表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/50

第34話 祝福市場の数字

バサァッ、と。

喧騒に包まれていた大法廷の机に、分厚い紙の束が置かれた。

公開審問も中盤。昨日までの証言で、俺が『社会の敵』なのか『必要悪』なのか、傍聴席の世論は真っ二つに割れていた。

そんな混沌とした空気の中、検察側の席で青筋を立てるざまぁ保険会社の調査部長ベルディに対し、俺の背後の弁護人席からノーチェが立ち上がったのだ。


「これより、被告人ダンの正当性を証明すると同時に、この法廷の前提を覆すデータを提示します」


「なんだその紙切れは! 査定員風情が、会社に逆らう気か!」


ベルディが声を荒らげるが、ノーチェは灰色の瞳に一切の感情を浮かべず、手元の資料から淡々と数字を読み上げ始めた。


「王都における過去五年間の『理不尽追放』の発生件数。それに伴う《逆境祝福》の覚醒率。ざまぁ保険の新規加入率の推移。そして出版ギルドの英雄譚の売上。これらの推移を示したグラフです」


ノーチェが魔法で空中に投影した巨大なグラフを見て、傍聴席からどよめきが起こった。

四つの異なるデータが、まるで示し合わせたかのように、完全に同じ波形を描いて連動していたからだ。


「単なる偶然だ! 追放されて復讐事件を起こす者が増えれば、人々の不安から保険加入が増え、関連の英雄譚が売れるのは経済の常識だろうが!」


「ええ、因果関係としては自然です。ですが、復讐被害額が『事前に予測されたかのように』常に一定の枠内に収まり、かつ特定のタイミングで保険の料率が不自然に引き上げられているのは、統計学的にあり得ません。意図的な市場操作がなければ、このような美しい連動は起きないのです」


ノーチェの氷のように冷たい指摘に、ベルディの顔から血の気が引いていく。

彼女は容赦なく、次のデータを投影した。


「さらに、ダン氏が手がけた『正当な追放案件』のデータです。彼の介入後、対象者の復讐来訪率は限りなくゼロに近づき、復讐被害額は激減しています。彼の追放は理不尽ではないため、《逆境祝福》が発動しないからです」


ノーチェは、感情の抜け落ちた声で決定的な事実を突きつける。


「これは保険会社にとって『不安を煽れなくなる』という明確な不利益です。ダン氏の存在は、あなた方が作り上げた利益のシステムを根底から破壊する。だからこそ……」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! そんなでっち上げの数字など、この神聖な法廷で誰が信じるというのだ!」


ベルディが机を叩いて吠える。だが、ノーチェは微塵も動じない。


「でっち上げではありません。これらはすべて、ベルディ部長、あなたが過去に承認した内部の契約書、料率改定の裏記録、そしてダン氏を社会的に抹殺するため、虚偽の被害申告を指示したあなたの直筆メモです」


決定的な証拠の数々が、次々と裁判長であるグラデルの元へ提出されていく。

グラデルは受け取った証拠書類に目を通し、言葉を失ったように目を見開いた。

言い逃れのできない事実の連打に、ベルディはその場に崩れ落ちる。


俺は被告席に深く座りながら、その光景をうっとりと眺めていた。


「いいぞ……。ただの感情論じゃない、数字と記録で裏付けられた冷徹な敵意。組織の莫大な利益を脅かす俺を、嘘をついてまで論理的に排除しようとするその真っ黒な思惑」


俺を社会的に抹殺しようとする巨大な意志の存在に、背筋がゾクゾクと泡立つ。

ノーチェの奴、わざわざ敵側の手口をここまで詳細に暴き出して、俺がいかに巨大な組織から嫌われているかを、大衆に向けて見事にプレゼンしてくれた。


「数字のヘイトも冷たくていい。最高のアシストだぞ、ノーチェ」


俺が上機嫌で振り返り小さく呟くと、ノーチェはピクリとも表情を変えずに眼鏡を押し上げた。

相変わらずの無表情。まさに冷製ヘイトの体現者だ。


だが、俺から見えない彼女の手元。記録用の手帳の隅には、微かにペンを動かした跡があった。


『ダン氏の役に立てた』


そう書き込みそうになった文字列を、ノーチェは慌てて二重線で消していた。

彼女は数字を信じる査定員だ。業務と無関係な、ましてや恋愛感情のような私的なノイズは、本来ならばエラーでしかない。

だが、胸の奥で静かに燻るこの微熱は、どうしても消去できそうになかった。


「静粛に! 静粛に願います!」


グラデルの木槌が鳴り響くが、一度火のついた群衆の動揺は簡単には収まらない。


「おい、見たかよあの契約書……」

「保険会社と出版ギルドがグルになって、わざと復讐事件を煽ってたってことか?」

「じゃあ、あの追放代行人は悪魔なんかじゃない。俺たちを騙して金を巻き上げようとしてる連中の邪魔をしてただけなのか……?」


傍聴席の群衆が、不安と疑心暗鬼に包まれながら大きくざわめく。

俺を極悪人と決めつけていた世論が、ノーチェの提出した数字によって、さらに決定的に揺らいでいた。


「おいおい、騙されるなよ。俺は純粋な外道だぞ。もっと憎んでくれ」


俺の切実な願いも虚しく、法廷の空気はますます混沌の度合いを深めていくのだった。


【本日のヘイト評――統計の冷たい敵意。氷菓みたいで悪くない。★4.4】


========================================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