第21話 騎士団を敵に回した騎士令嬢
ガンッ!
いつもより明らかに乱暴な音を立てて、木製の弁当箱が俺の机に叩きつけられた。
「本日の監視業務の一環だ。残さず食え」
蜂蜜色の髪を揺らし、ロッタは俺の顔を見ようともせずに背を向けた。
そのまま足早に事務所を出て行く彼女の横顔は、いつになく険しく、思い詰めたように強張っていた。
「……なんだ、今日の弁当は。やけに塩気が強いな」
俺が卵焼きを齧りながら首を傾げていると、ピノが昨日届いた情報屋からの手紙をヒラヒラと振ってみせた。
「だから言ったじゃないですか。所長みたいな違法の嫌われ者を庇って見張りを続けているせいで、ロッタさん、騎士団の中で完全に孤立してるんですよ。ストレスで味覚が狂ってるんじゃないですか?」
なるほど。正義感の強い彼女にとって、周囲からの冷たい視線や同調圧力はさぞかし堪えるのだろう。
だが、そのストレスの矛先が俺の胃袋に向かうのは少しばかり理不尽だ。
「仕方ない。空になった弁当箱を返しに行くついでだ」
俺は立ち上がり、外套を羽織った。
「雑な中傷で俺のヘイトの質を落とす連中は、少しばかり掃除しておかないとな」
◆
王都騎士団の第一詰め所。
そこでは、陰湿でひどく風通しの悪い説教が行われていた。
「ローレッタ隊士。君の最近の行動は、騎士の風上にも置けないと専らの噂だぞ」
恰腹の良い中隊長が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらロッタを見下ろしている。周囲の騎士たちも、遠巻きに冷ややかな視線を送っていた。
「私は自らの正義に従い、危険人物の監視を行っているだけです!」
「詭弁だな。外道を見張る者も、結局は外道に染まるものだ。そんな胡散臭い男の傍にいる暇があるなら、今日の非番は返上して倉庫の整理でもしておくんだな」
完全に職権を乱用した嫌がらせだ。
ロッタが屈辱に唇を噛み締め、反論しようとしたその時。
「――外道というのは俺のことですかね、中隊長殿」
俺は詰め所の扉を蹴り開け、堂々と中に足を踏み入れた。
「な、なんだ貴様は! ここは神聖な騎士団の詰め所だぞ!」
「弁当箱の返却に伺っただけですよ。それより」
俺はロッタの隣に並び立ち、中隊長を冷たく見据えた。
「俺へのヘイトは歓迎ですが、そういう雑な中傷は味が落ちる。それに、彼女は外道に染まるどころか、あまりにも優秀な監視者でしてね」
俺は懐から、事務所に置きっぱなしになっていたロッタの『監視ノート』を取り出した。
「おい、ダン! 勝手に私の記録を……!」
「例えばここだ。先月十五日、あなたは自身のパトロール任務を『若手の経験のため』と称してロッタ隊員に押し付け、自分は昼間から裏街の酒場で飲んだくれていた。二十二日には、備品の紛失の責任をすべて彼女の部隊に押し付けている」
「な、何をでたらめを……!」
「でたらめではありませんよ。彼女の監視記録は実に正確で、時間から場所、証言者の名前まで完璧に網羅されている。彼女が俺を監視する過程で、あなたの怠慢と責任逃れの事実もしっかりと記録されていたというわけだ」
俺が事実を冷徹に突きつけると、中隊長の顔からさぁっと血の気が引いた。
遠巻きに見ていた他の騎士たちの間にも、ざわめきが広がる。ロッタへの冷たい視線は、瞬く間に中隊長への不信感へと変わっていった。
「これ以上、彼女の監視業務を不当な理由で妨害するなら、この記録を騎士団長に提出しますが。いかがします?」
「く、くそっ……! 今日のところはこれで勘弁してやる!」
中隊長は顔を真っ赤にして、逃げるように詰め所の奥へと消えていった。
「……だ、誰が助けてくれと頼んだ!」
残されたロッタが、俺からノートをひったくり、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
「勘違いするな。弁当の味が落ちた原因を排除しただけだ。お前からの上質な監視ヘイトが、あんな小悪党のせいで濁るのは我慢ならないからな」
「この、外道……! そういうところが嫌いなんだ!」
ロッタの碧眼から、激しい反発の光が放たれる。
素晴らしい。先ほどまでの萎縮した態度は消え去り、純度百パーセントの怒りが俺に向いている。
「いいぞ。その調子で、明日からもキツい監視を頼む」
俺は極上の照れ怒りを心ゆくまで味わい、機嫌よく詰め所を後にした。
◆
事務所に戻ると、斜め向かいの席からチリチリと冷たい魔力が漏れ出していた。
見れば、フィオナが無表情のまま、ものすごい筆圧でノートに文字を書き殴っている。
チカッ、チカッ、と。彼女の頭上にある魔力灯が、不安定な感情に呼応するように激しく明滅していた。
「……どうかしたか、フィオナ」
「監視対象による、特定の女性への不合理な庇護行動を確認しました。私の観測データに不要なノイズが混入しています。極めて不愉快です」
フィオナは俺を一切見ようとせず、淡々とした声で告げた。
ロッタの孤立を俺が助けた事実を、彼女はすでに魔法か何かで把握していたらしい。
「ははは。なんだ、お前もロッタに負けじと俺へのヘイトを強めているのか。アンチ同士の対抗心というやつだな。大歓迎だぞ」
俺が的外れなことを言って笑うと、フィオナはピタリとペンを止め、ジロリと俺を睨みつけた。
「……あなたは本当に、致命的なバグを抱えていますね」
フィオナが深く溜め息をつくのと同時に、魔力灯の明滅がピタリと収まった。
なんだかよく分からないが、今日も三方向から絶え間なく向けられる敵意と監視の視線に、俺は心地よい満足感を得ていた。
【本日のヘイト評――騎士団内の湿った敵意。差し入れの塩気で中和された。★4.2】
◆
王都騎士団の詰め所。
ロッタは自分のロッカーの陰で、熱を持った頬を両手で強く押さえていた。
孤立し、心が折れそうになっていた時に、あの男が助けに来た。
事実を並べ立て、理不尽な上司を圧倒的な手口で黙らせてくれた。
その時の彼の広い背中が、今でも頭から離れない。
「……ち、違う。私はあいつが外道だから監視しているだけで……!」
誰に言い訳するように、彼女は一人ごちた。
「あいつの弁当の味が落ちるのが嫌で……ただそれだけの理由で、私を庇っただけだ。……あの外道め」
彼が自分を助けたのは、あくまで監視対象としての利害が一致したから。それ以外の感情などない。
そう自分に言い聞かせるほどに、胸の奥でドクン、と熱いものが跳ねる。
監視という言葉ではもう、この感情に蓋をすることはできなくなっていた。
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