第25話 魔物の行列
カサカサカサッ……。
夜の王都、人通りの少ない路地裏。
ノーチェが持ち込んだ危険な内部資料を、ギルドが管理する厳重な地下金庫に預け終えた帰り道だった。
俺の足元で、何かが不気味に蠢く音がした。
「……ん?」
立ち止まって足元に視線を落とす。
暗がりからぞろぞろと這い出してきたのは、野良の影猫や、手のひらサイズの泥スライム、さらには下水道に棲むとされる低級の小鬼たちだった。
ざっと十匹以上の小型魔物が、なぜか俺の後ろをぞろぞろとついてきているのだ。
「魔物の群れ……!? ダン、下がれ!」
護衛として同行していたロッタが、素早く剣を抜いて俺の前に立ち塞がった。
「待て、ロッタ。様子がおかしいぞ」
俺はロッタの肩を制止した。
普通、魔物というものは人間を見れば牙を剥いて襲いかかってくるか、実力差を感じて逃げ出すかのどちらかだ。
だが、こいつらは違う。
影猫は俺のブーツにすり寄ってゴロゴロと喉を鳴らし、スライムは足首にまとわりつき、小鬼たちは俺の外套の裾を小さな手で大事そうに握っている。
「……なんだこいつら。俺の隙を窺っているのか?」
「違います。対象の魔力波長を解析しましたが、敵意は一切検知されません」
背後でフィオナが、微かに不機嫌そうな声を出した。
「敵意がない? じゃあ、なんだって言うんだ」
「……懐いています。それも、異常なほどの引力で」
フィオナが忌々しそうに魔力灯の光を強める。
その光を受けても、魔物たちは全く逃げようとせず、むしろ俺の足元に集まって身を寄せ合った。
「魔物にも嫌われるとは、俺もついに有名になったものだと思っていたが……まさか、懐かれているだと?」
俺は首を傾げた。
人間の社会から嫌われるために日々努力しているというのに、人間社会の敵であるはずの魔物たちから好意を寄せられるとは。
いや、待てよ。
人間社会の敵(魔物)が俺に寄ってくるということは、俺がそれだけ『人間社会の敵』として認定されつつあるということの裏返しではないか。
「なるほど、悪くない。俺の悪名もついに種族の壁を越えたというわけだ」
俺が一人で納得して頷いていると、横から冷ややかな声が聞こえた。
「……過去の文献データと照合中。類似する事象を検索……」
ノーチェが眼鏡を中指で押し上げながら、猛烈な勢いで手帳のページを捲っている。
その灰色の瞳には、かつてないほどの鋭い警戒の色が浮かんでいた。
「ノーチェ? 何か心当たりがあるのか?」
「……過去の『魔王災害記録』に、微かな類似記述があります。ですが、現状ではデータが不足しています。結論を出すには早計かと」
ノーチェはそう言って手帳をパタンと閉じた。
だが、その視線は俺の足元に群がる魔物たちを、ひどく冷酷に見下ろしている。
「シッ! あっちに行け! ダンに気安く触るな!」
ロッタが剣の腹で地面を叩き、魔物たちを威嚇する。
だが、魔物たちはロッタの剣幕にも怯えず、俺の足元から離れようとしない。
「極めて目障りです。私の観察対象に、不純なゴミが群がらないでください」
フィオナの指先からチリチリと冷たい魔力が漏れ出し、路地裏の気温が急激に下がっていく。
「排除を推奨します。彼らがあなたに触れること自体が、論理的なエラーです」
ノーチェまでが、無表情の奥に明確な苛立ちを滲ませていた。
三人の少女たちが、俺の足元に群がるだけの無害な小型魔物たちに対し、異常なまでの敵意と殺気を放っている。
普段なら冷静な彼女たちが、なぜこれほどまでにムキになっているのか。
(……ああ、なるほど)
俺はポンと手を打ち、幸せな結論に行き着いた。
(こいつら、俺へのヘイトを魔物たちに独占されているのが気に入らないんだな)
俺を監視し、記録し、敵視する権利は自分たちにある。
それを、ぽっと出の野良魔物たちに横取りされたような気分になっているのだ。アンチとしての矜持が許さないのだろう。
「おいおい、そんなに怒るなよ。俺へのヘイトの枠は無限大だ。魔物ごときに嫉妬しなくても、お前らからの敵意はちゃんと受け取っているからな」
俺が上機嫌でそう告げると、三人の少女たちは一斉に溜め息をつき、同時に俺をジロリと睨みつけた。
うん、素晴らしい反発だ。
俺は足元にまとわりつく魔物たちを引き連れたまま、上機嫌で夜の路地裏を歩き出した。
【本日のヘイト評――魔物由来の敵意。いや、懐いている? 味覚が混乱する。★測定不能】
◆
その頃、王都から遠く離れた教会本部の『星見の塔』。
観測官セレネは、巨大な天体望遠鏡から目を離し、手元の記録用紙に震える筆致で数値を書き込んだ。
「……憎悪集積率、41パーセント」
彼女の視線の先にある星図では、王都の一点に向かって、周囲のあらゆる星々の光が黒く吸い込まれていくような異常な歪みが生じていた。
セレネは傍らに置かれた分厚い古文書を開く。
そこには、かつて世界を滅ぼしかけた歴代魔王たちの変生に至る前兆が記されていた。
『――やがて、魔物は未来の王を嗅ぐ』
「まさか、王都のど真ん中で……。このままでは、彼は本当に……」
セレネは窓の外、雨上がりの王都の夜空を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
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