第16話 王立訓練院の聖人教師
商業ギルドの会頭から回されてきた新規依頼の書類を見て、俺は思わず口笛を吹いた。
「王立訓練院からの依頼か。お堅い教育機関が、ついに俺のような裏稼業に頼らざるを得なくなったってわけだ」
「所長、笑い方が完全に悪役です。……で、対象者は誰なんですか?」
ピノが呆れ顔で、淹れたての茶を机に置く。
「訓練院の第一位階教師、エルマンだ。通称『聖人教師』。生徒の自主性を重んじ、決して怒らず、誰にでも優しい言葉をかけることで慕われている人格者らしい」
「えっ、そんな立派な人を追放するんですか? どう考えても理不尽追放じゃないですか。うちの看板に傷がつきますよ!」
ピノが慌てて身を乗り出すが、俺は手元の書類を指先で弾いた。
「ところが、だ。このエルマンの担当クラスからだけ、不自然な数の退学者が連続して出ている。しかも、その退学者の大半が、訓練院を去った数ヶ月後に《逆境祝福》を暴発させ、街で復讐事件を起こしているんだ」
「……え?」
ただの偶然ではない。俺はエルマンの過去の面談記録を読み込み、彼が仕掛けている『優しい手口』の正体に気づいていた。
「エルマンは、才能が乏しく精神的に脆い生徒を意図的にターゲットにしている。そして『君のペースでいい』『無理をしなくていい』と優しい言葉をかけ続け、その生徒を他の真面目な生徒から浮かせ、クラス内で完全に孤立させる」
「そして最後に、『君は悪くない。ただ、この環境が君に合っていなかっただけだ』と、最高に甘くて曖昧な理由で退学を勧告する」
俺の言葉に、背後の席で観察ノートを開いていたフィオナが、紫紺の瞳を鋭く細めた。
「……なるほど。明確な理由を告げられず、優しい言葉のまま放り出された生徒は、自分の何が悪かったのか理解できない。結果、『自分は理不尽に捨てられたのだ』と強烈な被害妄想を抱き、《逆境祝福》が暴発する」
「その通りだ、フィオナ」
俺は立ち上がり、背伸びをした。
「こいつは、意図的にざまぁの種を生産している。教師という立場を利用して、若者の未来を計画的にぶち壊す、純度百パーセントのクズだ。……いいぞ、大物の臭いがする。極上のヘイトが味わえそうだ」
俺が舌なめずりをしていると、事務所の扉が開き、ノーチェが分厚いファイルの束を抱えて入ってきた。
「ダン氏。依頼のあったエルマン教師の周辺調査が完了しました。……彼の受け持った退学者が覚醒するタイミングを見越したかのように、特定の一部貴族と出版ギルドが、異常な額の『ざまぁ保険』の取引を行っています。数字の動きが、不自然なほど連動しています」
ノーチェが無表情のまま、冷徹な数字の矛盾を机の上に並べる。
「さらに、エルマンの術式記録の解析も終わりました。彼は定期的な実技訓練の中で、生徒の魔力回路を意図的に不安定にさせる隠し術式を組み込んでいました。これは明確な規約違反、および生徒への加害行為です」
フィオナがノーチェの横に立ち、魔術的な証拠を付け加える。
「よし。これで事実関係の裏付けは完璧だ。……だが、相手は聖人と呼ばれている男だ。周囲の生徒たちが彼を庇って暴動を起こす可能性があるな」
俺が顎を撫でていると、隣の部屋の扉が勢いよく開き、武装したロッタが顔を出した。
「ならば、私が被害を受けた生徒たちや、その場にいる無関係な生徒たちの護衛を引き受けよう! あのような教育者の皮を被った外道を、正義の騎士として野放しにはしておけん!」
ロッタが力強く胸を叩く。
「証拠固め(データ収集)、退路の封鎖(記録の確保)、そして観衆の警備(物理的監視)。……お前ら、相変わらず俺を監視して弱みを握るための連携だけは完璧だな」
俺は、俺の追放代行を完璧にサポートしようとする三人の動きを、いつものように『俺のヘイトを管理・独占するための敵対行動』と誤読し、最高に機嫌良く笑った。
「準備は整った。さあ、聖人教師の化けの皮を剥がしに行こうか」
【本日のヘイト評――聖人面の下ごしらえ。甘ったるくて腐臭がある。★保留】
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