第13話 『見えない少女』
試験中断。
その発表から二十分後。
第一競技場は完全に封鎖されていた。
教師たちが慌ただしく動き回る。
医療班。
警備班。
学園本部職員。
全員の表情が硬い。
異常粒子。
誰もその名前を口にしない。
だが。
何かが起きたことだけは明らかだった。
灯真は競技場の外に立っていた。
視線は自然と学園の奥へ向く。
高い壁。
立入禁止区域。
研究棟。
あの黒髪の少女が消えた方向。
そして。
兄の記録と繋がるかもしれない場所。
「また考え込んでるな」
声が聞こえる。
九条だった。
紙パックのスポーツドリンクを投げてくる。
灯真は受け取った。
「ありがと」
「貸し一な」
九条が笑う。
その笑顔を見て。
少しだけ肩の力が抜けた。
九条は壁にもたれながら言う。
「今回の試験、変だったよな」
「変だった」
即答だった。
九条は真顔になる。
「教師連中が焦るなんて初めて見た」
灯真も同意する。
普通じゃない。
間違いなく。
九条は少し声を落とした。
「なあ」
「お前、何か見たか?」
灯真の心臓が跳ねる。
だが。
首を横に振った。
「いや」
今は言えない。
言うべきじゃない気がした。
九条も深追いしなかった。
「まあいい」
「次の試験までには戻ってこいよ」
そう言って去っていく。
灯真は小さく笑った。
気づけば。
この学園で初めてできた友人かもしれない。
◇
夕方。
学生寮へ戻る途中。
灯真は呼び止められた。
「久瀬君」
澪だった。
静かな声。
だが。
いつもより表情が固い。
灯真はすぐに切り出す。
「聞きたいことがある」
澪は頷く。
「私もです」
二人は人通りの少ない通路へ移動した。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは灯真だった。
「異常粒子の時」
「黒髪の少女を見た」
澪の動きが止まる。
本当に一瞬だけ。
だが。
確かに止まった。
「どんな姿でしたか」
灯真は説明する。
長い黒髪。
白い制服。
冷たい瞳。
誰も気づいていなかったこと。
そして。
自分だけが見えていたこと。
全て。
澪は最後まで黙って聞いていた。
やがて。
小さく息を吐く。
「その話は他人にしないでください」
またそれだった。
灯真は眉をひそめる。
「理由は」
「言えません」
沈黙。
灯真は苛立ちを抑える。
最近ずっとそうだ。
答えられない。
言えない。
知らなくていい。
だが。
今回は引けなかった。
「兄のこともそうだ」
澪の肩が僅かに揺れる。
「お前は何か知ってる」
「俺の兄に何があった?」
「なんであんな風になった?」
声が強くなる。
ずっと聞きたかった。
ずっと知りたかった。
澪は黙っていた。
そして。
静かに言う。
「記録があります」
灯真の鼓動が跳ねる。
「記録?」
「久瀬先輩の学園記録です」
それだけだった。
研究棟とは言わない。
何が書かれているのかも言わない。
だが。
灯真には十分だった。
学園には残っている。
兄の痕跡が。
澪は続ける。
「ただし閲覧制限があります」
「通常の方法では見られません」
灯真は拳を握る。
初めて。
手掛かりを掴んだ。
兄へ繋がる手掛かりを。
その時だった。
後ろから足音。
二人が振り返る。
白瀬蒼司。
序列七位。
相変わらず無表情だった。
「盗み聞きか?」
灯真が言う。
白瀬は首を横に振る。
「違う」
「最初から聞いていた」
悪びれない。
灯真は呆れた。
白瀬は澪を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
「そこまでにしろ」
静かな声。
澪は何も言わない。
白瀬は灯真へ視線を向ける。
「一つだけ教える」
灯真は黙る。
白瀬は続けた。
「知ることと辿り着くことは違う」
意味が分からない。
だが。
冗談ではない。
「兄の記録を見ても」
「答えに辿り着けるとは限らない」
灯真は目を細める。
「何を知ってる」
白瀬は答えない。
ただ。
去り際に一言だけ残した。
「見えたなら気を付けろ」
灯真の背筋が冷える。
「何にだ」
白瀬は立ち止まらない。
そのまま言う。
「向こうもお前を見ている」
静寂。
そして。
去っていった。
灯真はしばらく動けなかった。
偶然じゃない。
あの少女は。
確かに自分を見ていた。
その時だった。
観測者が反応する。
【異常観測記録更新】
【対象:黒髪の少女】
【識別不能】
【再接触確率 92%】
数字が上がっている。
さらに。
新しい表示。
【関連情報検索】
【学園記録へのアクセスを推奨】
灯真の目が見開く。
兄の記録。
観測者まで同じ結論に辿り着いた。
なら。
やることは一つだった。
自分で調べる。
自分の足で。
誰かが教えてくれるのを待つのではなく。
兄の過去を。
学園の秘密を。
あの少女の正体を。
全部。
その夜。
寮の窓から研究棟を見つめながら。
灯真は静かに決意する。
(必ず辿り着く)
(兄に何があったのか)
(俺が確かめる)
そして同じ頃。
学園の最奥。
研究棟最上階。
暗い部屋の窓際に。
一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
白い制服。
月明かりに照らされた横顔。
少女は静かに外を見つめる。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「ようやく……見つけた」
その瞳は。
真っ直ぐに灯真だけを見ていた。
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