種明かしを特等席で楽しんでいた。
「理不尽に追放された者は、《逆境祝福》が暴発して急激に覚醒する。出版ギルドはその覚醒者を『悲劇から立ち上がった英雄』として美談に仕立て上げ、本を売った。そして保険会社は、その英雄がいつか復讐にやってくるという恐怖を煽り、莫大な保険料を巻き上げていた……!」
グラデルが証言台に立つベルディたちを指差す。
その手は怒りと絶望で小刻みに震えていた。
「お前たちは、社会の不安を食い物にしていたのではない! 自らの手で不安を作り出し、それを管理費用という名目で金に変えていたのだ! これが……優しさを掲げた社会の裏側だというのか!」
『人工ざまぁ計画』。
才能はあるが精神的に脆い若者を選別し、わざと孤立させ、優しい言葉で真綿で首を絞めるように追放する。そして復讐の恐怖というマッチポンプで、国家規模の利益を吸い上げる巨大なエコシステム。
それが、この『祝福市場』の真の姿だった。
「……ふざけるな!」
追い詰められた証言台で、出版ギルドのヴェラムが血走った目で叫んだ。
「我々が社会を回していたんだ! 大衆は分かりやすい悪役と、そこから這い上がる英雄の物語を求めている! 我々がその需要を満たし、ガス抜きをしていたからこそ、この国は平和だったんだ!」
「その通りだ!」
保険会社のベルディも、机を叩いて同調する。
「我々のシステムに多少の犠牲があったことは認めよう。だが、結果的に社会の均衡は保たれていた! それを、こんな部外者の追放代行人が引っ掻き回したせいで、すべてが台無しになったのだ! 社会に憎悪を撒き散らしているのは、このダンという男だ!」
悪党たちの見苦しい責任転嫁。
だが、その必死な叫びは、混乱しきった群衆の心に奇妙な形で火をつけた。
「そ、そうだ……! 保険がなくなれば、俺たちは復讐者に怯えて暮らすしかない!」
「あいつが余計なことをしなければ、今まで通りだったんじゃないのか!?」
真実を知り、自分たちが搾取されていたことに怒る声。
しかしそれ以上に、今まで信じていたシステムの崩壊に対する恐怖が、俺という分かりやすい『異物』への憎悪に変換されていく。
「あいつを裁け!」「社会の敵め!」
法廷は、嵐のような怒号に包まれた。
既得権益を潰された黒幕たちからの煮えたぎる恨みと、平穏を乱された群衆からの理不尽な敵意。
前世の狭いオフィスでは決して味わえなかった、国家規模の分厚いヘイトの濁流が、俺一人に集中して降り注ぐ。
「素晴らしい……!」
俺は両手を広げ、極上の逆恨みを全身で受け止めて嗤った。
これだ。これを求めていた。すべてが俺を憎み、俺を敵として扱う。このヒリヒリとするような生存の実感こそが、たまらなく美味いのだ。
「巨大な逆恨み、いいぞ。もっと来い」
俺が心底嬉しそうに呟いた瞬間。
背後の弁護人席で、三つの気配が異様なほど静まり返った。
振り返ると、フィオナが俺へ向かう憎悪の魔力波長を観測し、すっと表情を消していた。無表情な彼女の、さらに奥にある感情が完全に凍りついている。
ロッタは何も言わず、ただ群衆から放たれる物理的な殺気の射線を遮るように、俺の真後ろに立ち塞がった。
ノーチェは手元の計算機を叩く指を微かに止め、観測値の異常な伸びを記録する手帳の端を、白くなるほど強く握りしめていた。
(おや? 三方向からの圧が静かになったな。俺へのヘイトが群衆に奪われて、ついにアンチとしての戦意を喪失したか?)
俺は彼女たちの沈黙を、完全に敗北宣言だと誤読した。
悪いが、俺への憎悪の主導権は、今この瞬間から王都の群衆と利権の亡者たちのものだ。お前たちの甘ったるい敵意では、もう俺の渇きは満たせない。
俺は上機嫌で前を向き、法廷の熱狂に再び身を委ねた。
【本日のヘイト評――利権の焦げた香り。大鍋だ。飲み干したい。★5.0】
◆
王都を見下ろす教会本部、『星見の塔』。
観測官セレネは、巨大な天体望遠鏡から顔を上げ、手元の水晶板に浮かび上がる数値を信じられない思いで見つめた。
「……憎悪集積率、62パーセント」
その数値は、つい数日前までとは比較にならない速度で跳ね上がっていた。
公開審問の法廷で人工ざまぁの事実が暴露されたことで、王都中の人々が抱えていた社会に対する慢性的な不安、怒り、そして行き場のない憎悪が、まるで巨大な漏斗に吸い込まれるように、ダンというたった一人の男へ向かって流れ込み始めていた。
「星の理が、彼を『器』として認識し始めている……」
その数値は、つい数日前までとは比較にならない速度で跳ね上がっていた。
公開審問の法廷で、人工ざまぁの事実が暴露された。
本来なら、王都中の怒りは、ざまぁ保険会社へ、出版ギルドへ、王立訓練院へ、慈愛審問庁へと分散するはずだった。
だが、星の理は正義や真実を測らない。
誰が悪いかではなく、人々の感情が「誰を見ているか」だけを測る。
法廷の中心に立っていたのは、黒幕たちではない。
笑いながら罵声を浴び、被害者にも加害者にも利権者にも憎まれることを望み、自らを悪役の器として差し出した追放代行人――ダンだった。
人々は腐った制度を憎んだ。
祝福市場を憎んだ。
それでも、その怒りに形を与える顔として、誰もがダンを見てしまった。
王都中の不安、怒り、行き場のない憎悪は、巨大な漏斗に吸い込まれるように、ダンというたった一人の男へ向かって流れ込み始めていた。
「このままでは、彼は憎悪に押し潰されて、本当に……」
セレネは窓の外、黒い雲が渦を巻き始めた王都の空を見つめ、固く手を握り締めた。
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