第30話 三人の敵意が甘すぎる
数日後に迫った公開審問。
王都全域に俺の顔を描いた手配書のような布告が張り出され、街は「社会に憎悪を撒く危険人物」を裁くという話題で持ちきりだった。
そんな嵐の前の静けさの中。
〈クビキリ堂〉の事務所は、なぜか普段以上にバタバタと騒がしかった。
「審問庁が提出してくるであろう偽造証拠の魔力波長を特定しました。法廷で術式を解体し、捏造を立証する準備は完璧です」
斜め向かいの席で、フィオナが積み上げた書類の山を前に淡々と報告する。
「当日の法廷周辺の警備計画を引いた。祝福市場の息がかかった連中が暗殺や暴動を企てた場合、私が第一防衛線を構築する。弁当は毒見済みだ」
隣の部屋から出てきたロッタが、図面の書かれた羊皮紙と、やけに豪華な三段重の弁当箱を机に置いた。
「過去十年間の保険会社の不正な資金移動の全記録、及びエルマン氏が行った人工ざまぁ実験の被害者リスト。すべて公的証拠として提出可能なフォーマットに整えました。勝率は99.9パーセントです」
ノーチェが眼鏡を押し上げ、完璧に整頓された数字の束をドンと積み上げる。
「えーと、一応こっちは裁判にかかる諸経費と、万が一所長が有罪になった場合の保釈金の計算です。……まあ、この三人のおかげで出番はなさそうですけど」
ピノが呆れたようにそろばんを弾きながら、肩をすくめた。
「おい、お前ら」
俺は机に山積みになった証拠、警備計画、数字の束、そして豪華な弁当箱を交互に見比べ、大きく溜め息をついた。
「俺は公開審問で、巨大な組織からの理不尽な糾弾と、群衆からの極上のヘイトを浴びに行くんだ。……俺を助けるな。嫌われに行くんだぞ」
そう、今回の公開審問は、俺にとって過去最大規模の『ヘイトの収穫祭』なのだ。
それなのに、こいつらは寄ってたかって俺を無罪にし、安全を守り、名誉を回復しようと躍起になっている。営業妨害も甚だしい。
「却下します。私の観察対象が、不合理な偽証によってシステムから排除されるのは許容できません」
フィオナが紫紺の瞳を細め、冷たく言い放つ。
「ふざけるな! 外道はお前一人で十分だ。社会全体が腐りきってひとりの男に罪をなすりつけるなど、私の正義が絶対に許さない!」
ロッタが腕を組み、熱を帯びた碧眼で俺を睨みつける。
「数字は嘘をつきません。あなたが不当に裁かれることは、私の計算式において最大のバグです。必ず修正します」
ノーチェが感情のない声で、静かに断言する。
……おかしい。
こいつらは俺を監視し、敵視し、陥れる隙を狙っているアンチの急先鋒だったはずだ。
それなのに、なぜこうも必死になって俺を守ろうとするのか。
(……いや、待てよ)
俺は三人の顔を交互に見つめ、一つの仮説に行き着いた。
(こいつら、『俺を社会的に抹殺する権利』は自分たちにしかないと思っているんだな)
自分たちが監視し、記録し、敵視し続けてきた極上の獲物。
それを、ぽっと出の保険会社や審問庁ごときに横取りされるのが許せないのだ。アンチとしての異常なまでのプライドと独占欲。
「……なるほど。お前らの俺に対する敵意は、随分と甘ったるく、熱く、そして冷え切っているな」
俺が一人で納得して頷くと、三人の少女たちは一斉に顔をしかめ、盛大に溜め息をついた。
「所長、本当に頭のネジが数本ぶっ飛んでますね。それ、普通に愛されてるって言うんですよ」
ピノが帳簿の影からボソッと呟いたが、俺は聞こえないフリをした。
素人がヘイトの何たるかを語るな。俺が受けているのは、熟成に熟成を重ねた、極めて高度で複雑な三種盛りの敵意なのだ。
◆
その日の午後。
王都の至る所に、新たな布告が張り出された。
『慈愛審問庁による特別公開審問の告知』
『被告:追放通知代行人 ダン』
『罪状:優しさ憲章違反、不当な言葉による人格侵害、および社会に憎悪を撒き散らす危険行為』
広場に集まった群衆が、その布告を見て口々に俺を罵っている。
「あいつのせいで、真面目に働いていた若者が絶望したらしいぞ」
「なんて冷酷な男だ。追放なんて、この時代に許されるはずがない」
「早く裁かれて、社会から消えてしまえばいい」
街中から向けられる、純粋で無責任な悪意。
保険会社が用意したサクラも混じっているだろうが、それでもこの規模のヘイトは圧巻だ。
「いい匂いになってきたな」
俺は外套のフードを深く被り、群衆の罵声を心地よい音楽のように聞き流しながら、〈クビキリ堂〉への帰路についた。
後ろには、俺の『アンチの急先鋒』である三人の少女たちが、俺の背中を守るようにして、静かに、そして頼もしくついてきている。
いよいよ、明日。
俺のこれまでの追放代行業務の集大成であり、巨大な祝福市場との全面対決となる公開審問が始まる。
胃の奥が熱くなるような、最悪で最高の舞台が、俺を待っていた。
【本日のヘイト評――三種盛り。甘い、熱い、冷たい。敵意とは何だったか。★測定不能】
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