第3話 宮廷魔術師団の爆弾少女
ドサッ、と分厚い羊皮紙の束が机に置かれた。
「どうか、彼女を追放していただきたい……! このままでは、我が魔術師団は崩壊します!」
目の前で頭を抱えているのは、王城に務める宮廷魔術師団の幹部だった。
立派なローブを纏っているが、その目の下には深い隈が刻まれ、頬はげっそりとこけ、胃の痛みに耐えるように腹を押さえている。
冒険者ガルドの決闘騒ぎから数日。
〈クビキリ堂〉には、厄介払いを外部に丸投げしたい組織からの依頼が次々と舞い込んでいた。
中でも今回のクライアントは、国家の最高魔術機関という大口だ。
「落ち着いてください。対象者は、入団したばかりの候補生ですね?」
「はい。フィオナという名の、十九歳の少女です。……魔術の才能に関しては、百年に一度の天才と言っていい。ですが、それ以外が全て終わっているのです」
幹部が震える手で差し出した資料を、俺は淡々とめくっていく。
そこには、目を疑うような問題行動の数々が記されていた。
共同術式の無断改造による暴走事故。
魔力炉の安全規定を完全に無視した過剰接続。
報告書の未提出は常習。
そして何より、同僚や先輩魔術師に対する、容赦のない暴言の数々。
「なるほど。立派な問題児だ。規定違反でクビにするには十分すぎる理由が揃っている」
「それが……できれば苦労はしません。彼女のような天才が、もし理不尽な追放を理由に《逆境祝福》で覚醒でもしてみろ。王都の半分が火の海になります!」
ざまぁが成立して復讐されれば、組織が終わる。
だから怖くて誰もクビを切れない。典型的な飼い殺しの構図だ。
前世の日本のオフィスでも、誰も扱えない腫れ物社員が放置される光景は腐るほど見たが、魔法という火力が加わると途端に命に関わる問題になる。
「安心してください。俺の仕事は、事実を並べ、正当な理由で相手を切り捨てること。そこに『理不尽』が入り込む余地はありません。ざまぁの法則は発動しない」
俺は分厚い資料を指先で叩いた。
「少し、現場を視察させてもらいましょうか。上物のヘイトの仕込みです」
◆
宮廷魔術師団の第一訓練場。
そこは、まるで凄惨な戦場の跡地のようになっていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
「もう、魔力が……もたない……!」
石畳の上には、数人の若手魔術師たちが泡を吹いて倒れ伏している。
彼らの中央で、ひとりだけ涼しい顔をして立っている少女がいた。
銀灰の髪に、深淵を思わせる紫紺の瞳。
華奢な体躯をゆったりとしたローブに包んだ彼女――フィオナは、手元の術式盤を見つめながら、感情の抜け落ちた声で呟いた。
「計算が合いません。なぜあなたたちの魔力出力は、規定値の六割から急激に低下するのですか? これでは共同術式の変数が乱れます」
「お、お前が無茶苦茶な魔力パスを繋いだからだろ……! 人間の許容量を超えてるんだよ!」
倒れた先輩魔術師の悲鳴に、フィオナは微かに首を傾げた。
「理解不能です。私は最も効率的な最適解を提示しただけです。あなたたちの出力不足というエラーを、私の責任に変換しないでください」
悪気など一切ない。ただ純粋な事実として、周囲を見下している。
彼女にとって、他人は術式を構成するための歯車――それも、すぐに出力が落ちる不良品のパーツ程度の認識なのだろう。
訓練場の端からその光景を観察していた俺は、思わず口角が上がるのを止められなかった。
いい。実にいい。
プライドが高く、他者への関心がなく、自己の正当性を微塵も疑っていない。
こういう手合いの足元を掬い、人格を事実で殴りつけて叩き折った瞬間の憎悪は、きっととびきり極上の味がする。
俺がそんな妄想に胸を躍らせていると、不意に、紫紺の瞳がこちらを射抜いた。
「……あなた、魔術師ではありませんね」
フィオナが俺の前に歩み寄り、静かに見上げてくる。
「魔力をほとんど感じない。ですが、幹部たちの魔力波長があなたの背後に隠れている。……推測します。あなたが最近噂になっているという、『外部のエラー排除装置』ですか?」
先日の決闘騒ぎで流れた追放代行人の噂。
どうやら、彼女の耳にも届いていたらしい。
「俺はダン。ただの代行業者ですよ」
「そう。名前はどうでもいいです」
フィオナは俺から興味を失ったように視線を外し、再び術式盤に目を落とした。
「私を追放する気なら、論理的な矛盾のない式を組んでから来てください。もっとも、この程度の組織の許容量では、私の真価を測ることは不可能ですが」
俺に対する感情は、警戒でも敵意でもない。
純粋な『無関心』だ。
――チリッ、と。
視線を外された瞬間、胃の底が急速に冷えていく感覚があった。
前世の薄暗い台所で、親に存在を無視され続けた記憶が一瞬だけフラッシュバックする。
一番嫌いな感覚だ。無関心だけは、飯の味がしなくなるから嫌なんだ。
「……気圧が悪いな。胃薬案件だ」
俺は小さく息を吐き、軽口で自分を誤魔化した。
だが、同時に腹の底から黒い喜びが湧き上がってくる。
今は無関心でいい。
明日、俺がその無関心を、純度百パーセントの殺意と憎悪に書き換えてやる。
天才の傲慢を叩き割り、俺だけを憎むように仕向けてやる。
「楽しみに待っててくれ。とびきりの通知書を作ってやるからな」
俺は背を向け、足早に訓練場を後にした。
◆
「というわけで、明日は大一番だ。書類の不備はないな?」
夜の〈クビキリ堂〉。
魔力灯の薄明かりの中、俺は机の上に並べた大量の調査資料と証拠書類を確認していた。
フィオナが起こした事故の被害額、魔力パスの無断改竄の記録、同僚たちからの聞き取り調書。
どれもこれも、彼女を論理的に解体するための完璧な刃になる。
「書類は完璧に揃ってますけど……」
向かいの席で、事務員のピノが呆れたようなジト目を向けてきた。
「なんだ、その目は」
「いや……所長、顔が悪役です」
ピノがピシャリと言い放つ。
「今、すっごく悪い顔して笑ってましたよ。これから人を社会的に殺しに行く顔です」
「失礼なことを言うな。これは極上のヘイトを味わう前の、美食家の顔だ」
俺はできあがった通知書を丁寧に揃え、革の鞄にしまい込んだ。
「いいか、ピノ。相手は本物の天才だ。だからこそ、孤独を言い訳にして逃げている。そこを事実で的確に刺す。ざまぁが成立する隙なんて一ミリも与えない、史上最も丁寧な人格否定を見せてやる」
「……恨まれて刺されても、労災は出ませんからね」
やれやれと肩をすくめるピノをよそに、俺は窓の外の夜空を見上げた。
いよいよ明日の朝、宮廷魔術師団への乗り込みだ。
あの無関心な紫紺の瞳が、俺への憎悪で怒りに染まる瞬間。
想像するだけで、たまらなく腹が減ってきた。
【本日のヘイト評――仕込み段階。まだ香りだけだが、これは大物。★保留】
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