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第10話 古参騎士に、過去の栄光ごとクビを告げる

「ふざけるな! 俺がいつ、若手の功績を奪ったというのだ!」


ガシャンッ! と。

分厚い鋼の籠手が、王都騎士団の頑丈な会議机を叩き割らんばかりの勢いで振り下ろされた。


部屋に集められた数名の若手騎士たちが、ビクッと肩を震わせて息を呑む。

怒声を上げているのは、歴戦の証である傷だらけの重鎧に身を包んだ巨漢――古参騎士バルガスだ。彼は血走った眼で、正面に座る俺を睨みつけていた。


「俺はかつて、北方戦線で何百という魔物を斬り捨てた英雄だぞ! どこぞの馬の骨とも知れん代行業者の言うことなど、誰が信じるものか!」


バルガスの後ろ盾となっている過去の栄光。

それゆえに誰も彼に逆らえず、問題が放置されてきたわけだ。


だが、そんなものは俺には通用しない。

俺は会議机の上に広げた調査書類を指先でトントンと叩き、慇懃な笑みを浮かべた。


「では、誰もが信じざるを得ない『事実』を列挙しましょうか」


「なんだと……?」


「五月十二日。新人のゴードンに対し、木剣での指導と称して鎖骨を骨折させる暴行。同月二十日、その怪我を本人の不注意として処理し、彼を含む三名の有望な若手を退団に追い込んでいますね」


「あいつらに騎士としての根性がなかっただけだ!」


「六月三日のオーガ討伐。あなたは後方で指示を出していただけにも関わらず、討伐記録はあなたの単独撃破となっている。さらに――」


俺は、備品管理室から持ち出した写しを、バルガスの目の前に滑らせた。


「部隊に支給された『強力な鎮痛薬』と『魔力回復薬』の異常な消費量。これもあなたの仕業ですね」


「なっ……!?」


バルガスの顔から、初めて余裕の色が消えた。


「あなたはすでに、老いと過去の戦傷でまともに剣を振れる状態じゃない。だから大量の薬で痛みを誤魔化し、若手たちが命懸けで弱らせた魔物にトドメだけを刺して、自分の手柄にしている。違いますか」


会議室が水を打ったように静まり返った。

背後に立つ若手騎士たちが、驚きと、そして隠されていた真実を知った怒りの眼差しをバルガスに向けている。


「ち、違う! 俺は英雄だ! 俺の指導がなければ、こいつらヒヨッコはすぐに死ぬんだぞ!」


見苦しく過去の威光にすがりつく老人に、俺は最も残酷な核心の一刺しを見舞った。


「あなたは騎士ではない。過去の勲章に若者の未来を食わせている老人です」


「――ッ!!」


図星を完璧に言語化されたバルガスの顔が、どす黒い怒りと羞恥に染まる。

極上のヘイトが立ち昇るのを感じながら、俺は冷徹に引導を渡した。


「――以上の理由により、貴殿を追放する」


「舐めるなァァァッ!!」


完全に逆上したバルガスが、腰の真剣を引き抜き、凄まじい殺気と共に俺の首めがけて斬りかかってきた。

重装甲の騎士の一撃。まともに受ければ両断される。


だが、俺は椅子から立ち上がる反動を利用して、最小限の動きで横へステップを踏んだ。

大振りの剣が、俺の鼻先数ミリの空気を切り裂く。


「なっ……!?」


「右膝だよ、英雄殿。薬で痛みを消していても、庇う癖までは消せていない」


俺はバルガスの死角――庇っている右足の側へ滑り込み、その膝の裏側を革靴の踵で正確に蹴り抜いた。


「グアァァッ!?」


全体重が乗っていた右膝が砕け、巨漢の騎士が体勢を大きく崩す。

俺はその隙を見逃さず、剣を握る彼の手首を極め、大理石の床へと容赦なく叩き伏せた。


「ガハッ……! き、貴様ぁ……!」


「安心してください。これは正当な解雇です。理不尽に追放されたわけではないので、あなたに《逆境祝福》など降りてはきませんよ」


床で呻くバルガスを見下ろし、俺は意図せざる活路を提示してやる。


「とはいえ、その図体と過去の威光を利用して、裏街のカジノの用心棒でもやれば、まだ小銭は稼げるでしょう。せいぜい、過去の自慢話を聞いてくれる客を見つけることですね」


「殺してやる……! ダン、貴様だけは絶対に許さんぞぉぉぉっ!!」


バルガスが血の涙を流さんばかりの憎悪で吠える。

いいね。過去の栄光を剥ぎ取られた人間の、渋みのある熟成された敵意だ。俺は心の底から歓喜の笑みをこぼした。


「……そこまでだ」


その時、凛とした声が会議室に響いた。

騒ぎを聞きつけてやってきたのか、正義感の強い隊長令嬢――ロッタが、床に押さえつけられたバルガスと、俺を交互に見つめていた。


「バルガスの罪を暴いたことは認める。証拠も揃っている以上、彼の追放は決定だ。若手たちも救われた」


ロッタは俺の前に進み出ると、その碧眼を真っ直ぐに俺へと向けた。


「だが、お前のその相手の誇りまで泥に踏みにじるやり方は、到底正義とは呼べない。やはりお前の手口は外道だ」


「正義で飯が食えるかよ。俺は嫌われ屋なんでね」


「ならば、私の正義で、お前の外道を正す。――私と決闘しろ、ダン」


ロッタが腰の剣の柄に手をかけ、高らかに宣言した。

王都騎士団の隊長令嬢からの、真っ向からの敵対宣言。俺は思わず喉を鳴らした。


カリカリカリカリカリッ!!!


その瞬間、俺の背後で、猛烈な勢いで羊皮紙を擦る音が響き渡った。

見れば、壁際で大人しくしていたフィオナが、無表情のまま、羽ペンをへし折らんばかりの力でノートに何かを書き殴っていた。


紫紺の瞳が、ロッタを射抜くように睨みつけている。

ノートには太く、黒々とした文字で『新たな干渉者。長期観察対象。排除の必要性あり』と書かれていた。


(おっと。俺のヘイトを独占したいフィオナが、ロッタの宣戦布告に露骨に対抗心を燃やしているな。いいぞ、もっと俺を巡って争ってくれ)


俺は、俺を中心に巻き起こる強烈な敵意と監視の交差に、今日一番の喜びを噛み締めていた。


【本日のヘイト評――錆びた誇りの逆噴射。渋みはあるが後味が悪い。横で正義の匂いもする。★保留】


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