8-5
期待と高揚感の入り混じった熱
みんなのワクワクが会場を包んでる
独特の雰囲気
ガラスに囲まれた部屋
それでも伝わってくるその空気感に
自然と気持ちも高まって
覗き込むその先には
見知った面々
アップ中のまだ和やかな時間
次々とこちらを指差しては
手を振ってくれる
それが。
開始時間が近づく毎に
変わって行く
ざわめきと
静けさが
緊張感を球場中に広げていく
いよいよ、始まる
毎日続く試合
それでも毎回感じる
この雰囲気が
今は震えるほど肌に刺さった
歓声に迎えられる選手たち
守備に就く彼を視線が追う
こちらを見上げた彼と
目が合ったような気がした
打席に立てば
次々と広げられるタオル
その名前が一面に見える光景は
懐かしくもあり
嬉しくもあり
胸が震えて
涙が滲んだ
“これでいい?”
出かける前の彼を捕まえて
買ってもらったばかりの服を
着て見せる
ちょっとだけ居心地の悪そうな顔
でもすぐに気を取り直して
一歩下がる
全身に目をやって
満足そうな顔
「ええな」
その姿に思わず吹き出してしまう
「約束、ちゃんと守るんやで」
「連絡もな」
注意事項を何度も繰り返して
心配そうな眼差し
でもドアの前
いつものハグ
いつものキス
「…楽しんどいで」
置いて行く言葉も
覗き込まれた視線も
とても優しかった
カキンー
乾いた音と大きな歓声
嬉しそうにハイタッチ
あの彼も
今朝の彼も
わたしの大好きな人だと
そう思った
“家で待ってるね”
メールを送ってスマホをしまう
元気で、
“楽しかった”と言って
彼を迎えたい
試合の途中
少しだけ後ろに引かれながら
約束通り
自宅に戻る事にした
“おかえりなさい”
パタパタとスリッパの音
迎えてくれたのは
ちょっとだけ疲れの見える、
でも、笑顔だ
とホッとする
球場で
下から見上げて見た彼女は
戸惑いと嬉しさが混ざった顔で
この位置で
またあの姿が見られるようになるなんて
あの頃の
絶望感に打ちひしがれてた自分に
教えてやりたいと
そう思った
周りの景色は全部消えてた
見えたのは
ベッドで眠る、管と傷だらけの
彼女だけで
生きて欲しい
それだけでいいからと
強く願っていたはずなのに
チームメイトからの視線
向かって振られる手に
恥ずかしそうに振り返す
その笑顔、その姿に
思わず空を仰いだ
「楽しそうやったな」
並べられた夕食
未だ、刃物は使えない
だけど
他人の手を借りたその夕食を
並べる時も食べる時も
その表情は明るくなった
“うん、楽しかった”
“ちょっと緊張したけど”
箸を置いて
スマホに打たれる言葉たち
「ん…なんかわからんけど、」
「俺も緊張したわ」
そう言って笑い合える幸せを
やっと取り戻した気がした
その夜
なぜか感じた異変
よぎる嫌な予感
目を開ける前に入ってくる
荒い息
ベッドサイドのライトに手をやった
(せっかく行けたのに)
(早く帰ったのに)
息苦しさと闘いながら
湧き上がる悔しさ
順調だった
けど順調すぎるってことも
どこかでわかってた
パチンと点く淡い電気
心配そうな顔が見える
情けなくて思わず背ける顔
追いかけて来た手が
額に触れる
「…うた」
“振り出しやない、大丈夫や”
頭をそっと撫でてベッドを抜け出す彼に
どうして、この人は
わたしの欲しい言葉がわかるんだろうと
歪む唇を隠すように
布団に潜り込んだ




