第29話 英雄譚を捏造する編集者
バサァッ!
朝一番の〈クビキリ堂〉の机に、分厚い雑誌や新聞の束が叩きつけられた。
持ち込んだのは、出版ギルドの重役を務める初老の男だ。彼は周囲を気にするように外套のフードを深く被り、疲労困憊といった顔つきで俺に頭を下げた。
「ダン殿……我がギルドの人気編集者、ヴェラムを追放していただきたい」
出版ギルドといえば、ざまぁ英雄譚を世に広め、この飼い殺し社会の空気を作り上げた元凶の一つだ。
その重役が、わざわざ『社会の敵』である俺のところに自組織のエースを売りに来るとは。
「表向き、彼は売れっ子だ。だが裏では、売上を伸ばすために意図的にパーティの対立を煽り、被害者と悪役を都合よく作り上げている。やり方が腐りきっているのだ」
「なるほど」
俺は雑誌の表紙を飾る、悲劇の顔を作った若手冒険者の記事を指先で弾いた。
「祝福市場の宣伝塔、というわけですね。いいでしょう、引き受けます」
俺が立ち上がると、背後から無言で三人の少女たちが立ち上がり、当然のように同行の構えを見せた。
◆
出版ギルド本部、ヴェラムの執務室。
俺たちが扉を開ける直前、中から甘く滑らかな男の声が漏れ聞こえてきた。
「いいかい、君。ただの円満脱退じゃ本は売れない。理不尽に捨てられ、泥水をすすり、そこから覚醒する。それが読者の求めるものなんだ。君は『悲劇の主人公』になるべきだ」
「で、でも……リーダーは俺のために言ってくれただけで……」
「馬鹿だな。真実なんてどうでもいい。君が理不尽に追放された方が、君の人生は確実に売れるんだよ」
若手冒険者を言葉巧みに洗脳し、架空のざまぁ劇をプロデュースする。まさにゲスの極みだ。
俺は躊躇いなく扉を蹴り開け、執務室に足を踏み入れた。
「――物語の創作活動中にお邪魔するよ、売れっ子編集者殿」
「なんだ、君たちは……?」
派手なスーツを着こなした細身の男、ヴェラムが目を丸くする。
だが、俺の顔と、背後に立つ三人の少女たちを見た瞬間、彼の目は獲物を見つけたハイエナのようにギラリと輝いた。
「おお! 君は追放通知代行人のダン! なるほど、これは素晴らしい!」
ヴェラムは興奮したように両手を広げ、劇的な身振りで俺たちを指差した。
「社会の敵である外道な男と、彼に魅入られてしまった哀れで美しい女たち! これは売れる! 君たちの関係性を『外道に支配された悲劇のヒロイン』として記事にさせてくれないか!? 間違いなく今月のトップを飾れるぞ!」
その言葉が執務室に響いた瞬間。
俺の背後で、三つの明確な殺意が膨れ上がった。
ピキキキッ!
