第14話 『閲覧禁止』
夜。
消灯時間を過ぎていた。
学生寮の窓から見える研究棟は今日も静かだった。
高い壁。
無機質な外観。
まるで巨大な墓標。
灯真はしばらく見つめる。
兄。
黒髪の少女。
異常粒子。
全てがあそこへ繋がっている気がした。
だが。
今向かうべき場所は別だった。
学園記録保管庫。
兄の痕跡が残る場所。
灯真は静かに立ち上がった。
◇
翌日。
異常粒子事件の影響で授業は短縮されていた。
学園中が落ち着かない。
教師たちは忙しく動き回り。
生徒たちは噂話ばかりしている。
だが。
正式発表は何もない。
隠している。
誰もがそう感じていた。
「久瀬」
食堂で呼び止められる。
九条だった。
いつも通りの笑顔。
それが少しありがたかった。
「また徹夜しただろ」
灯真は苦笑する。
図星だった。
九条はトレーを置きながら言う。
「図書棟地下なら今日も開いてるぞ」
灯真は顔を上げる。
「本当にあるのか?」
「資料保管庫」
九条は頷く。
「卒業生の記録とか昔の大会データとか」
「普通は誰も行かないけどな」
そして少し笑う。
「兄貴が昔よく使ってた」
灯真は興味を持つ。
「どんな人なんだ?」
「ただの勉強好き」
九条は肩をすくめる。
「序列戦は弱かったらしい」
初めて聞く話だった。
九条にも兄がいる。
それだけで少し親近感が湧く。
その時。
「おすすめしません」
静かな声。
澪だった。
相変わらず突然現れる。
九条が苦笑する。
「怖いなぁ」
澪は無視した。
視線は灯真だけを見ている。
「資料保管庫へ行くつもりですか」
「ああ」
即答だった。
澪は数秒黙る。
そして。
「久瀬先輩の記録は残っています」
灯真の鼓動が跳ねる。
兄の記録。
やはり存在する。
「ただし」
澪は続ける。
「通常権限では閲覧できません」
そこまでだった。
理由も。
内容も。
教えない。
だが。
以前よりは良かった。
少なくとも。
何かが残っていることだけは分かった。
その時。
灯真は決意する。
待っていても始まらない。
自分で確かめる。
兄の過去を。
◇
放課後。
図書棟地下。
学園資料保管庫。
重い金属扉が目の前にあった。
地下特有の冷たい空気。
人の気配はない。
静かすぎる。
灯真は認証端末へ学生証をかざす。
電子音。
そして。
赤い表示。
【権限不足】
予想通りだった。
だが。
その下に別の文字が表示される。
【閲覧禁止指定記録存在】
灯真の呼吸が止まる。
ある。
兄の記録は本当にある。
消されていない。
隠されているだけだ。
その瞬間。
観測者が反応する。
【検索対象一致】
【対象記録存在確率91%】
やはり間違いない。
兄はここにいる。
記録の中に。
その時だった。
足音。
静かな。
規則正しい足音。
灯真は振り返る。
白瀬蒼司。
序列七位。
測定不能。
無表情のまま歩いてくる。
「やっぱり来たか」
灯真は眉をひそめる。
「止めに来たのか」
白瀬は首を横に振る。
「違う」
短い返答。
そして。
認証端末を見る。
数秒。
沈黙。
「勘違いするな」
突然そう言った。
灯真は首を傾げる。
白瀬は続ける。
「俺も全部は知らない」
灯真の目が少し開く。
初めてだった。
白瀬が分からないと言ったのは。
「じゃあ何を知ってる」
「入口だけだ」
静かな声。
「奥は俺も入れない」
その言葉は本当だった。
少なくとも。
嘘には聞こえなかった。
白瀬はポケットから黒いカードを取り出す。
見たことのない認証カード。
だが。
その表面には複雑な紋章が刻まれている。
白瀬はそれを端末へかざした。
電子音。
緑色のランプ。
重い扉がゆっくり開き始める。
ギギギ……。
古い機械音。
暗闇の向こうに無数の棚が見える。
記録。
資料。
封印された過去。
そして。
入口正面の端末画面に一瞬だけ文字が映る。
灯真は目を見開いた。
【特別管理記録】
【久瀬蒼真】
【分類:A-17】
【閲覧禁止】
一瞬だった。
だが。
確かに見えた。
A-17。
知らない記号。
だが。
観測者が反応する。
【重要情報確認】
【A-17】
【優先調査対象へ登録】
灯真の鼓動が速くなる。
兄の記録。
そして。
A-17。
何かが始まる。
その予感だけがあった。
白瀬は暗闇の向こうを見つめながら言う。
「見るなら覚悟しろ」
灯真は拳を握る。
もう後戻りはできない。
兄の真実へ。
初めて手が届こうとしていた。
その時。
学園全域放送が鳴り響く。
突然だった。
【全生徒へ通達】
地下通路に機械音声が反響する。
【序列戦選抜試験を明日再開します】
灯真と白瀬が同時に顔を上げる。
【参加者は午前八時に第一競技場へ集合してください】
放送が終わる。
静寂。
序列戦。
再開。
兄の記録。
A-17。
そして序列戦。
全てが同時に動き始めていた。
白瀬は小さく呟く。
「時間切れだな」
灯真は開き始めた扉の奥を見つめる。
あと少し。
あと少しで。
真実に届くはずだった。
だが。
学園は待ってくれない。
序列戦が始まる。
怪物たちの戦いが。
そして灯真自身の戦いも。
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