1-3
「付き合って欲しい」
聞きたかった。
でも、聞いてはいけなかった。
その言葉に、すべてが崩れ落ちた。
見た目の華やかさの裏に隠れたボロボロの身体。
まっすぐな眼差し。
その生き方も、向き合い方も。
そんな彼に惹かれるのは、きっと必然で。
逃れられるわけなんてなかった。
真剣に向き合えば、真剣に応えてくれる。
そうやって築いてきた関係だった。
最初から、一人の人として向き合ってきた。
その優しさも、強さも、そして脆さも。
ずっと側で見てきた。
――特別になりたい。
それが出てこないように、重く蓋をして。
何重にも鍵をかけていたはずなのに。
出してはいけないものだと、わかっていたから
浮かびそうになるたびに押し潰してきた。
プライベートでは会わないように。
いつでもどこでも二人きりにならないように。
細心の注意を払っていた。
それでも、ふとした瞬間に、隙間からこぼれ落ちてくる。
それに、知られてはいけない秘密が重くのしかかってきていた
「ハアッ……」
トイレの個室で、ポケットを探り慌ててそれを口に放り込む。
最近やたらと増えたそれから、目を逸らせなくなっていた。
――そろそろかな。
――むしろ、よくここまで持ったよね。
ノロノロと立ち上がり、鏡の前に立つ。
「バレちゃうかな……」
青白い頬に手を当てて、息を吐いた。
最近の彼はやたらと敏感で、些細な変化にも気づくようになっていた。
今までなら流していたようなことまで、口にする。
――でも、あと少しだけ。
そんなときだった。
のらりくらりと言い訳をして先延ばしにしていた罰かのように。
リーグ優勝を果たした夜。
逃げ回っていた私を捕まえた彼は、
「絶対に今日言う」と決めていたと、嬉しそうに笑った。
「答えは、シーズンが終わってからでいい」
そう言う彼に頷いたあと、私は決めた。
——ここで終わらせる。
これ以上一緒にいたら、きっと戻れなくなる。
彼の大切なものを奪ってしまう。
このシーズンの終わりとともに、辞めようと。
胸の奥が、鈍く痛む。
慣れているはずの感覚なのに、今日はやけに重い。
——昔から、こうだった。
走れない。
息が続かない。
すぐ熱を出す。
人並み、なんて言葉はずっと遠くて。
それでも、ここまで来たのに。
やりがいのある仕事に出会えたことで、曖昧にしてしまった。
夢を、見てしまった。
名前を呼ばれて、振り向いたときの顔。
何気なく並んで歩いた帰り道。
それはまるで、合図のように。
二人だけにわかる仕草や表情、空気の揺れ。
決して叶うことのない、甘い夢。
一番大事な時期に、彼がそれを口にしないことくらい、わかっていた。
わかっていたのに、その一瞬だけは、どうしても夢を見てしまった。
――ずるい私への、罰みたいに。
誰にも何も言わず、なんて社会人としては許されるわけもない。
監督、コーチ、スタッフ、上層部。
お世話になった人たちにだけ頭を下げて。
「一身上の都合で」
それだけを繰り返し、頑なに理由は語らず。
親しんだ場所から、静かに離れた。




