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そのまま。  作者: こまこま
7章
51/52

7-7


休日の昼下がり。

いつの間にか寝てしまっていた、と

ソファの上

大きく伸びをする


詩の姿を目で探せば

隣の部屋で

床に正座しながら

洗濯物を畳んでいるのが見えて。


家の中を

静かで穏やかな時間が

ゆったりと流れている。



いつの間にか

正座できるようになったんやな、って

その回復に

嬉しくなる



そのうちに大きなシーツと

格闘し始める詩に

思わず笑顔になって

溢れた声を詩が拾った



“手伝って”

ちょっと頬を膨らませながら

シーツを片方差し出して来る


「…はいはい」

立ち上がりながら

隠せない笑顔



いつまで経ってもしょうもない


それでもこんな自分は

嫌じゃないな、と思った





「詩、散歩行くか?」

2人で畳んだ洗濯物

一緒に片付けながら言ってみる


えっ?と、笑顔を見せたかと思うと

“いいの…?”

伺うような視線


「…ええよ、その代わりあそこまでな」


常連だったパン屋

朝2人で焼きたてを買いに行くのが

休日の定番だった


多分、今の詩ならぎりぎり歩ける距離


そう判断して

家を出た






マンションの入り口。

一旦止まって

久しぶりの外の空気を吸い込んでみる


嬉しい…


噛み締めるように

ゆっくりと踏み出した一歩

隣に大きな影が見えた



雲が広がる青い空

車のエンジン音に

後ろから追い抜く自転車

そして

危ない、と引き寄せてくれる手




全部楽しくて幸せだった




見慣れた、懐かしい外観

漂って来る香りに

テンションは上がるばっかりで。



ニヤニヤと何か言いたげな顔は

見えていないふりをした



“昴汰さん”

難しい顔で厳選していた彼女が

振り返ると

眉が下がった情けない顔。


「ええよ」

そう言えば嬉しそうに視線を戻す


久しぶりの場所

食べたいものはいっぱいあるのに

食べられるのはちょっとだけ


目移りして困ってる姿が

ただただかわいい。


そんな顔見せてくれるなら

残り物くらいいくらでも引き受けるのに


なんて、情けなくて言えるわけない



沢山のパンを手に

ホクホクと嬉しそうな詩


(身体大丈夫なんか…?)


こっちの心配をよそに

今度はふらふらと道端に寄っていく

座り込んで

じっと見つめる先は

やっぱり小さな草花



…まぁ、いい

好きにさせてやろう


そのために俺がいるんだから







「詩、美容院、行きたい?」

体調良かったら一緒においでよって言われてんけど


結婚してから

一緒の美容院に変えて

馴染みになった美容師さん達


あの日から

一度も会えてないな…って

寂しいような

懐かしいような

覚えててくれたんだって

嬉しくもあったり


“行きたい”

自然とそう思えた



「一緒に」

そう言われたはずだったのに

席に案内されたのはわたし1人で



鏡の中

視界に入る位置にいる彼は

少し不安気で

なんだか落ち着きがなかった





馴染みとはいえ

女性がすぐそばに立つのも

ハサミを使うのも

詩の心が

どう反応するのか


声が出ない彼女が

自分の体調を上手く伝えられるのか


不安で

目が離せなかったのは

俺の方だった





「お久しぶりですね」

にこやかに近づいて来る女性スタッフ

彼女が背後に立った時

ビクンと、身体が固まった


その時。

鏡の奥、

立ち上がりかける姿。



鏡の中で、視線が、ぶつかる。



(大丈夫…)


固まっていた肩が

ゆっくりと下がって行く


視界の端に

座り直す姿が映った






「心配だよね」


医師の声が頭に響く


「わかるよ」


寂しそうに窓の外を眺める姿も

飛び跳ねるように外を歩く姿も


今はまだ

苦しむ姿と繋がってしまう


あの日奪われた自由を

取り戻してやりたい

そう願うのに



このまま安全なところにいればいい



そう囁く声が聞こえるのは

その声に惹かれるのは


どうしてだろう



「大抵は心配ないはずだよ」

だって、

あの子にとって、最高に効き目がある

安定剤は

「昴汰くん、キミだからね」



不安そうな2人の視線が

何度もぶつかる


「昴汰さん、終わりましたよ」


鏡の中

最後に見たのは笑顔だった。


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