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そのまま。  作者: こまこま
8章
57/58

8-6


「振り出しじゃない」

そう言ってもらったのに


あの日以来、

家に閉じこもりがちになったわたしを

何も言わずに見守っていてくれた彼が


「気が向いたらおいで」


と誘ってくれたのは

リーグ優勝が決まるかもしれない

大事な試合の前日


(気が向いたら、で行くような試合じゃない…)

余計に後ろ向きになる


こんな大事な試合

わたしが行ったら

色々気を遣わせるのに



だけど

優勝。

もしその場にいられたら。

同じ場所で


彼の、

それにみんなの

喜ぶ姿を見られるかもしれない


そんな夢を

見てもいいのかな…





「…詩が来たら、勝つんやって」


考え込む彼女にそう声をかけると

え…?と顔を上げた



「詩さん、明日来てくれないっすかねー」

「昴汰さん連れてきてくださいよ」


試合後、

優勝を目前にして興奮しながら

口々にそう強請る面々に

理由を聞けば 


「…いや、せっかくだし」

「見て欲しいっていうか」

「…ほら、勝利の女神っすよ!」


「この前、詩来た日、負けたよな…?」


一斉に黙り込んだ後

1人が口火を切った



「…あの時、みんなで約束したんです」

「今年は絶対優勝してやるって」

「あんな大変な時に、昴汰さん、俺らの事心配してくれて」

「あんなめちゃくちゃ言われてて」

「そんなんじゃないって悔しくて」

「…けど、俺らは勝って安心させようって、なって」

「だから」


できるなら2人で迎えて欲しい


「…なんて、結局昴汰さん居なかったらヤバかったんすけど」

「マジで帰ってきてくれてよかった」


照れ臭さを隠すように

大声で話し続ける彼らに


「…まぁ、言うてみるわ」


そう言うのが精一杯だった。



「絶対勝つから、来て欲しいんやって」


迷う彼女の背中を押すように

繰り返す


「…それに、俺も」

「一緒にいれたらうれしい」


押されるように頷いた彼女に


アイツらの喜ぶ顔が浮かんだ





その瞬間


グランド内にいる全員が

笑って、飛んで、叫んで、泣いて

感情を爆発させていた



歓喜の輪の中

突き上げられた握り拳


疑う余地もない

向けられた視線


満足そうで誇らしげな顔で

こちらを見上げる

夫の姿が

そこにはあった



「めちゃくちゃうれしい、最高です」

「けど、目標はもう一つ先なんで」

「みんなで全力で獲りにいきます」


彼の宣言に球場が揺れた





朝。

陽の光が部屋に差し込んでいる


(遅かったんだろうな…)


起きて待っていられなかった


(ごめんね…)


本当は笑顔で迎えてあげたかった

おめでとうって言いたかった


少しくらい触っても

起きなさそうなくらい、

ぐっすり眠るその顔に手を伸ばす


“おめでとう”

“よかったね”

“かっこよかったよ”


乱れてる髪

スッと通った鼻

無精髭の生えたあご



無防備に開いてる唇

そこに、ゆっくりと

近づいていく


“ありがとう”


伝わればいいのに




「…やば…」


途端、

待っていたかのように

動き出す腕

一瞬で身動きが取れなくなる



時間がこれば

彼はまた

人に、カメラに囲まれて

輝きを放つんだろう



だけど


今だけは。

この時間だけは

わたしだけのものだ、と


微かにお酒の匂いが残る

その腕の中に潜り込んだ


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