第8話 『測定不能』
「研究棟です」
澪の返答は短かった。
灯真は窓の外を見る。
高い壁。
監視カメラ。
警備ドローン。
学園施設とは思えない厳重さ。
「あそこに何がある」
澪は答えない。
数秒。
沈黙。
そして。
「知る必要はありません」
それだけだった。
灯真は眉をひそめる。
否定しない。
説明もしない。
その反応が逆に不自然だった。
だが。
これ以上聞いても無駄だと理解する。
その時だった。
「気になるか?」
静かな声。
振り返る。
白瀬蒼司。
いつの間にか。
まだ医務室に残っていた。
窓の外を見ている。
研究棟の方角を。
灯真は少し警戒する。
序列七位。
評価値測定不能。
皇牙より上。
間違いなく怪物。
白瀬は続ける。
「みんな同じだ」
「最初は気になる」
「だがそのうち気にしなくなる」
灯真は首を傾げた。
「なんでだ」
白瀬は小さく笑う。
初めて見る表情だった。
「余裕がなくなるからだ」
意味が分からない。
だが。
冗談ではないことだけは分かった。
その時。
教師が近づいてくる。
「白瀬君」
「そろそろ教室へ戻ってください」
白瀬は肩をすくめる。
そして。
出口へ向かう。
だが。
途中で足を止めた。
灯真を見る。
数秒。
まるで観察するように。
そして。
「評価値はいくつだった」
突然だった。
「187」
正直に答える。
白瀬は黙る。
数秒。
そして。
「なるほど」
またそれだった。
灯真は思わず言う。
「さっきから何なんだよ」
白瀬は振り返らない。
そのまま答える。
「安心しろ」
静かな声。
「この学園で評価値を信じている奴は弱い」
灯真は目を見開く。
教師ですら固まった。
白瀬は続ける。
「数値は便利だ」
「だが強さは測れない」
「だから俺は測定不能なんだろう」
そして。
今度こそ去っていく。
静寂。
灯真は言葉を失った。
評価値。
序列。
才能。
この学園は数字で管理されている。
そう思っていた。
だが。
序列七位は違うと言った。
その時だった。
医務室の外が騒がしくなる。
ざわめき。
歓声。
悲鳴にも似た声。
教師がため息を吐く。
「またですか」
灯真は窓を見る。
訓練場。
遠くからでも見える。
人だかり。
その中心。
黒い影。
御門皇牙だった。
灯真は固まる。
皇牙はまだ訓練していた。
昨日。
灯真を圧倒した後から。
ほぼ休憩なしで。
数時間。
いや。
半日近く。
訓練を続けている。
「化け物だろ……」
思わず漏れる。
澪は否定しない。
「序列十位以内は例外です」
「一般的な才能保持者とは別種と考えてください」
灯真は苦笑した。
皇牙。
白瀬。
どちらも人間に見えない。
その時。
学園全域放送が鳴る。
【全生徒へ連絡】
廊下が静まり返る。
誰もが足を止める。
【序列戦予備登録を開始します】
空気が変わった。
明らかに。
緊張。
興奮。
恐怖。
様々な感情が入り混じる。
周囲の生徒たちがざわめく。
「始まるぞ……」
「今年は早いな」
「聞いたか?」
「序列十二が出るらしい」
「マジかよ」
「今年は荒れるぞ」
灯真は耳を傾ける。
その時。
別の声が聞こえた。
「去年は才能喪失者が九人だったらしい」
「やめろよ……」
「冗談じゃねえ」
灯真の表情が変わる。
才能喪失。
兄の顔が浮かぶ。
ソファに座る兄。
何も映していない瞳。
握った拳に力が入る。
負けられない。
絶対に。
その時だった。
視界の奥。
流れが見える。
以前より鮮明に。
才能の線。
強弱。
揺らぎ。
そして。
人混みの向こう。
異様な光。
誰よりも巨大な才能。
誰よりも鋭い圧力。
灯真は目を見開く。
二階の渡り廊下。
そこに立つ一人の少年。
銀髪。
鋭い瞳。
完璧な姿勢。
忘れるはずがない。
鷹城迅。
灯真の呼吸が止まる。
兄が壊れる前。
最後に敗れた相手。
全国候補。
天才。
鷹城は下を見下ろしていた。
王のように。
当然のように。
そして。
その視線が。
灯真で止まる。
数秒。
沈黙。
拳が震える。
兄の顔が浮かぶ。
あの日。
病院。
何も話さなくなった兄。
失われた未来。
全ての始まり。
鷹城の口元が僅かに歪む。
笑った。
見下すように。
思い出したように。
そして。
立ち去る。
灯真は拳を握り締めた。
皇牙。
白瀬。
鷹城。
怪物ばかりだ。
だが。
逃げるつもりはない。
むしろ。
ようやく見つけた。
超えるべき相手を。
その時。
医務室の外。
誰も気づかない場所から。
一人の男が見ていた。
黒いスーツ。
整った顔立ち。
理事長。
黒曜院蓮司。
彼は静かに灯真を見つめる。
興味深そうに。
まるで。
観察するように。
そして。
小さく呟いた。
「やはり面白い」
その言葉を聞いた者はいない。
ただ一人。
理事長だけが知っている。
久瀬灯真という存在が。
予定調和から外れ始めていることを。
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