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第17話 優しさで覚醒を売る男

王立訓練院、第一位階教師執務室。

分厚い絨毯と高価な調度品で彩られた部屋の中央で、白髪交じりの上品な男――エルマンは、穏やかな微笑みを浮かべて俺たちを迎え入れた。


「やあ、君が噂の追放代行人だね。わざわざご足労いただいて申し訳ない。しかし、一体私が何を追放されるというのかな? 私は生徒を愛し、彼らの自主性を第一に……」


「くだらない前置きは省きましょう、聖人殿。俺はあんたの甘ったるい教育論を聞きに来たんじゃない」


俺はエルマンの言葉を遮り、ノーチェとフィオナがまとめた証拠書類の束を、大理石の机の上に叩きつけた。


「過去三年間にあなたのクラスから退学した生徒、計十二名。その全員が、退学前にあなたとの密室での面談を繰り返し、不自然にクラスから孤立させられている」

「さらに、彼らが退学する直前、出版ギルドの特定の編集者と、一部のざまぁ保険のブローカーに、彼らの個人情報が横流しされた記録がある」


俺が事実を列挙していくと、エルマンの顔から少しずつ、あの気持ちの悪い微笑みが剥がれ落ちていった。


「生徒の魔力回路を不安定にさせる術式を使用し、彼らが失敗しやすい環境を人工的に作り出した上で、『君は悪くない』と甘やかして退学させる。そうして彼らに『理不尽に追放された』という強烈な被害者意識を植え付け、人為的に《逆境祝福》を暴発させる……それがあなたの手口だ」


「……何のことか、さっぱり分からないな」


エルマンは冷や汗を流しながらも、まだ余裕の表情を取り繕おうとしていた。


「あなたは生徒を救っていない。傷つけたことにしないまま、彼らの傷口を英雄譚の素材や保険のダシとして商品にしているだけだ。若者の人生を切り売りする、最低の商人だ」


「違う!」


俺の核心の一刺しに、エルマンがついに激昂して机を叩いた。


「彼らは覚醒した! 無能なまま社会の底辺で生きるはずだった彼らが、私の導きによって大いなる力を得て、英雄として物語の主役になったのだ! 私は彼らを救ったのだ! 私の『優しさ』が、彼らに力を与えたのだ!」


狂った善意。自分を本当に救世主だと思い込んでいる、吐き気を催すほどの腐敗臭。


「……なるほど。なら、その素晴らしい救済業を、今すぐここで終わらせてやる」


俺は冷たい声で、決定的な宣告を下した。


「――以上の理由により、貴殿を追放する」


「貴様ごときが、私を裁けるものかァッ!」


エルマンが懐から、祝福誘導用の禁忌の魔導具を引き抜き、魔力を暴走させようとした。

だが、遅い。


「甘いな。俺がこれまでどれだけの復讐者の殺意を捌いてきたと思っている」


俺は対魔術歩法で瞬時に間合いを詰め、魔導具を持つエルマンの手首を的確に極め、床へと叩き伏せた。

ゴフッ、とカエルのような声を出して、聖人教師があっさりと沈む。


「動かないでください! この部屋の証拠品は、すべて私が保全します!」

フィオナが魔術で部屋中の書類をロックする。


「廊下にいる生徒たちは、私が安全な場所へ誘導した! ダン、そいつを逃がすなよ!」

ロッタが扉の外の安全を確保し、こちらへ合図を送る。


「……対象の保険契約データから、興味深い事実が判明しました」

床に散らばった書類を拾い上げたノーチェが、灰色の瞳を細めて言った。


「『祝福市場』……そして『人工ざまぁ計画』。エルマン教師は、この王都の裏で動いている巨大な利権構造の、ほんの末端に過ぎないようです」


「祝福市場? 人工ざまぁ計画?」

俺は床に伏せるエルマンの首根っこを掴みながら、口角を深く吊り上げた。


「……素晴らしい! つまり、この王都には俺を本気で憎み、俺を潰そうとする巨大な組織(ヘイトの供給源)が隠れているってことか! これはやりがいのある巨大ヘイト市場だぞ!」


国家規模の陰謀の尻尾を掴んだというのに、俺の頭の中は、これから浴びることができる極上の敵意への期待でいっぱいに満たされていた。



王都を見下ろす教会本部『星見の塔』。

観測官セレネは、天体望遠鏡から目を離し、手元の水晶板に浮かび上がる数値を静かに記録した。


「……憎悪集積率、27パーセント」


水晶板に映し出された星図の中で、王都の裏側で蠢く巨大な『人工ざまぁ事件』の魔力波長と、ダンという一人の男の星回りが、不気味なほど完全に重なり合っていた。


「星の理が、狂い始めている……。このまま彼が世界の憎悪を引き受け続ければ、いずれ……」


セレネは暗い王都の空を見つめ、静かな懸念を抱きながら、観測のペンを走らせた。


【本日のヘイト評――善意を煮詰めた腐敗臭。濃い。非常に濃い。★4.9】


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