7-1
「…じゃあな」
そう言って出ていく彼の背中を
黙って見送るしかなかった
(やっちゃった…)
目が覚めると彼の姿はもうなくて
出かけた後だと気づく
次々と脳裏に浮かぶのは
意味も分からず勝手に泣き出して
そのまま眠ったかと思えば
夜中に起き出して…
その全部に付き合わせた、と
肩を落とす
寝不足のままの彼を
見送る事もせず
出かけさせてしまった
(けど…)
離してくれなかったの
昂汰さんだし…
抱え上げられた時の
驚きと恥ずかしさが
一気に蘇ってきて
言い訳をしてみる
でも、わたしが
果物を口にしてる時の
嬉しそうな顔も
結局食べきれなかったスイーツを
押し付けた時の
呆れたような顔も
浮かんできて
撃沈する。
はぁ、と大きなため息
(いいのかな、これで…)
彼の優しさに
どっぷりと浸かって
甘やかされて
幸せで
満たされて
それなのに。
自分が自分じゃなくなるような
そんな
不安が消えない
プロの選手が
結果を出す事、
出し続ける事の
難しさ
彼がその中で
スターと言われる選手でいる事
居続けている事、の意味
「そばにいてくれ」
そう言われて
覚悟を決めたあの日の事
…彼は…
後悔、した事ないのかな…
食事も
家事も手配して
わたしを丸ごと背負って
彼が。
いつか、
“いつまで続くんだろう”って
正気に戻る
その日を
わたしは怖れている
“お帰りなさい”
帰ってきた彼を
出迎えに出たわたしを見て
嬉しそうに目尻を下げる
「ただいま」
“うん”
その手を引いてテーブルまで行く
「おぉっ、すげぇ」
歓声を上げるその姿に満足して。
“また作るって約束したから”
スマホの画面を見せる
「…うた、作ったん?」
“うん”
一瞬、戸惑いを浮かべた後
にっこりと笑顔
「そっか」
「ありがとな」
正直、疲れ果ててる
それに
包丁を使えないままのわたしが
できる事なんて限られてて
それでも、
どうしても
何かせずにはいられなかった
「美味かったわー」
ソファの上。
リビングに移動してからも
嬉しそうに
余韻を楽しんでいる。
…ように見えていた彼が
「…疲れてるやん」
笑顔で頬を突いてくる
“そんな事ない”
首を横に振れば
「いや、あるやろ」
って、瞬時に返ってくる
「…今日、なんで頑張ってくれたん?」
伺うようなその顔に
“昨日いっぱい寝たから”
“調子よかった”
「そうか、よかったな。…で?」
いつもとは違う
絶対逃してくれない、その圧に
不安がよぎる
“もしかして、怒ってる?”
画面に目をやって
そのままわたしをじっと見る
「…なんでそう思うん」
“わかんない”
“けど顔怖い”
黙ったままの彼に
止まらなくなる
“昨日いっぱい迷惑かけたから”
「……」
“泣いたし”
“夜中起こしちゃった”
“朝も起きれなくて”
“ごめんなさい”
「…だから、罪滅ぼし?」
“そんなんじゃない”
“けど”
“何もできないから”
「…うたっっ!」
両肩を痛いほどにグッと掴まれる
驚いて固まるわたしを見て
自分を落ち着かせるように
深く息を吐き出して
「…だから今日代行、断ったんやな」
「連絡来てん」
俯くわたしの顎に手をかける
「…なんにもできないから」
「俺に迷惑かけてるから」
込み上げる感情を
抑え込むように
また大きく息を吐き出す
「…美味かったし、嬉しかった」
「それはほんまや」
「…せやけど」
“それが、ほんまに俺がして欲しいことやと、本気で思うてる?”
“今のお前が、なんにもできてない、って、俺はそう思うてるんやと”
「お前は、そう感じてるんやな」
…それは
今まで見たことのない
彼の顔だった
“うた”
明日からまた遠征なん知ってるよな
3日。
俺がいない間
「ちゃんと考えて」
“俺の気持ち”
勝手に置いて
勝手に変換しないで
「ええな」
コクコクと、頷くしかなかった
固い表情で
言葉も少ないままの
彼を送り出して
そのまま床に座り込んだ




