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そのまま。  作者: こまこま
6章
40/43

6-6

“昂汰さん”


休日。

昼近くにやっと起き出した俺を、リビングで迎えた彼女はとても嬉しそうで。


「ご機嫌やん」

そう言いながら隣に腰掛けると

向けられるのはスマホの画面


“買い物行きたい”


返事を不安気に待つ彼女と、

画面を、視線が何度か往復する


「…ええよ」


そう答えると、

詩の顔がぱっと明るくなる。


その笑顔に、

俺もつられて笑う。


……笑えてたはずやと思う。





「ええよ」

そう言ったはずなのに。


話しながら

笑いながら


彼の手は、

何度もおでこに触れる。


頬にも。


確かめるみたいに。



“大丈夫”

そう言ってもきっと

落ち着かないままだから


気がつかないふりをして

その手を受け入れた。





「うた」

伸ばされた手を軽く握り返す


それは

彼のため。


そのはずだった。



「これ、詩が好きなやつやん」

「俺はこれいらん」

“もうっ ダメだよ”


カゴの中身が増えたり減ったりしていくのを、2人で笑いながら見ていた


それが。


一歩

また一歩


足が重くなっていく


気づかれたくなくて。

認めたくなくて。


必死に進めていた足が、止まる

視界が揺れて

繋いだ手に力が入ったのは

2人同時だった



「うた…っ」

握った手だけでは支えられない

瞬時に腰へ腕が回る

2人の距離が急になくなる



周りの空気が変わるのがわかる

視線が刺さる



その瞬間、

身体も

思考も

停止した。



「…うた、帰ろう」

緊張を抑えた穏やかな声で

我に帰る。



耳元にある唇

腰に回された腕


“大丈夫”

そう言えたなら。

“恥ずかしい”

一言でいいのに。



俯いたまま

腰に回った手に触れて

そっと外そうとする


「…なにしてん」


込められる力

強くなる眼差し


「帰るで」


そのまま進もうとする彼に

小さく首を振る。

足に力を入れて抵抗する。


「うた…」


自分でもわからない

素直についていけばいい

それだけなのに。



混乱する心を持て余すように

目元が熱くなる。


溢れてくる涙が、悔しくて。


唇にきゅっと力を入れる。






真っ赤な目元

震えるまつ毛


堪えなくていい


怒りでも

悔しさでも

困惑でも


泣いてくれたら

躊躇わずに

抱きしめるのに



ふうっと息を吐き出す


「うた」

ポンポン、とあたまに手を置いて

その顔を覗き込む


「このままやと」


「お姫様抱っこになるけど、ええねんな」


一瞬、きょとん、と顔をあげる

意味が追いつかない。


数秒遅れて、

ボンっと耳まで赤く染まる


慌てたように、

何度も首が横に振られる


踏み出される足

ふらつく身体

支える腕


立ち止まった彼女が

考えるように動きを止める


そうして差し出されたのは

やっぱり小さな手で。


「頑固者め」

苦笑いしながらその手を握り返す。


抱え上げて帰ってしまいたい


その気持ちを抑え込んで

隣を歩く青白いその顔を

横目で確認する


ゆっくりと

でも確実に

前に進む彼女は。


なぜだか

とても綺麗だった。






「荷物片付けるから」

「横になり」


大人しく頷いて寝室に向かう詩に

ホッと息を吐く


“買い物行きたい”

そう言って強請ったときの

彼女の笑顔を思い出して


片付けていた手が止まる。



閉じられた寝室のドアに目をやる。


……泣いてへんかもしれん。


あいつは、

そういうとこある。


泣くまいと唇を噛んで、

一人で堪えてる。


それとも、

声が漏れんように

口を塞いで泣いてるんやろか。



冷蔵庫を背に

床に足を投げ出す


言葉にできない思いが

握られた拳から床に

後頭部から冷蔵庫に

そして

大きな息と共に

天井にぶつかった



また、寝室に目をやる。

立ち上がりかけて

止まる。


代わりに、

ふらふらとソファに沈み込んだ。



抱きしめたい

涙を拭って

その頭を胸に抱えて

大丈夫って安心させたい


ただその温もりを感じていたい



焦りも

悔しさも

不甲斐なさだって


受け止める覚悟はあるのに



「わからん…」


目を閉じて深く息を吐き出す



答えが、見つからない







どれくらいそうしていたのか。

気づけばそのまま眠っていたようで。

投げ出した腕。

その先には。


床に座り込んだまま、

小さな頭だけが胸元に寄り添うように。

そしてその手は、

しっかりと繋がれていた。


反対側の腕で目を隠す

ふっと吐き出された口角は

隠せないほど上がっていて。


「…かなわんな、マジで」


起こさないように

静かに体を持ち上げて

そのまま抱え込む


「…もうええ」


小さく笑って、

また目を閉じた。


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