第22話 優しい追放という名の無責任
バサァッ!
派手な色使いのチラシが、事務所の机に叩きつけられた。
「所長! 商売敵ですよ! しかも腹の立つキャッチコピーです!」
ピノが狐の尻尾を逆立てて怒っている。
机の上のチラシには、爽やかな笑顔を浮かべた優男の似顔絵と共に、こんな文句が躍っていた。
『誰も傷つけない追放代行。あなたも、相手も、笑顔でお別れしませんか? 担当モルト』
「……傷つけない追放、ね」
俺はチラシを指先で弾いた。
優しさ憲章が改正されてから、こういう法に触れない「優しい言葉」で厄介払いを済ませる後発業者が現れるとは思っていた。
「優しい言葉で責任を捨てるな。味が薄い」
俺が舌打ちしたその時、事務所の扉が弱々しく開き、ひどく憔悴した青年がよろよろと入ってきた。
彼は焦点の定まらない目で俺たちを見ると、ふらつく足取りで机にすがりついた。
「あの……俺、自分が何をしたのかわからないんです……」
話を聞くと、彼はまさにその『優しい追放代行』モルトによって、魔石細工の工房を解雇されたばかりだった。
モルトは青年にこう告げたらしい。
『君は何も悪くない。ただ、この職場に合わなかっただけだ。もっと広い世界が、君の才能を待っている』と。
「俺、自分の何がダメだったのか教えてもらえなくて……。才能があるって言われたから他の細工工房を受けたんですけど、どこでもすぐに怒鳴られて、クビになって……」
青年は頭を抱え、ポロポロと涙を流した。
理由も分からず、活路も見出せないまま、自分の尊厳だけがすり減っていく。
「……行くぞ。再通知の時間だ」
俺は立ち上がり、外套を羽織った。
背後で、フィオナ、ロッタ、ノーチェの三人が、無言のままそれぞれの定位置から立ち上がり、当然のように俺の後に続いた。
◆
俺は青年の話を基に、彼を追放した魔石細工工房の帳簿と作業記録を独自に調べ上げた。
青年の失敗記録は事実だった。しかし、同時に工房側の深刻な問題も浮き彫りになっていた。
「ダン氏。これは追放リスクの不適切処理です」
ノーチェが手元の書類を指差し、無表情に告げた。
「工房側に指導記録が一切なく、適性確認も行われていません。彼らは問題を放置し、モルトという代行業者へ丸投げしただけです」
「だろうな」
俺は青年に外套を投げ渡した。
「立て。自分がなぜ切られたのか、今から取り戻しに行くぞ」
青年が小さく頷いたのを確認して、俺は彼をクビにした魔石細工工房へ向かった。
そこには、俺たちから連絡を受けて呼び出されたモルトと、工房の親方が困惑した顔で立っていた。
「あ、あなたは……あの時、僕を追放した……」
青年がモルトを指差して声を震わせる。
モルトは一瞬気まずそうな顔をしたが、すぐに貼り付けたような営業スマイルを浮かべた。
「やあ、君。もっと広い世界で輝いているかい? 僕は君を傷つけないために、円満に――」
「傷つけないことと、見ないことは違う」
俺はモルトの言葉を冷たく遮り、青年の前に立った。
そして、工房の親方に向かって書類を開いた。
「再通知だ。よく聞け」
青年がビクッと肩を揺らす。俺は淡々と事実の列挙を開始した。
「先月三日。君は魔石の研磨作業において、規定のサイズより数ミリのズレを連続で発生させ、商品にならないロスを大量に出した。同月十日にも、親方の指示を正確に理解できず、全く別の意匠を彫り込んでいる」
「あ……」
「君は真面目だが、絶望的に手先が不器用で、細かな指示の意図を汲み取るのが苦手だ」
厳しい事実の連続に、青年の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
モルトが横から「ひどい! そんなに彼を傷つけて、心が痛まないのか!」と声を荒げたが、俺は無視して青年の胸ぐらに視線を突き刺した。
「君は嫌われたのではない。理由を知らされなかったせいで、直しようがなかった」
青年はハッとして、顔を上げた。
そして俺は、いつもの宣告の代わりに、こう告げた。
「これは追放通知ではない。前通知の取消、および訂正通知だ」
「え……?」
親方と青年が同時に声を上げる。
「君は魔石細工師には向いていない。だが、工房に不要な人間だとは、まだ証明されていない」
俺は親方に書類を突きつけた。
「親方。あんたはこいつの不器用さに呆れて、他の仕事を試すことすら放棄して業者に丸投げした。こいつは細密加工には不適格だが、体力と腕力はある。魔石の粗削り、運搬、在庫管理補助、炉の燃料管理には適性があるはずだ」
「そ、それは……」
「優しい嘘で人を外へ放り出すな。捨てるなら理由を渡せ。捨てないなら場所を作れ」
俺はモルトを一瞥して刺してから、再び親方を睨みつけた。
「親方。三か月の配置転換試用、賃金、評価基準、再面談日。今ここで文書にしてください」
「な、なぜ私がそんな面倒なことを……」
「それができないなら、次に通知されるのはあなたです。弟子の適性を見抜けず、指導もせず、金で責任を放棄した無能な経営者としてな」
俺の脅迫じみた追及に、親方は青ざめ、慌ててペンを走らせて文書を作成した。
モルトは「冷酷だ……!」と顔を引きつらせていたが、俺は一刀両断に斬り捨てた。
「お前の優しさは、相手を見ずに捨てるための包装紙だ」
青年は、配置転換の書類を握りしめ、ボロボロと泣きながら親方に頭を下げていた。
「今日は追放しない。責任を戻しに来ただけだ」
俺は吐き捨てるように言い、呆然とするモルトを残して作業場を後にした。
◆
事務所への帰り道。
俺の背後を歩く三人の少女たちが、それぞれ違う視線で俺を見つめていた。
「追放ではなく、配置の再計算。あなたは対象を削除するのではなく、式を組み替えるのですね。……観察データが大幅に更新されました」
フィオナが羽ペンを走らせ、絶対零度の視線を向けてくる。
「人を切る男だと思っていた。だが、お前は……いや、監視は続ける」
ロッタが複雑な表情で唇を噛み、熱を帯びた碧眼で俺を睨みつける。
「追放回避率、一件。あなたの数字は、また保険会社にとって都合が悪くなりました」
ノーチェが眼鏡を押し上げ、灰色の瞳で静かに俺を記録する。
三者三様の強い感情。
俺の行動をそれぞれが独自に解釈し、俺への執着を深めている。
(三方向からヘイトが来る。たまらないな)
俺は背中に突き刺さる監視と敵意の視線に、極上の喜びを感じて口角を吊り上げた。
だが、最後尾を歩いていたノーチェが、感情の全くない声でふと呟いた。
「ダン氏。私の所属する保険会社が、本格的にあなたを潰しに動きます。気をつけてください」
巨大な利権組織からの、本気の宣戦布告。
俺は背筋がゾクゾクと泡立つような歓喜を覚え、その日の冷めた茶を最高に美味しく飲み干した。
【本日のヘイト評――薄味の優しさを辛口で煮詰めた。追放不成立。なのに妙に腹は満ちた。★4.1】
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