7-3
「ただいま…」
“寝てるかもしれない”
そう思って静かに開けたドアの先
煌々とつく灯りの下
彼女の姿は見えなくて
“どんな顔してるんやろ”
“どんな顔したらいいんやろ”
少しだけホッとして部屋を見渡した
と、
不意に部屋のドアが開いて
彼女が出てくる
一瞬、驚いて
そして
躊躇う事もなく
飛び込んでくる温もりを
両手で受け止めた
回された腕に込められた力は
時間が経っても
緩まなくて
「…うた」
呼びかける声も
まるで聞こえていないかのように
身じろぎもしない
まるで子供のような姿に
口角が緩む
頭に一つ
髪に一つ
落とす唇も
しがみつかれた体勢では
これ以上身動きが取れなくて
「うた」
宥めるような声も
効き目がない
「…頑張ったんやな」
頭を撫ぜてやれば
ピクリと動く
声はない
でも
次第に湿り気を感じるシャツに
震えだす肩
この小さな愛しい
頑固者に
気の済むまで
身を委ねる事にした
落ち着いた頃
腕が解かれ
肩で1つ大きく息をして
顔が上がる
“昂汰さん、ご飯は?”
まだ濡れたままの瞳に
“食べてきた”
と答えれば
軽く頷く。
手にしたスマホに何かを打ち込むと
そこに出ていたのは
“じゃあわたしは先に寝るね”
“昂汰さんも早く休んでね、疲れてると思うから”
にっこり笑って
寝室に向かう
その背中を呆然と見送った
「…は?」
少しの時差
聞こえてきた声に口角が上がる
「待て待て待て」
バタバタと
追いかけてくる声
肩に掛けられる手
くるりと向きを変えられて
「うた」
困惑気味の顔
“もう寝るん?”
体調が悪いのかと、
確認するように動く視線や手に
罪悪感が疼くけど
交わすように一歩下がる
“宿題、まだだから”
伝えれば
何かを言いたそうに
でも、飲み込んで、頷いた。
寝室。
すっかり寝息を立てている事に
少しホッとして
横に潜り込む
“こっち向いてるやん”
子供みたいな寝顔に
笑みが溢れる
飛び込んできた時のあの顔も
涙に濡れたまま見せた笑顔も
少し拗ねてるそれも
“振り回しやがって”
軽く鼻をつまめば
眉間に皺がよる
それにまた笑って
腕を伸ばした
柔らかな身体を
抱きしめて
その髪に顔を埋めれば
自分の身体から力が抜けていく
今夜はやっと
ゆっくり眠れそうだ、と思った
明け方
息苦しさに意識が浮上する
気がつけばガッチリ抱え込まれていて
でも
それとは別だ、とがっかりする
想定内だったけど
“もう、やだ…”
こんなのばっかり、と
落ちていくテンション
目を閉じて
重さが抜けていかないかと
息を吐き出してみる
“まだはやいで…”
呟くような声
背中を上下に動く手に
起こしてしまったかと
息を潜める
“起きないで”
腕の力が抜けたのを感じて
そっと抜け出す
身体を起こして
床に足をつけてみる
ぐらぐらする身体が
落ち着くまでじっと耐えて
(立てるかな…)
慎重に、
ゆっくりゆっくり足に力を入れていく
ベッドのフレームに掴まりながら
やっとそろそろと歩き出す
たったこれだけの事が
できなくなる
怖くて一歩目が踏み出せなくなる
悔しくて
情けなくて
腹が立ってくる
行き場のないこの気持ちを
どう消化したらいいのか
まだわからないでいた




