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そのまま。  作者: こまこま
8章
53/58

8-2


(寝てる…)

夜。

寝室の扉を開けると

もう寝息を立てている彼。


近づいてその寝顔を見つめる


いつもなら

わたしが寝付くのが先だから


(疲れてるんだろうな…)


何度もあくびを噛み締めていた

姿を思い出す


ゆっくりと手を伸ばして

無防備なその顔に触れてみる


頬を滑り

鼻を辿って

唇を超え

喉までたどり着く


太い首

喉仏が動くのがとても不思議で

観察するようにじっと見ては

怒られたのを思い出して

口元が緩む


「…昴汰さん」


音は、出ない


「頑張ってね…」


漏れるのは空気だけで


伸ばしていた手が

力なく落ちた





「…あれ、出かけるん?」


家を出ようとした時

見送りに来てくれた彼女の

全身に目が留まる


“うん”

頷くその顔は薄めの、

でも他所行きのメイク


顔色は…悪くない


「なんやった?俺忘れてる?」


“買い物行くだけだよ”


「…なら、送ってく」


“大丈夫”


くるりと背中を押して

玄関に向かわせてくる


「うたぁー…」


押されながら顔だけ振り向いて

情けない声を出す俺に

少し笑っている



「…ええよ」

「けど気をつけてな」

“うん”

一歩下がって詩の全身をチェック

「それで行くん?」


どこかおかしいのかと眉を寄せて

不安そうな視線をよこす


「…いや、変やない、ええよ」


怪訝そうに額に皺がよる


「気いつけてな」


誤魔化すように

いつもの軽いハグ

そしてキスは、唇に落とした


どうかしてる…


閉じた扉に背中を預けて

息を吐く


そう思うのに


せり上がってくるような

モヤモヤした気持ちの

正体がわからなくて

抑えられずにいた





(今日はどうしよう…)


彼を送り出した後

一度ソファに座り込む


日本シリーズに行きたい


あの日の約束が

現実味を帯びる毎に

焦りも増してくる


今のままでは

試合を楽しめない


少しでも体力を付けたくて

外の空気に慣れたくて

ちょっとずつ外出の

時間と距離を伸ばしてる


本当は

声、掛けたかったな…


日に日に強くなる思い

だけど

思うようには行かなくて


(球場まで行ってみようかな…)

いい事を思いついた、と

ちょっと嬉しくなる


バッグを手に、

ゆっくりと立ち上がった…。





(わぁー…)

一歩、また一歩と進む度に

近づいてくる建物に

懐かしさが溢れてくる


立ち止まっては見上げ

周りを見渡しながら

また歩き出す


(ここ、通ってたんだよね…)


昴汰さんと来る時はいつも

車だから


この道を歩いて通るのは

働いていた時以来


嬉しくて

足どりも自然と軽くなる


試合にはまだまだ時間があるせいか

人通りはあまりなくて

それもまた心地良かった


今年初めてなんだな…


あんなに通っていたのに

画面上でしか見られなくなった場所

ここに通う彼を

送り出すのが精一杯で。


(でも、これた)

俯きかけた視線を上に上げて


球場を眺めていた時


「おーい、詩さーん」

こちらを目掛けて走ってくる人


「よかった、見つかった」

肩で息をしながら

その人は


「昴汰さんが呼んでます」

「まあまあやばいっすよ」


そう言って可笑しそうに笑った






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