8-3
それは何の気なしだった
(出かけるって言うてたな…)
そう思い出して彼女のスマホのGPSを
確認した
どこまで行ったのか
無事帰っていればいい、
そんな軽い気持ちだったのに
「…はぁーっ?」
思わず出た声に周りの視線が集まる
迎えに行くか、…いや無理やな
慌てて、
詩を知ってるスタッフを見つけ出す
「悪いんやけど、ここに来とんねん」
「捕まえて来てくれん?」
関係者入口まで来ると
腕組みをして
不機嫌そうな彼が待っていた
「…買い物?」
低い声
ジトっと見つめてくる視線
「聞いてへん」
「一言言うたらええやん」
「別に止めへんし」
次々と降ってくる言葉に
段々納得がいかなくなる
だって
悪いことしてない
頑張ってるだけだもん…
不満が顔に出ていたのか
一瞬、間が空く
「…怒ってるやん」
なぜかちょっと嬉しそうな声で
頬がつつかれる
“ちょっとこっち”
そう言って
陰になる場所に連れて行かれて。
「会いに来た…んじゃなさそうやな」
「楽しかったか?」
“うん”
「そっか」
よかった…と笑う
「せやけど、心配させたんやからな」
「帰ったらちゃんと話してもらうで」
頬を軽くつまみながら
覗き込まれて
素直に頷く。
「タクシー呼んだから」
「とりあえず、もう帰り」
“今日の冒険は終わりやで?”
いつもなら
どうしたいか聞いてくれるのに
強引だったのは
…多分、限界だと分かったから
「あー、うた」
タクシーに乗り込む前
呼び止められたと思ったら
被っていたキャップを
深くかぶらされて
「寄り道するなよ」
何度もそう言った
帰り道
それまで野球一色だった頭が
少しずつ切り替わっていく
思い出すのはもちろん
昼間の詩だ
悪い事したのが見つかったみたいな
そんな顔してたくせに
段々と変わっていく表情が
可笑しくて
子供みたいなそんな表情を
見せてくれる事に
弱い自分を改めて確認させられた
今夜は
どんな顔で待っているんだろうか
(こいつはほんとに…)
ソファの上。
クッションを抱えながら
丸くなっている姿に
笑えてくる
起こした時の慌てる姿を想像しながら
そのまま目の前に座り込んでみる
待ちくたびれたのか
手にしたスマホは
動画が流れっぱなしで
見えたそれは
料理でも
メイクでも
音楽でもなくて
失声症の人のための…
胸が
ぎゅっと掴まれたように
苦しくなった…
カタン
遠くで音が聞こえたような気がして
ハッと目が覚めた
(寝ちゃってた…)
慌てて手元に目をやれば
真っ黒な画面にふぅっと息を吐く
「おぅ、起きたか」
バスルームから出て来た彼の
軽い調子にも
ちょっとホッとして
食事の支度をしようと立ち上がった
「…で?」
片付けを終えて戻ると
テレビの前
ストレッチしていた彼が
振り返った。
「言うたやろ、帰ったら話すって」
“こっちにおいで”
自分の方に呼び寄せるように
クイクイっと動く人差し指が
そのまま前に
座るようにと指示してくる
「怒ってへんよ」
「詩の考えてる事知っておきたいだけや」
神妙な顔で
目の前に座り込んだ彼女に
そう声をかけて
メモ用紙を渡せば
ポツリポツリと
伝えてくれる
「…なら試合見に来たらええやん」
きょとん、と澄んだ目が見つめてくる
「途中で帰ればいいんやし」
「その方が慣れるんやない?」
「席取っといてもらうし」
その目が弓形になっていくのが見えた
ニコニコと
嬉しさを抑えきれない詩に
「でも、往復タクシーだからな」
「入口も俺らと一緒のとこ使うんやで」
言い聞かせる度に
ちょっとだけ曇っていく表情
「…うた」
「過保護って思うのもわかるけど」
「これは譲れんよ」
頷く彼女に続ける
「…あとほかに、」
俺に知っておいて欲しい事
“なんかあるか?”




