第20話 優しさ憲章改正、闇営業始めました
バンバンバンッ!
朝の王都に冷たい雨の余韻が残る中、〈クビキリ堂〉の扉が激しく叩かれた。
「頼む、ダン先生! どうしてもあいつを追い出してくれ!」
転がり込んできたのは、王都で中堅の規模を誇る劇団の座長だった。
彼は昨日張り出されたばかりの『優しさ憲章改正』の布告――辛辣な言葉による解雇通告の事実上の違法化――を知った上で、裏口からこっそりと駆け込んできたのだ。
「表向きは、もう誰もあんたを頼れないって言われてる。だが、もう限界なんだ! あの主演俳優をどうにかしないと、劇団が潰れちまう!」
法で禁止された途端、裏では依頼が殺到する。
人間というのは実に滑稽で、そして追い詰められているものだ。
「違法の嫌われ者、か。いよいよ肩書きが仕上がってきたな」
俺は口角を上げ、座長から差し出された書類を受け取った。
ターゲットは劇団の看板男優。
度重なる遅刻、自分の見せ場を増やすための勝手な台本改悪、共演者の見せ場潰し。さらに、舞台の失敗をすべて若手女優のせいにして泣かせているらしい。
立派なクズだ。飼い殺し社会が生んだ、勘違いの肥大化の末路。
「ですが所長、まともに解雇通知を出せば、慈愛審問庁にしょっ引かれますよ」
ピノが心配そうに耳を伏せる。
だが、その横から無表情な声が飛んだ。
「問題ありません。解雇を通知することが違法に当たるのなら、ただの『個人的な感想』を述べるだけなら法には触れないはずです」
フィオナがノートを開きながら、冷徹な理屈をこねた。
「ほう。つまり、ただの観客として文句を言うだけなら、表現の自由の範疇だというわけか」
「私はその『個人的な感想』が法的にセーフであるという判例を、ただ記録するだけです」
「待て。それが本当に違法行為に当たらないか、騎士である私が現場でしっかり監視する必要があるな」
ロッタが腕を組み、さも義務であるかのように頷く。
「当社の約款に照らし合わせても、第三者の感想による精神的苦痛は保険適用外です。賠償リスクはゼロと計算します」
ノーチェが眼鏡を光らせ、数字の裏付けを出してくる。
なんだこいつら。俺の違法スレスレの闇営業を止めるどころか、それぞれの理屈で完璧にサポート体制を敷いてきやがった。
「お前ら、本当に俺に執着してるんだな。アンチ活動もここまでくれば立派なものだ」
俺は最高に頼もしい敵意(と勘違いしている)に背中を押され、劇団の舞台裏へと向かった。
◆
王都の劇場。その舞台袖。
煌びやかな衣装を着込んだ主演男優が、出番の直前に若手女優を怒鳴りつけていた。
「お前の立ち位置が悪いから俺の演技がかすむんだろうが! 少しは頭を使え、このグズ!」
「ひっ……ごめんなさい……」
震える若手女優を前に、男優が鼻を鳴らして振り返る。
そこには、劇団のスタッフに変装した俺が立っていた。
「誰だお前。スタッフか?」
「初めまして。今日はあなたの演技について、個人的かつ業務上必要な『感想』を述べに来ました」
俺は手元のメモを開き、淡々と事実を読み上げる。
「今月の舞台。あなたは合計四回の遅刻をし、舞台の進行を遅らせました。また、第三幕のセリフを勝手に改悪し、物語の辻褄を破綻させています。さらには、自分のミスの責任をすべて共演者に押し付けている。これは事実ですね?」
「はあ? 俺は客を呼べる天才だぞ! アドリブのひとつも理解できねえのか!」
男優が顔を真っ赤にして凄み寄ってくる。
俺はその後ろに立つ座長に視線を送り、あえて大きな声で告げた。
「繰り返しますが、これは解雇通知ではありません。ただの観客としての、痛烈な感想です」
俺は男優の胸ぐらに冷ややかな視線を突き刺し、核心をえぐった。
「あなたは天才なんかじゃない。他人の光を奪わなければ輝けない、ただの安っぽい電球だ」
「なっ……!」
「客が呼べる? 笑わせるな。客は劇団の過去の看板を見に来ているだけで、あなたのその自己満足の学芸会にはとっくに愛想を尽かしていますよ」
事実の羅列と、プライドを粉々に砕く人格否定。
男優の顔が屈辱で歪み、ギリッと歯を食いしばる。
「て、てめぇ……! 俺を誰だと思って……!」
「――以上が、私の感想です。さて、座長。あとはご自身の判断でお決めください」
俺がパスを投げると、座長は深く頷き、男優に向かって静かに告げた。
「お前はクビだ。荷物をまとめて出ていけ。……これは俺個人の判断だ」
「ふざけんなァァァッ!!」
男優が逆上して座長に殴りかかろうとした瞬間。
背後で監視していたロッタが、鞘に入ったままの剣で男優の足を払い、軽々と床に転がした。
「暴行未遂だ。おとなしくしろ」
ロッタの冷たい声と、横で淡々と状況を記録するフィオナのペン音。そして、ノーチェが保険適用外のハンコを無慈悲に押す音が重なる。
男優は床に這いつくばったまま、俺たちを怨嗟の目で見上げていた。
法の抜け穴を突き、事実上クビを切られたことへの憎悪。
「いい目だ。だが、その無駄な声量とプライドの高さがあれば、市場の客引きか何かでやり直せるんじゃないか? せいぜい大声で野菜でも売ることだな」
俺が皮肉の活路を提示すると、男優は血の涙を流すような顔で劇場から逃げ出していった。
◆
事務所への帰り道。
「違法スレスレの闇営業……最高に美味いな」
俺は法規制というスパイスが加わったヘイトの味に、深く酔いしれていた。
これで審問庁の監視はさらに強まるだろうが、望むところだ。
だが、その日の夕方。
ピノが受け取った一通の手紙が、少しだけ不穏な空気を運んできた。
「所長。騎士団の内部にいる情報屋からですが……ロッタさんの立場が、かなり危うくなっているみたいです」
手紙には、俺という『社会の敵』を監視するという名目で庇い続けているロッタに対し、騎士団上層部が本格的な排除に動き始めたことが記されていた。
【本日のヘイト評――法規制の香りつき。背徳感がよく合う。★4.9】
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