第9話 『全国候補』
鷹城迅。
その名前が頭から離れなかった。
医務室を出た後も。
廊下を歩いている今も。
兄の顔が浮かぶ。
白い病室。
窓の外を見続ける兄。
何を話しかけても。
返事はなかった。
そして。
最後の試合。
最後の敗北。
最後の相手。
鷹城迅。
灯真は拳を握る。
知らず知らずのうちに。
爪が掌へ食い込んでいた。
「おい」
声が聞こえる。
振り返る。
九条蓮だった。
「怖い顔してるぞ」
灯真は力を抜く。
「そうか」
「そうだよ」
九条は笑う。
人懐っこい笑顔。
この学園では珍しい。
普通の人間だった。
だからこそ。
少し安心する。
二人は並んで歩き始める。
廊下の大型モニター。
そこには序列一覧が映し出されていた。
一年生たちが足を止めている。
誰もが見上げていた。
頂点を。
序列一位。
【鷹城迅】
評価値。
【1348】
周囲がざわめく。
「やっぱりおかしい」
「一年であの数値は反則だろ」
「全国候補だからな」
灯真は見つめる。
数字。
だが。
数字以上の重みがあった。
兄を壊した男。
それが今。
学園最強候補として立っている。
その下。
七位。
【白瀬蒼司】
【測定不能】
九条が苦笑した。
「こっちも意味分かんねぇよな」
灯真は聞く。
「なんで七位なんだ?」
「上に六人いるから」
当たり前の答え。
だが。
続きがあった。
九条は少し声を落とす。
「つまり」
「白瀬より上が六人いる」
灯真は黙る。
序列七位ですら。
怪物。
それより上が六人。
頭がおかしい。
「天凰は魔境だろ……」
思わず漏れる。
九条は笑った。
「ようこそ地獄へ」
その時だった。
後ろから足音。
規則正しい。
静かな。
だが。
周囲の空気が変わる。
ざわめきが消える。
生徒たちが道を開ける。
誰かが来る。
灯真は振り返る。
そして。
固まった。
銀髪。
鋭い瞳。
整った顔立ち。
鷹城迅。
本人だった。
心臓が大きく鳴る。
病室。
兄。
敗北。
空白の瞳。
記憶が一気に蘇る。
吐き気がした。
鷹城は歩く。
真っ直ぐ。
周囲を見ない。
当然のように。
王のように。
そして。
灯真の前で止まった。
沈黙。
数秒。
周囲も息を呑む。
九条が固まる。
誰も動かない。
鷹城は灯真を見る。
上から。
静かに。
観察するように。
そして。
「ああ」
小さく呟いた。
「久瀬か」
灯真の身体が強張る。
覚えている。
向こうは覚えている。
兄ではない。
自分を。
鷹城は続けた。
「まだいたんだな」
悪意はない。
見下しもない。
だからこそ。
残酷だった。
灯真にとっては。
兄の人生を変えた試合。
だが。
鷹城にとっては。
覚えているかどうかも曖昧な出来事。
それだけ。
灯真は拳を握る。
震える。
怒り。
悔しさ。
全部が混ざる。
鷹城は灯真を見つめる。
そして。
少しだけ口元を緩めた。
「諦めてないなら」
静かな声。
「上がって来い」
灯真の瞳が揺れる。
鷹城は振り返る。
そのまま歩き出す。
誰も止めない。
止められない。
圧倒的だった。
存在そのものが。
やがて。
その背中が遠ざかる。
灯真はしばらく動けなかった。
九条が小さく呟く。
「今の……」
「知り合いだったのか?」
灯真は答えない。
答えられない。
その時だった。
近くで見ていた澪が口を開く。
珍しく。
少しだけ強い口調で。
「鷹城迅には近づかない方がいいです」
灯真は顔を上げる。
「なんでだ」
澪は沈黙した。
数秒。
そして。
「危険だからです」
それだけ。
だが。
その目は違った。
恐れている。
そんな風に見えた。
灯真は違和感を覚える。
澪が恐れる相手。
評価値998の彼女が。
その時。
学園放送が鳴り響く。
【序列戦予備登録者へ通達】
空気が変わる。
生徒たちが動き出す。
【第一競技場へ集合してください】
序列戦。
いよいよ始まる。
観測者が反応する。
【筋反応補助】
【定着率 21%】
【適応進行中】
昨日より。
少しだけ強くなっている。
だが。
足りない。
圧倒的に。
皇牙にも。
白瀬にも。
鷹城にも。
届かない。
それでも。
灯真は歩き出す。
兄のために。
自分のために。
そして。
いつか。
あの背中を超えるために。
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