第13話 慈愛審問庁のやさしい取り調べ
バサァッ!
朝一番の事務所で、ピノが真っ白な封筒を俺の机に叩きつけた。
そこには、白い鳩を象った気尾なシーリングスタンプが押されている。
「所長! とうとうお上から呼び出しが来ましたよ!」
「お上? どこだ」
「『慈愛審問庁』です! 社会から傷つく言葉をなくすための公的機関。通称、優しさの番人ですよ!」
慈愛審問庁。
誰も追放を口に出せないこの歪な飼い殺し社会において、『優しさ憲章』なる法規を盾に言葉の取り締まりを行うお節介な役所だ。
「俺のように事実を並べてクビを切る人間は、さぞかし目障りだろうな」
俺が封筒を手に取って笑みを作ると、斜め向かいの席と隣の部屋から、同時に二つの人影が動いた。
「ダン。監視対象が公権力に連行されるのは困る。私も同行する」
いつの間にか事務所に入り込んでいたロッタが、腰に手を当てて宣言する。
「非効率な提案です。公的機関の尋問において、感情的な騎士の同席はノイズになります。記録と思考の分析は、私一人で十分です」
フィオナが無表情のまま羽ペンをしまい、ロッタを冷ややかな紫紺の瞳で射抜いた。
「なんだと? 私は二十四時間体制の監視を……」
「私の観察記録の方が、彼の心拍数の変動まで緻密に捉えています」
バチバチと火花を散らす二人。
俺は「好きにしろ」と肩をすくめ、上等な官製ヘイトを味わうべく王都の中心区へと向かった。
◆
慈愛審問庁の取調室は、驚くほど清潔で、まるで無菌室のような白さだった。
フィオナとロッタは「関係者以外の同席は認められない」と廊下に締め出され、俺は一人で長机の前に座らされている。
「単刀直入に申し上げましょう、ダン殿」
対面に座ったのは、白の法衣を纏った中年男性だった。
主任審問官のグラデル。目尻にシワを寄せた、いかにも神経質そうな善意の官僚だ。
「あなたの追放代行というビジネスは、我が庁が定める『優しさ憲章』に抵触する恐れがあります」
「と言いますと?」
「配慮なき通告。そして、度を越した人格侵害です」
グラデルは眉間を揉みながら、手元の資料を読み上げた。
「対象者の自尊心を破壊するような事実の羅列。相手を『寄生虫』や『老害』と呼ぶ暴言。あなたが関わった案件の対象者は、皆一様に深い精神的ショックを受けています。人はもっと、言葉を選んで優しく導かれるべきだ」
グラデルの言葉は、この世界の常識から見れば正しいのだろう。
だが、その『優しさ』が、無能や横領犯を野放しにし、真面目に働く弱者を泣かせている現実から目を背けている。
「なるほど。つまり、俺のやり方は社会にとって非常に不快であり、あなた方から見てもひどく憎たましいということですね」
「……ええ、はっきり言えばそういうことです。反省していただけますか」
「素晴らしい。雑味のない公的な敵意だ」
俺は満面の笑みを浮かべ、深く頷いた。
「え?」
グラデルが間の抜けた声を漏らす。
「嫌われるのが俺の仕事ですから。公権力にまで目をつけられるとは、俺の肩書きもずいぶん仕上がってきた証拠だ。どうぞ、存分に俺を危険人物として警戒してください」
「あ、あなたは……自分の言葉が人を傷つけているという自覚がないのですか!?」
グラデルがドン引きしたように上体を反らす。
「ありますよ。だからこそ、後腐れはすべて俺が引き受けているんです。誰も汚れ役をやりたがらないから、俺が代わりに嫌われてやっている。需要と供給です」
「狂っている……」
グラデルは信じられないものを見る目で俺を睨んだ。
善良な役人が理解不能な存在に向ける、純粋な嫌悪。無菌室で培養されたようなその苦味は、野良の冒険者からの逆恨みとはまた違った美味しさがあった。
「今日のところは帰って結構です。ですが、我々はあなたの動向を厳しく注視させてもらう」
「ええ、光栄です」
俺は丁寧に一礼し、取調室の扉へと向かった。
その出入り口の脇には、対象の魔力や精神的な危険度を測るための、人頭大の水晶型『魔力測定器』が台座に置かれていた。
俺がその真横を通り過ぎようとした、その瞬間。
――ピキッ。
微かな音と共に、透明だった魔力測定器の表面に、斜めに深い亀裂が走った。
「なっ……測定器が!?」
グラデルが弾かれたように立ち上がる。
俺は足を止め、ひび割れた水晶を振り返った。
「おや。審問庁の備品は随分と不良品が多いようですね」
「……原因不明だ。だが、あれは極めて危険な波長を検知した時にのみ反応するはず……」
グラデルは顔面を蒼白にしながら、手元の書類に何かを書き込んだ。
おそらく『ダン・要注意』とでも特記したのだろう。俺にとっては願ってもないボーナスだ。
◆
「だから、お前のその暑苦しい監視は、対象の日常的な行動パターンに影響を与えると言っているんです」
「黙れ! 隠れてコソコソと記録をつけるお前の方が、よほど不審だろう!」
取調室を出ると、白亜の廊下でフィオナとロッタが小競り合いをしていた。
どちらがより完璧に俺を監視(観察)できているかという、実に不毛で高度なマウントの取り合いだ。
「おい、お前ら。人の職場の前で何をやっているんだ」
俺が声をかけると、二人はピタリと口論を止め、同時にこちらを振り返った。
「ダ、ダン! 尋問は終わったのか」
「あなたの精神状態に著しいストレス反応は見られませんね。残念です」
そっぽを向くロッタと、ノートにカリカリと記録をつけるフィオナ。
俺は呆れながらも、内心でほくそ笑んだ。
(お前ら、仲がいいな。俺へのヘイトの矛先を奪い合って)
公権力からの苦味のある敵意に加えて、左右から挟み込まれるようなこの執着の圧。
実に充実した午前中だ。俺は軽い足取りで、〈クビキリ堂〉への帰路についた。
【本日のヘイト評――官製ヘイト。無菌室の苦味。廊下から妙に甘い圧も来た。★4.4】
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