フィオナの頭上にある魔力灯が激しく明滅し、周囲の気温が氷点下まで下がる。
ギリッ……。
ロッタが鞘の中で剣を鳴らし、一切の感情を消した碧眼でヴェラムを睨み据える。
ポキリ。
ノーチェの手の中で、記録用の硬質なペンが真っ二つに折れた。
「俺に支配された悲劇のヒロイン、か」
俺は彼女たちから放たれる圧倒的な威圧感を背に受けながら、思わず口角を吊り上げた。
「俺を悪役にする編集者。なかなか才能があるな」
俺が本気で感心して笑うと、三人の少女たちが一斉に冷ややかな溜め息をついた。
だが、仕事は仕事だ。俺は手元の調査書類を開き、ヴェラムに向かって淡々と事実の列挙を開始した。
「先月十日。君は『暁の剣』パーティの些細な諍いに介入し、リーダーを悪役に仕立て上げてパーティを解散に追い込んだ。さらに先週、悪役にされた男が絶望して首を吊りかけた事実を、記事の売上に響くという理由で握り潰している」
「それがどうした! 大衆は分かりやすい悪役の転落を求めているんだ!」
「君が作った『英雄』は、他人の人生を壊して作られたただの贋作だ」
俺は書類を閉じ、ヴェラムの薄っぺらいプライドのど真ん中に言葉を突き刺した。
「あなたは物語を作っていない。他人の傷口に見出しを貼っているだけだ」
「なっ……!」
「――以上の理由により、貴殿を追放する」
俺が追放宣告を下すと、ヴェラムは顔を真っ赤にして執務室を飛び出し、ギルドのロビーへと駆け出していった。
「皆、聞いてくれ!!」
ロビーに集まっていた冒険者や職員たちに向かって、ヴェラムが悲劇の主人公のような顔で叫ぶ。
「言論の弾圧だ! この外道な追放代行人が、真実を伝える私を不当に追放しようとしている! 皆、騙されるな!」
群衆を煽り、数の力で俺を悪者にしようとする見え透いた手口。
俺はロビーの階段の上から彼を見下ろし、ノーチェから受け取った裏帳簿と契約書の束を、ロビーの宙に向かってばら撒いた。
ひらひらと舞い落ちる書類。
それを拾い上げた冒険者たちの顔が、次々と驚愕と怒りに染まっていく。
「な、なんだこれ……『やらせ追放の報酬分配契約』?」
「俺たちの仲間が悪役にされたのも、こいつの捏造だったのかよ!」
「筆跡鑑定は完了しています。すべて、ヴェラム氏本人の直筆です」
ノーチェが階段の上から無表情に宣告すると、ロビーの空気は一変した。
先ほどまで彼を庇おうとしていた群衆の目が、一瞬にして冷酷な軽蔑の眼差しに変わる。
「ち、違う! これは何かの間違いだ! 私は大衆のために……!」
後ずさるヴェラムに、俺は皮肉の活路を提示した。
「その口八丁と妄想癖があるなら、裏路地の酒場でホラ話でも弾き語ればいい。誰も本気にしない分、誰の人生も壊さずに済むぞ」
ヴェラムは絶望に顔を歪め、群衆の冷たい視線から逃げるようにギルドから転がり出ていった。
彼が逃げた後に残された執務室を調べていたフィオナが、机の裏から分厚いファイルの束を見つけ出した。
「ダン。これを見てください」
「ん? これは……」
それは、出版ギルドとざまぁ保険会社、そして王立訓練院が交わした、裏の資金提供と利益分配を示す詳細な契約書だった。
祝福市場の連携を証明する、決定的な追加資料。
これがあれば、奴らの作り上げた腐敗のシステムを根底から揺さぶることができる。
「極上のヘイトが、いよいよ形になってきたな」
俺はファイルを手にして、心底嬉しそうに笑った。
【本日のヘイト評――印刷インクと逆恨みの香り。商業的で悪くない。横から三人分の殺気。★4.8】
◆
王都を見下ろす、教会本部の『星見の塔』。
観測官セレネは、巨大な天体望遠鏡のレンズ越しに、王都の一点から立ち昇る黒いオーラを静かに見つめていた。
「……観測値、上昇確認。あの男の周辺で、悪意と執着の密度が臨界点に近づいている」
彼女の手元の羊皮紙には、複雑な星の軌道と、それを示す数式がびっしりと書き込まれている。
憎悪集積体としてのダンの成長は、もはや教会の予測すら上回る速度で進んでいた。
「彼がすべての憎悪を引き受けた時、星は彼を『人類の敵』と認定する。……時間は、もうあまり残されていない」
セレネは窓辺に立ち、冷たい夜風に銀色の髪を揺らしながら、遠く離れた〈クビキリ堂〉の方向を憂いを帯びた瞳で見つめ続けていた。
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