1-4
「真面目な話したいねんけど」
わかりやすくビクッと肩を揺らした君が、
「来るべき時が来た」とでも言うように、小さく頷く。
「身体、平気か?」
「大丈夫」
ほんの少しだけ微笑んで背筋を伸ばす君に、頷き返した。
――俺、ずっと考えててん。
もう一回会えてから、ずっと。
オフとはいえ、毎日会えるわけじゃなかった。
それでも、ここに来ればまた会える。
二人でたわいもない話をして、笑いあって。
真面目な話をして、時には涙を流して。
会えない日も、会えた日も、連絡を取り合っていた。
やっと手に入れた日々だった。
でも――
「どうやって終わらせようか」
自分、いつもどこかでそれを考えてるやろ?
連絡すれば返事はくれる。
会いに行けば笑顔で迎えてくれる。
ただ、そっちからは決して連絡をしない。
いつか「もう来ないで」と言わなきゃいけない、その日を怯えながら。
それが、詩ちゃんが自分に課してるルールなんやろ。
「そういうの、我慢できへんねん」
だから――
「付き合って欲しいって言ったあれ、撤回させてくれへん?」
一瞬、顔を歪めた詩は俯いて、必死に言葉を探す。
まるで自分に言い聞かせるみたいに。
「そう、だよね……その方が――」
「そやからな」
遮るように、口を開いた。
「結婚、しよか」
「……うん、わかった」
俺の言葉が届いているのかいないのか、頷く。
「ええねんな?」
笑いを噛み殺しながら確認すると、
「うん……そのつもりだったもん」
上の空のまま答える彼女を、そのまま抱きしめた。
「結婚やで?」
「うん、結婚する……? ……え? 結婚?」
一気に距離をとったかと思うと、
震えながら怒り出す。
「なに言ってるの…っ」
「わたしの気持ち、話したよね? わかってくれたよね?」
涙を浮かべながら、必死に言葉を重ねる。
あの日、俺の前から姿を消した理由を
再会してしばらくしてから
ポツリポツリと話してくれた。
なんで!
なんでそんな事いうのっ…?
泣きながら怒るその小さな肩を抱きしめて
けど詩ちゃん、
じゃあ俺の気持ちは?
「あんな、俺の知ってる詩ちゃんは100のうちの10かもしれへん」
「……それでもええねん」
「しんどいことも、いっぱいあるやろうけど」
「あんな思いはもうたくさんや」
「二度と、したない」
「もう、覚悟してくれ」
“逃げられないって”
しばらく腕の中で暴れていた“厄介な小動物”を覗き込むと、
涙をポロポロ流しながら笑っていた。
「どっちやねんな」
呆れたように言うと、
「怖いよ、昂汰さん……」
涙を拭いながら、ぽつり。
「ストーカーなの?」
こぼれたその言葉に、思わず笑ってしまう。
「…私ね」
しばらくの沈黙のあと、君がゆっくりと視線を落とした。
「ちゃんと、終わらせようと思ってたの」
かすれた声。
「終わらせるっていうか、これ以上続けたら、ダメだって思ってた」
「わたしが、そばにいちゃダメだって……」
言いかけて、言葉が止まる。
喉の奥で何かを飲み込むように、息だけが揺れた。
「…うん」
静かに返す。
「でもな?」
「また、会えた」
後悔してる?
その問いに、君はすぐには答えない。
ただ、困ったように笑って、それから小さく首を振った。
「……わかんない」
その一言だけが、やけに正直だった。
沈黙が落ちる。
でも、その沈黙はもうさっきみたいな“距離”じゃなかった。
ただ、同じ場所に立っているだけの静けさがあった。
「なぁ」
もう一度、声を落とす。
「しんどかったら、逃げてもええねんで」
「でもな、俺のとこから逃げる理由には、もうさせへん」
君は少しだけ目を見開いて、それから小さく息を吐いた。
柔らかなその頬に手を当てて上げれば、少し強張った顔がこちらを見ている。
「置いていかれるのはほんまにきつい、詩」
「諦めてそばにいてくれ」
懇願するように言葉を紡ぐ俺にほんの少し顔を歪めて見せる。
「……ほんとに、これでいいの?」
ぽつりと落ちる問い。
少しだけ間を置いてから、君の肩に手を置いた。
「ええねん」
「今さら引く理由、もう俺にはないわ」
その言葉に、君は少しだけ目を伏せて、それから小さく頷いた。
――わかってる。
頑固なわたしが頷けるように、言ってくれているのがわかる。
こんな強引な言い方、似合わないのに。
「ありがとう」
小さくそう返すと、
「諦めたか?」
悪戯っぽく覗き込む瞳。
それに頷いてみせると、大好きな笑顔が弾けた。
その瞬間――
きらりと、一筋の光が頬を伝った。
どこをどう探してきたのか。
誰に頭を下げて、見つけてくれたのか。
一年のうち、ほんのわずかしかないオフの時間を、
全部わたしのために使ってくれた人。
わたしを、捕まえに来てくれた人。
その彼が流す涙が、胸に刺さる。
「……好き」
思わずこぼれた言葉に、
「やっと聞けた」
そう笑って、わたしを抱きしめる。
そしてまた、彼は泣いた。




