第7話 『評価値』
目を覚ました瞬間。
全身を焼くような痛みが走った。
「っ……!」
反射的に起き上がろうとして。
灯真は再びベッドへ沈んだ。
身体が動かない。
筋肉ではない。
神経の奥。
もっと深い場所が悲鳴を上げている。
右手が勝手に震える。
意思とは関係なく。
小刻みに。
不気味なほど規則的に。
「目が覚めましたか」
静かな声。
窓際。
天道澪が立っていた。
白い光を背負っている。
感情の薄い瞳。
だが。
昨日のような冷たさはなかった。
灯真はゆっくり息を吐く。
「ここは……」
「医務室です」
短い返答。
昨日の記憶が蘇る。
御門皇牙。
序列十二。
選択圧。
最適化。
そして。
【筋反応補助】
強制取得。
その瞬間だった。
右腕が跳ね上がる。
「なっ!?」
自分で動かしていない。
それなのに。
筋肉だけが勝手に反応する。
澪は淡々と言った。
「取得反動です」
「まだ才能が定着していません」
灯真は顔をしかめた。
「こんなのが普通なのか?」
澪は首を横に振る。
「普通ではありません」
「強制取得ですから」
静かな声。
そして。
続ける。
「適合率三十%未満」
「神経損傷率六十四%」
「才能崩壊率二十二%」
「死亡例もあります」
灯真は絶句した。
「それ昨日言えよ……」
「聞かれませんでした」
真顔だった。
反論できない。
その時だった。
隣のベッドから呻き声が聞こえた。
灯真は視線を向ける。
同年代の男子生徒。
身体が激しく痙攣している。
医師たちが慌ただしく動く。
「拒絶反応!」
「抑制剤!」
「才能崩壊が始まってる!」
灯真の背筋が凍る。
その生徒の腕。
黒い血管のようなものが浮き出ていた。
異常。
誰が見ても異常だった。
澪が静かに告げる。
「強制取得失敗例です」
灯真は言葉を失う。
昨日の自分も。
一歩間違えば。
こうなっていた。
沈黙。
そして。
兄の顔が浮かぶ。
ソファに座る兄。
焦点の合わない瞳。
何も感じていないような顔。
(兄も……)
澪の表情が僅かに揺れた。
本当に僅かに。
「久瀬先輩は違います」
灯真の心臓が跳ねる。
「兄を知ってるのか?」
沈黙。
数秒。
澪は視線を逸らした。
「答えられません」
否定しない。
灯真は確信する。
澪は兄を知っている。
そして。
兄に何かがあったことも。
その時だった。
医務室の奥。
ガラスで仕切られた区画が目に入る。
一般病棟ではない。
厳重な電子ロック。
警備用カメラ。
異様だった。
灯真は思わず聞く。
「あそこは?」
澪の視線が向く。
ほんの一瞬だけ。
表情が固くなる。
「才能障害病棟です」
「才能取得による後遺症患者が入院しています」
灯真は息を呑む。
その時。
扉が開く。
ストレッチャーが運ばれてくる。
若い男だった。
二十歳前後。
身体は動いている。
だが。
瞳だけが空っぽだった。
灯真の心臓が大きく鳴る。
兄に似ていた。
あまりにも。
澪は何も言わない。
だが。
その沈黙が全てを物語っていた。
その時。
白衣の教師が入ってくる。
手には端末。
「久瀬灯真」
「評価値の再測定を行います」
灯真は立ち上がる。
身体は重い。
だが。
歩ける。
透明な測定装置の前に立つ。
淡い光が身体を包む。
数秒後。
結果が表示された。
【評価値 187】
沈黙。
教師が微妙な顔をする。
「最低基準付近ですね」
灯真は苦笑した。
やはり低いらしい。
その時。
医務室の外がざわついた。
教師が額を押さえる。
「またですか……」
澪が呟く。
「白瀬ですね」
灯真は首を傾げる。
「誰だ?」
「序列七位」
灯真は固まる。
皇牙より上。
澪は続ける。
「評価値は測定不能」
意味が分からない。
数秒後。
扉が開いた。
静かな足音。
銀に近い黒髪。
整った顔立ち。
異様な静けさ。
そして。
説明のつかない威圧感。
教師が頭を抱える。
「白瀬君」
「今回は壊さないでください」
白瀬は少し困った顔をした。
「努力します」
測定開始。
光。
振動。
そして。
警告音。
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
次の瞬間。
測定器が停止した。
教師が深くため息を吐く。
「四台目です……」
灯真は言葉を失った。
本当に壊した。
白瀬は静かに頭を下げる。
その時。
白瀬の視線が灯真へ向く。
初めて。
ほんの一瞬だけ。
興味を持ったようだった。
「君が久瀬灯真か」
灯真は頷く。
白瀬は数秒沈黙する。
そして。
小さく呟いた。
「なるほど」
意味が分からない。
だが。
その言葉には何かがあった。
白瀬は踵を返す。
出口へ向かう。
しかし。
扉の前で立ち止まる。
「来週から序列戦が始まる」
静かな声。
「生き残れ」
それだけ言って去っていった。
静寂。
灯真は拳を握る。
序列十二の皇牙。
序列七位の白瀬。
評価値998の澪。
評価値187の自分。
差は圧倒的だった。
その時。
ふと窓の外を見る。
学園の奥。
高い壁の向こう。
立入禁止区域。
巨大な灰色の建物が見えた。
無機質な箱のような建築物。
灯真は何気なく尋ねる。
「あれは?」
澪の視線が向く。
数秒の沈黙。
そして。
「研究棟です」
短い返答。
それだけ。
それだけのはずなのに。
なぜか胸がざわついた。
兄のことを考えた時と同じ感覚。
嫌な予感。
だが。
理由は分からない。
今はまだ。
ただ一つだけ確かなことがある。
怪物たちの世界は始まったばかりだ。
そして。
兄の真実も。
あの研究棟の先にある。
灯真は静かに拳を握った。
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