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第14話 ざまぁ保険の無表情な査定員

バサバサバサッ!

宙に放り投げられた大量の書類が、雪のように会議室の床へと舞い落ちた。


「ふざけるな! この数ヶ月で、王都における『ざまぁ保険』の新規契約率が二割も低下しているぞ!」


ざまぁ保険会社、調査部長のベルディが、血走った目で会議用テーブルを叩き割らんばかりに殴りつけた。

理不尽に追放された者が覚醒し、復讐にやってくる。その恐怖があるからこそ、雇用主たちは高い掛け金を払って保険に加入するのだ。


「原因は明白です」


怒り狂う上司に対し、黒髪のボブカットに眼鏡をかけた二十二歳の査定員――ノーチェは、感情の抜け落ちた声で淡々と答えた。


「追放通知代行人、ダン。彼が請け負った案件における、追放者の覚醒率および復讐による被害額は、ともにゼロです。返り討ち成功率百パーセント。これにより、一部の経営者の間で『彼に頼めば保険は不要』という認識が広まりつつあります」


「ええい、忌々しい! あんな得体の知れない代行業者のせいで、我々の料率体系が崩壊しようとしているのだぞ! ノーチェ、お前が奴を直接調べろ。裏のカラクリを暴き出し、奴の信用を失墜させるのだ!」


「……了解しました。調査任務へ移行します」


ノーチェは灰色の瞳に一切の感情を浮かべず、深く一礼して会議室を後にした。



昼下がり。王都の裏通りにある中規模のレストラン。

厨房からは、怒鳴り声と鍋が床に叩きつけられる鈍い音が響いていた。


「このグズが! ソースの火加減もまともにできねえのか!」


恰腹の良い料理長が、怯える見習いの少年に熱いスープを浴びせようと鍋を振り上げる。


「そこまでにしておけよ、料理長殿」


俺は厨房の入り口から足を踏み入れ、手元の調査書類を開いた。

後ろには、なぜか「観察のため」と「監視のため」と言い張って同行してきたフィオナとロッタが控えている。


「あぁん? 誰だテメェらは! ここは俺の厨房だぞ!」


「追放通知代行人のダンだ。オーナーに代わって、君の解雇を通知しに来た」


俺は唖然とする料理長に向かって、事実の列挙を開始した。


「四月二日、新人の腕に火傷を負わせる。五月十日以降、高級食材であるレッドボアの肉を定期的に裏口から横流し。さらに、君の暴力的な指導のせいで、この半年で五人もの見習いが辞めている」


「……う、うるせえ! 俺の厳しい指導があるからこそ、この店の味が保たれてるんだろうが! 俺をクビにするなら、覚醒してこの店を物理的に潰してやる!」


「いいえ。店の味はとっくに落ちていますよ」


俺は書類を閉じ、料理長の最も触れられたくない弱点を真っ直ぐに突き刺した。


「君は長年の酒と煙草で、すでに味覚が衰えきっている。だから、新人を怒鳴り散らし、暴力と恐怖で支配することで、自分の料理の味が落ちている事実から周囲の目を逸らさせていただけだ」


「――ッ!!」


料理長の顔が、屈辱と図星を突かれた羞恥で真っ赤に染まった。


「――以上の理由により、貴殿を追放する」


「殺してやるゥゥゥッ!!」


料理長が調理台から肉切包丁を掴み、俺の顔面めがけて突進してくる。

だが、その大振りの一撃が届くよりも早く。

俺は近くにあった重い鉄のフライパンの柄を掴み、彼の手首の急所へ正確に叩き込んだ。


「ガァァッ!?」


包丁が床に落ち、料理長が手首を押さえて蹲る。


「安心しろ、正当な解雇だ。お前に祝福なんか降りてこない。だが、味覚が不要な、ただ安い肉を焼くだけの屋台でも引けば、その威勢の良さだけで食っていけるんじゃないか?」


俺が皮肉の活路を投げ捨てると、料理長は悔し涙を流しながら厨房から逃げ出していった。

暴力料理人を完全にへし折った、上質のヘイトだ。


「……見事な手際ですね」


不意に、厨房の勝手口から声がした。

振り返ると、地味なスーツに身を包み、手帳を持った眼鏡の女が立っていた。ノーチェだ。


「ざまぁ保険会社、査定員のノーチェと申します。ダン氏、あなたに質問があります」


「保険会社? 俺の商売敵が何の用だ」


「なぜ、あなたの追放案件における復讐被害はゼロなのですか。あなたのやり方は、対象の自尊心を徹底的に破壊しています。恨まれないはずがない」


ノーチェは、まるで機械のように抑揚のない声で尋ねてきた。


「決まっているだろう」


俺は肩をすくめ、軽口のように言ってのけた。


「愛されているからではない。俺が、憎まれているからだ」


相手のすべてのヘイトを、俺という避雷針が一身に集めているからだ。

そう事実を述べたつもりだった。


だが、その言葉を聞いた瞬間。

背後にいたフィオナの羽ペンの動きがピタリと止まり、ロッタがハッとして息を呑む気配がした。


「……やはり、この人はわかっていて憎悪を集めている。なら、私が誰よりも正しく記録しなければ」

「バカな……自分から憎まれ役を買って出ているというのか。なんて不器用で、いびつな……」


二人が小声で何かを呟き、俺に向かってひどく熱っぽい視線を向けてくる。

なんだ? なぜ二人とも、そんな甘ったるい敵意を向けてくるんだ。


「……理解不能です」


ノーチェが手帳にペンを走らせながら、灰色の瞳をわずかに細めた。


「憎まれることを目的とする行動原理。当社のデータには存在しない変数です。あなたは、業界の敵です」


「いい響きだ。その冷たくて計算された敵意、最高に美味いぞ」


俺は業界からの刺客という素晴らしいヘイトの供給源に、心の底から笑みを浮かべたのだった。


【本日のヘイト評――無表情な監視。冷えているのに舌に残る。★4.5】



王都の街角。ダンたちと別れたノーチェは、一人で手帳を見つめていた。


『対象:ダン。行動原理:憎悪の収集による被害の最小化?(要検証)』


彼は業界の敵だ。保険会社の利益を損なう、排除すべきエラー要素。

そう結論づけるべきなのに、彼女のペンはなぜか止まっていた。

彼の言葉、「憎まれているからだ」と笑った顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


「……私の心拍数が、規定値より2パーセント上昇しています」


ノーチェは己の手首に指を当て、微かに首を傾げた。

これは、病気だろうか。

彼女は手帳の新しいページを開き、消去すべきノイズであるはずの『個人的関心』という文字を、どうしても削除することができずに書き残した。


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