第27話 解雇通知は親子の手紙になる
商業ギルドの豪華な応接室。
最高級の革張りソファにふんぞり返っていたレオンは、俺の言葉に苛立ちを露わにした。
「現実という名の通知だと? 親父、この無礼な男はなんだ! 俺を誰だと思っている!」
「商業ギルド会頭の息子、レオン氏。君のこれまでの功績を振り返ってみようか」
俺はノーチェが作成した分厚いレポートを開き、事実の列挙を開始した。
「去る四月、君は東部との重要な商談に二時間遅刻し、契約を破棄されかけた。六月には帳簿の桁を間違え、ギルドに金貨三百枚の損失を出している。さらに先月、取引先との約束を平気で反故にし、その責任をすべて同行していた部下に押し付けたな」
「なっ……! それは違う! 遅刻したのは馬車の車輪が壊れたせいだし、帳簿の件だって俺の指示を正確に理解できなかった部下のミスだ! 俺は次期会頭として、常に正しい判断を下している!」
レオンは顔を真っ赤にして立ち上がり、机を叩いた。
自分は悪くない。すべて周囲が悪い。典型的な無能の自己防衛だ。
「そうだな。君の言う通り、周囲の人間は誰も君の失敗を責めなかった。だから君は、自分が正しいと勘違いし続けた」
俺は手元の書類をパタンと閉じ、彼の目を真っ直ぐに射抜いた。
「商談相手が怒りを引っ込めたのも、部下が君のミスを被ったのも、君が優秀だからではない。すべて、君の背後にいるマルクス会頭の威光を恐れての忖度だ。ギルドが裏で金貨三千枚もの損失補填を行っていた事実を、君は知っているか?」
「金貨、三千枚……?」
レオンの顔から、さぁっと血の気が引いた。
「君が無能なのではない。君の肩書が、君の失敗を失敗にさせなかった」
核心の一刺し。
それは、彼の肥大化したプライドを根底から打ち砕く、あまりにも冷酷な事実だった。
「嘘だ……親父、嘘だと言ってくれ! 俺は、俺なりにギルドのために……!」
すがりつくような視線を向けるレオンに対し、マルクス会頭は深く目を閉じ、震える声で絞り出した。
「ダンの言う通りだ、レオン。お前は……ギルドの負債でしかなかった」
「親父……!」
俺は絶望に沈むレオンから視線を外し、今度はソファに沈み込むマルクスへと向き直った。
「会頭。飼い殺しは優しさではありません」
「……ッ」
「息子を傷つけまいと無菌室で囲い、失敗を取り上げなかったこと。それが彼から成長の機会を奪い、どうしようもない勘違い野郎に育て上げた。これは、あなたの親としての責任放棄でもあります」
マルクスは両手で顔を覆い、静かに嗚咽を漏らした。
この追放通知は、息子をクビにするためのただの事務手続きではない。十年間の過ちを清算するための、親と子の痛みを伴う手紙なのだ。
「――以上の理由により、貴殿を追放する」
俺は冷徹に宣告を下し、最後に皮肉の活路を投げ捨てた。
「親の威光が通じない場所へ行け。名前を捨てて、泥臭く行商から始めるんだな。自分の足で歩き、銀貨一枚を稼ぐ難しさを知れば、君のその腐った性根も少しはマシになるかもしれないぞ」
レオンは床にへたり込み、ボロボロと涙をこぼしながら、ただ頷くことしかできなかった。
◆
それから数週間後のこと。
雨上がりの王都で、泥だらけの粗末な服を着た若者が〈クビキリ堂〉を訪れた。
「ダンさん……報告に、来ました」
日焼けして精悍な顔つきになったレオンだった。
彼は小さな革袋を机に置き、深く頭を下げた。
「隣町まで薬草を仕入れに行き、自分の足で売り歩いて……初めて、自分の力で銀貨一枚の利益を出しました。本当に、本当に……ありがとうございました」
彼は清々しい顔で笑い、何度も感謝の言葉を繰り返して帰っていった。
「…………チッ」
俺は深く椅子に座り直し、盛大に舌打ちをした。
「最悪だ。せっかく会頭の息子という極上のヘイトを育てようと思ったのに、ざまぁが成立しないどころか、感謝までされやがった」
俺が本気で不満顔を浮かべていると、背後から三人の少女たちの熱を帯びた視線が突き刺さった。
「対象のエラーを完全に修正し、自己の足で歩くよう最適化した。……残酷な言葉で人を解体し、同時に救済してしまうのですね」
フィオナが紫紺の瞳を揺らし、魔力灯の光をチカチカと明滅させる。
「外道のやり方で、正しく人を救う……。お前は本当に、どうしようもない男だ」
ロッタが呆れたように、けれどどこか愛おしそうに剣の柄を握りしめる。
「救済率百パーセント。会社の利益より、あなたの残す数字の方が、やはり美しい」
ノーチェが眼鏡を押し上げ、灰色の瞳で俺を静かに記録する。
(お、なんだ。感謝されて落ち込んでいる俺を見て、アンチとしての優越感に浸っているのか。いいぞ、その見下すようなヘイトの眼差し)
俺は三人の好意と敬意が入り混じった熱視線を、都合のいい敵意と誤読し、冷めた茶を美味しく飲み干した。
【本日のヘイト評――感謝。最悪だ。ヘイト収支、赤字。★1.2】
◆
「所長って、本当に素直じゃないですよね」
事務所の隅で、ピノは帳簿にペンを走らせながら小さく息を吐いた。
彼はいつも「俺はヘイトが好きな下世話な男だ」とうそぶき、悪役のように振る舞っている。
けれど、ピノがつけているこの帳簿には、彼によって再生した組織や、前を向いて歩き出した人々の数が、確かに記録されている。
所長は聖人ではない。口も悪いし、性格もねじ曲がっている。
けれど、飼い殺し社会の腐敗した優しさの中で、彼ほど真摯に人と向き合い、傷つく覚悟を持って泥を被っている人間を、ピノは他に知らない。
「まあ、うちは赤字でも、彼らの人生が黒字になったなら、いっか」
ピノは帳簿の隅に小さな花丸を書き込み、感謝されて露骨に嫌そうな顔をしている所長の背中を見て、クスッと笑った。
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