第15話 『封印記録』
【序列戦選抜試験を明日再開します】
放送が消える。
地下保管庫に静寂が戻った。
灯真は開きかけた扉を見つめる。
あと少しだった。
兄の記録。
兄の真実。
そこへ手が届くはずだった。
だが。
白瀬は首を横に振る。
「今日はここまでだ」
灯真は眉をひそめる。
「なぜだ」
「監視が来る」
短い返答。
白瀬の表情は変わらない。
だが。
冗談ではないことだけは分かった。
その時だった。
観測者が反応する。
【周辺記録解析】
【閲覧対象確認】
【A-17】
【断片情報取得】
視界が揺れる。
ノイズ。
そして。
映像。
白い部屋。
無数のモニター。
研究施設。
誰かが立っている。
灯真は息を呑んだ。
兄。
久瀬蒼真。
二年前。
まだ壊れる前。
まだ笑えていた頃。
映像は不安定だった。
音も途切れる。
だが。
確かに聞こえた。
兄の声。
『これは失敗だ』
ノイズ。
『あれは人間じゃない』
ノイズ。
『絶対に外へ――』
映像が途切れる。
世界が戻る。
灯真は壁へ手をついた。
呼吸が乱れる。
心臓が痛いほど鳴る。
「あれは……」
兄だった。
間違いない。
その時。
白瀬が初めて表情を変えた。
「何を見た」
灯真は答えない。
答えられなかった。
兄が残した警告。
それだけで頭がいっぱいだった。
その時。
別の足音。
三人目。
地下通路の奥から近づいてくる。
澪だった。
彼女は二人を見る。
そして。
開きかけた保管庫の扉を見る。
小さく息を吐いた。
「間に合いましたか」
まるで。
こうなることを知っていたように。
白瀬が言う。
「監視役か」
澪は否定しない。
数秒。
沈黙。
やがて。
澪は灯真を見る。
その瞳には。
珍しく迷いがあった。
「久瀬君」
静かな声。
「これ以上進むなら」
灯真は顔を上げる。
澪は続けた。
「久瀬先輩と同じ道を歩くことになります」
地下通路が静まる。
灯真の鼓動が跳ねる。
兄と同じ道。
それは警告だった。
澪が初めて見せた。
本気の警告。
だが。
灯真は首を横に振る。
「それでも行く」
即答だった。
兄に何が起きたのか。
知らなければ前へ進めない。
澪は目を閉じる。
そして。
小さく呟いた。
「そう言うと思っていました」
その時だった。
警報。
地下保管庫全体に赤い光が走る。
【警告】
【特別管理記録への不正接触を確認】
赤色灯。
警告音。
三人が同時に顔を上げる。
まずい。
誰かに気づかれた。
白瀬が舌打ちする。
「早すぎる」
澪の顔色も変わる。
「戻ってください」
「今すぐ」
その瞬間。
観測者が最後の情報を表示した。
【A-17】
【関連記録】
【閲覧権限不足】
【解放条件】
灯真の視界が止まる。
次の文字。
【序列戦上位権限】
静寂。
全てが繋がった。
兄の記録。
研究棟。
A-17。
その全てに辿り着くためには。
強くならなければならない。
勝たなければならない。
序列戦で。
灯真は拳を握る。
迷いは消えていた。
その時。
白瀬が背を向ける。
「生き残れ」
短い言葉。
だが。
そこには確かな期待があった。
澪も静かに言う。
「明日からが本番です」
灯真は頷く。
序列戦。
皇牙。
白瀬。
鷹城。
怪物たちとの戦い。
そして。
兄の真実へ続く道。
地下保管庫の扉がゆっくり閉じていく。
封印された記録。
まだ届かない真実。
だが。
いつか必ず辿り着く。
灯真はそう確信していた。
◇
同じ頃。
学園最上階。
特別訓練室。
鷹城迅は窓の外を眺めていた。
夜の学園。
その景色を見ながら。
一枚の資料へ目を落とす。
そこには一人の名前。
【久瀬灯真】
鷹城は数秒見つめる。
そして。
小さく笑った。
「ようやく上がってきたか」
その目には。
僅かな興味が宿っていた。
◇
別の場所。
訓練場。
御門皇牙は一人で拳を振っていた。
深夜。
誰もいない。
それでも止まらない。
その足元には序列戦参加者一覧。
皇牙の視線がある名前で止まる。
【久瀬灯真】
数秒。
沈黙。
そして。
「素材か」
小さく呟く。
だが。
次の瞬間。
僅かに口元が上がった。
「いや」
拳が空気を裂く。
「まだ分からんな」
◇
そして。
学園の最奥。
研究棟。
誰も入ることのできない部屋。
月明かりの差し込む窓際。
一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
白い制服。
異常粒子の中心にいた少女。
彼女は静かに夜空を見上げる。
そして。
小さく呟いた。
「序列戦が始まる」
感情のない声。
だが。
次に続いた言葉だけは違った。
微かに。
嬉しそうに。
「今度は会える」
少女の瞳には。
久瀬灯真だけが映っていた。
第一部 天凰学園編
第一章 入学試験編 完
第二章 序列戦編
第16話『序列戦開幕』へ続く。
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